7話 実戦

 ラトーニャにおける旅団は常設部隊ではなく、義勇兵や遠征軍を送る時に使われる単位であり、ここ数十年は用いられていなかったそうだ。

 そのため編成というのもとくに決まっているわけではなく、その場で臨機応変に編成されているらしい。


 今回もそうであった。


 ウルマニスのクーデターに参加しなかった部隊を討伐するために編成された今回の第一旅団は歩兵大隊3個に砲兵中隊2個を基幹とし、旅団直属部隊として自動車化中隊と戦車小隊は配属された。


 目標はレーゼクネ。歴史は古く民は多い。

 そして交通の要所である。


 人口の多さもさることながら――


「どうやら敵は市民軍も結成しているようですよ」


 市民を巻き込んだ市街戦に持ち込むつもりらしい。


「どこで情報を手にしたのかしら?」


 私は斜め後ろに続く青年に聞く。 

 すると彼は「さぁ?」と誤魔化した。


 食えない男だなと思うが、そこが頼れるところでもある。

 下手に自らの手の内を晒すような副官を持ちたいとは思わない。


 彼はヴェゼモア・アルトマン。グロースライヒ系の士官で私のもつ第一戦車小隊の副長でもある。

 彼とは第一学年からの仲であり、広い情報網を持つ彼をリューイは信頼していた。


「市民軍とやらの規模はどれほどかしら?」


 私は廊下を歩きながらヴェゼモアに訊ねる。

 すると彼は間髪を入れずに答える。


「二個大隊規模かと」


 思わず足を止めた。


「二個……二個大隊」


 私のつぶやきにヴェゼモアは怪訝そうな顔をする。

 だが、二個なら好都合だ。


 既存の部隊と2個市民大隊を加えれば三個大隊規模。


 こちらと同等の戦力を持っていることになる。


「これはチャンスではないのかしら」


 不敵な笑みをもってヴェザモアに言う。

 すると彼は合点が行ったようで彼もまた笑みを浮かべた。


「ねぇ。知り合いに記者っていたりしないかしら」


 私の問いにヴェゼモアは頷いて無言の肯定をする。


 愉快、愉快なり。


「戦車部隊拡充のチャンスね」


 私とヴェゼモアは二人で静かに笑っていた。



 私の最終目標は祖国をこれから起きるであろう世界大戦から守ることである。


 我が目標の為ならばどんな手でも尽くす。

 だが、実行する手段が無ければどうしようもない。


 その為に私は士官学校に入った。


 自らの部隊を得るために。


 だが、歩兵部隊では意味がない。

 雑多にある歩兵部隊の一つ二つを手中に入れたところで何の役にも立たない。


 そこで白羽の矢が立ったのが戦車部隊だ。

 今でこそ歩兵支援にしか使われないが数年もあれば戦車が戦場の王となり、その轟音と共に敵陣を破壊する時が来る。

 その戦車部隊を手にしていれば歴史の修正は可能だと言うかすかな願いと供に私は戦車部隊に志願した。


 だが、ラトーニャ上層部では戦車を鉄のおもちゃだと思っている古典派も多数いる。

 彼らの妨害によって戦車部隊の拡充は難しいとウルマニスから聞いている。


 ならば何が必要か、その古典派の意識を変えさせるのだ。 

 それにうってつけなのが今回の作戦だ。


 質の差はあれど兵数は同じ、ましてや敵は防衛なのだ。

 同数の兵力では到底攻略できないのであるが、戦車があるならば可能だ。


 敵の防壁を火力と共に破壊し、高度な機動力と共に敵の歩兵部隊を撃滅する。

 砲兵と騎兵の役割を二つとも果たすのが戦車なのだ。


 これが無ければラトーニャは世界大戦に――

 

