6話 反乱

 1934年4月。第一期機甲科訓練生はラトーニャ軍学校を卒業。

 それと同時に首都から見て南西にある街、イェルカヴァにある第一自動車化中隊に属する戦車小隊に配属となった。


 同部隊は二年前に設立されたばかりの部隊であり、整備士を含め快速部隊としての練達度は最も高かった。


 卒業時、在学中の成績や教官からの評価により、小隊内での序列が定められ小隊長にはリューイが就き、その下に他の生徒が配属された。


「乾杯!」


 今は部隊創立と共に歓迎会が催され、私達は身を投じていた。

 この日ばかりは可憐な衣装に身を包み、部屋の一角でこれからともに過ごす中隊長と各小隊長に挨拶を行っていた。


 自動車化中隊に属する小隊は5つある。

 3個の自動車化歩兵と1個の自動車化砲兵、そしてリューイの戦車小隊。


 非常に強力な砲兵能力を有するこの中隊は陸軍司令部が直轄で管理する中隊であり、しがらみも少ない。


「リューイ・ルーカス。階級は少尉です。よろしく」


 にこやかにそう言うと、各々の返事が返って来た。


 中隊長の名前はユランド・モレア大尉といい、見た目は30代前半と言ったところでまだまだ働き盛りに見える。


 それぞれの小隊長は中隊本部に付随する小隊の小隊長が中尉で他の者は少尉と言った具合で、私もその中の一人であった。

 小隊長は皆若く、20代前半といった具合であったがリューイ程の年齢は居なかった。


「ところでルーカス少尉、貴官の部隊の熟練度はいかほどか?」


 中隊長は酒を口に含みながら気さくに尋ねる。

 彼としても新米のみで構成される小隊には不安を抱えているのだろう。


 その事も加味しつつ口を開く。


「比較対象が無いため何とも言えないのですが……実戦でも問題なく機動できるかと」


 敢えて『戦闘』ではなく『機動』という言葉を用いた。


 戦車部隊に求められているのは強力な火砲もそうであるが、それ以上に敵に与える心理的インパクトと歩兵の盾になることだ。


「ふむ、ならば使えるな」


 中隊長は満足げにうなずく。

 彼もウルマニスとラインを持つ独自路線派で、彼はウルマニスの計画が抱く、あるプランも把握している。


「そうですね、衝撃力には自信があります」


 口に水を含みながらこう続ける。

 衝撃力と言うのは敵部隊に与える攻撃力のようなもので、衝撃力が大きい部隊を敵部隊にぶつけることによって戦線の突破を目指す。


(戦線突破なら我が部隊を上回るものはないはずだ)


 自分の部隊には大きな自信を持っている。


 それこそ、ラトーニャ陸軍の中では最も突破力に優れる部隊だと言う確信があった。


「では、もしもの時には頼むぞ」


 中隊長はそう言い、ワインを飲みほした。

 


 1934年五月某日朝、未だ日も登り切らぬ早朝。


 昨夜一人の密使と共に一枚の手紙が届けられた。

 記されていたのは「反乱」の文字と「集結せよ」と書かれた一文。


 同封された地図には集結地点が記され、もう一枚の紙には主な同志たちの名前が記されていた。


「まずいわね」


 唸るようにつぶやく。


 彼女の使う士官寝室にはリマイナも寝ているが、彼女はまだ寝息を立てて幸せそうに寝ている。

 今日は陸軍大臣によって定められた休暇日であり、全部隊の全隊員が非番となっている。


 唯一、一部の国境警備隊は今日も課業があるようだが、内部にいる我々にはあまり関係のない話だった。 


 同志の中には中隊長の名前は勿論、ラトーニャの各師団長や軍団長の名前が連なり、万全であるかに見えるが一部の師団長の名前が無く、内戦に陥る可能性もある。 

 静かに、されど素早く兵舎を歩き、中隊長室に駆けこむ。


「中隊長、失礼します」


 戸を開けると、中には全小隊長と中隊長がいた。


「リューイ少尉が最後か」


 中隊長は視界に私を認めるや否やそう呟いた。


「ハッ、申し訳ありません」


 少し呆気にとられながらもこう返した。

 視界を左右に振ると新聞などで名前を見かける政治家の姿もあり、異様な雰囲気が大隊長室を包み込んでいた。


「では諸君、会議を始めるとしよう」


 中隊長がそう言うと、ある小隊長が机の上に地図を広げた。

 


 会議の結果、戦車小隊は各小隊ごとに分散して配置されることになり私はもう一両の戦車と共に第一自動車化小隊に同伴して先頭を進軍している。


 エンジンの音が周囲を支配する。


 イェルカヴァと首都は50km程離れており自動車化部隊ならば5時間弱で到着することが可能だ。


 噂によると首都近郊の部隊は既に議会に集結し終え、ウルマニスと共に某所で待機しているそうだ。


 決行は我が部隊が到着してからとのことらしい。 

 何でも戦車とトラックが組み合わさった最新鋭部隊を首都に突入させることにより反ウルマニス派を委縮させることに目的があるらしく、けん引式砲兵まで持ち出す大事となっている。


 いまはリマイナに走行を委ね、業務が無い私は砲弾の確認を行っている。

 事前計画では戦闘は一切ないはずであり、搭載されている砲弾の7割が空砲で、残りの三割が榴弾となっている。


「よし、全てあるわね」


 そう呟きながら確認する。


 空砲は手前側に置き、榴弾は奥に置く。

 間違っても市民に実弾を発砲することがあってはいけないのだ。


 本来ならこう言ったものは出撃前に行うのだが、緊急の出動と言う事もあり、行軍しながら行っている。


 もしも不備があれば後方を進撃する部隊から分けてもらうのだが――


「リマイナ、調子はどうかしら?」


 確認を終えた私は戦車を操るリマイナに訊ねる。


「大丈夫だよ!」


 早朝だと言うのに元気に答える彼女の姿に私は少しほっとした。


 部隊が異様な雰囲気に包まれている今、リマイナの笑顔が私の心に安らぎを与えてくれる。

 リマイナの返事を聞くと後ろを見た。


 背後には数両のトラックが続き、その奥にはうっすらとルノー戦車とまたトラックが見える。

 手元を見て地図を確認する。


「残り……一時間と言ったところかしらね」


 現在位置と国会までの距離はおおよそ8km。

 市街地を通行することを考えると1時間ほどが最も適切だろう。



 それから数十分後、部隊は市街地へと突入し、集合地点である国会近くに存在する自由の記念碑が置かれる公園へと進入した。


 私の戦車を先頭にして突入した部隊は事前の打ち合わせ通り素早く整列を行い、既に待機していた他の部隊と共に、ウルマニスに対して合流の旨を伝える専制が行われた。


 この記念碑は未だ建造途中であるが、独立の象徴として早くも市民からは愛されている。

 そこでこのような式を行う事には多大な利益があり、市民にこの正当性をアピールする目的もあったのだろう。


 本来であればこの後、陸軍大臣がラジオを使って全部隊へ指揮下に入ることを命令し、各部隊がその通りに実行する。


 