――到達すらしない。


 前世のある国がそうであったように。

 1934年五月末日。


 私率いる戦車小隊を先頭にして背後に自動車化中隊と歩兵大隊一個が続いている。

 残りの大隊はそれぞれ一個の歩兵中隊と共に北部と南部から進撃している。


 レーゼクネと言う街は西部、北部、南部からそれぞれ国道が街中を貫いていて各部隊はそれを通っている。

 現在部隊はレーゼクネに向かって進撃をしているものの、士気は高くない。


 無理もないだろう、同業者であり同民族であり同国民の仲間であった敵を撃つことを心待ちにする兵がいればそれは鬼神が軍神だ。


「ねぇ、リューイ」


 普段は明るい笑顔で話しかけて来るリマイナも心なしかその表情は曇っている。


「何?」と双眼鏡を覗いて周辺を警戒しながらリマイナに返す。

 もうすぐでレーゼクネだ、いつ戦闘になってもおかしくない。


「リューイは怖くないの?」


 リマイナの突然の問いに怯んだ。

 怖くないのか、いや怖い。


「やるしかないのよ。上からの命令に私たちは従順に動いていればいいの。私達はチェスのプレイヤーじゃないわ。駒よ」


 私の答えを聞くとためらいを含みながらも「そうだね」とリマイナは静かに返した。


「かっこいいですね! その言葉、記事にしても?」


 突然背後から威勢の良い声が脳に響いた。

 振り向くとそこにはカメラをもった少女が砲塔に捕まっていた。


「好きにしていいわよ」


 にこやかに答える。


 この少女こそこの国の未来を握っていると言っても過言ではない。

 彼女は従軍記者であり、彼女が書く記事によって国民、または頭の固い閣僚共に戦車の重要性を訴えかけることが目的なのだ。


「それにしても、なぜ貴女のような少女が来たのかしら?」


 周辺を警戒しながら背後でメモを取る少女に問いかける。


「実はですね、ベテランの記者さんたちは何か忙しいみたいでして……残っていたのは私と若手の記者二人だけだったんです」


 どういう事だろうかと不審に思ったが、おそらくウルマニスが背後で動いているのだろう。

 とにかくこの時代の新聞と言うものは馬鹿に出来ない。


 元々生きていた現代日本ではネットが情報を送受信していたが、この時代にはない。

 故に紙を媒体にし、安価で手に入る新聞がこの時代の情報源となっているのだ。


 つまるところ、新聞社を味方に付ければ怖いものはほとんどないのだ。

 逆に彼らを敵に回した場合は……お察しの通りだろう。


「さて、ミーネ。そろそろ後ろに下がったほうがいいわよ」


 ミーネ、それがこの少女の名前だった。

 ヴェゼモアとは従姉妹の関係に当たるそうで、この少女に傷でもつけたらあとから彼に何と言われるか考えたくもない。


「いえ、まだ粘らせてください」


 目を輝かせてミーネはこういう。


「……解ったわ」


 私は渋々頷いた。

 ミーネと言う少女は私よりも数個年上でリマイナとは同年代のはずだ。


「リマイナ、速度を上げるわ。第二戦速」


 するとエンジンは唸り声を上げてその回転数を増していく。

 と同時に首からぶら下げていた笛を吹く。


 甲高い音が周囲に響き、後続する戦車や自動車化中隊も速度を上げる。

 この笛は事前に定められた戦闘計画に基づく号令であり、速度をあげた戦車は横隊となり、自動車化中隊は小隊ごとに分かれて、三列の縦隊を形成する。


 結果として私が駆る戦車を中心として戦車を一両含む自動車化小隊の縦隊が三つ出来上がった。

 以後、縦隊ごとに行動を行い、歩兵大隊の突入を援護することになる。


 笛を加えたまま、ピッピッピッと三回短く鳴らす。


 すると縦隊ごとに横に広がって行き、両端の余った戦車二両はさらに速度を上げ、街に突撃して行く。


「……何をするんですか?」


 ミーネが不思議そうに尋ねる。

 彼女の問いに私は口角を吊り上げ答える。


「突撃よ、しっかりと写真を撮っておきなさい」

 


 自動車化中隊と戦車部隊が今回の攻撃で求められていること、それは動く壁としての機能である。

 そのため歩兵部隊に先行し、戦車陣と呼ばれる簡易陣地をレーゼクネ郊外に展開することと事前に決まっている。


 レーゼクネという町は縦に長い。


 現在進撃している道路からレーゼクネ都市部に伸びた道路は二つ存在する。

 一つは分岐したまま北部方面へ、二つ目は真直ぐ中心に突き刺さるように伸びている。

 事前の戦闘計画では北部に伸びる道と現在進撃している道の交差点に一個中隊を置き、他の部隊はすべて中心へ突撃することとなっている。


 我々は現在、北部へ伸びる道の交差点を横切り、そのまま市街地へと向かっている。

 また、小さな小道も左右に伸びているがそれほど重要な道でもなく、部隊を置くことはない。


 縦に伸びた車列は敵から見れば良い的だが、こうするほかにない。


「!」


 バッと一瞬、横を睨むとミーネを後ろに放り投げると後ろに向かって叫ぶ。


「車列停止! 右方向敵小隊!!」


 視線の先には敵兵が砲を小屋から出し、こちらに照準を向けようとしている。

 後続するトラックの上部に備え付けられた機関銃座にしたから兵が乗りだし、そちらに向けると轟音が周囲に響いた。


「右78度、榴弾。仰角5度、射撃用意」


 砲塔に潜ると小さく呟く。


 重機関銃によって牽制射撃されている敵は砲の操作もままならずそこで停滞している。

 装填を終え、照準も合わせると砲塔から赤い小さな旗を出し、引き金を引いた。


 重い音が周囲に響くと直後、敵の砲が爆発した。

 周囲に人体であったものの破片が飛び散る。


 リマイナも思わずそれを目にしてしまい、吐きそうになる。

 他の兵もその表情は暗い。

 

 私は何も思うことなく睨んでいた。


「なんでリューイは平気なの・・・・・・」


 その間いにリューイは平然と答えた。


「慣れよ」


 敵兵だったモノを見るリューイはひどく儚くみえた。

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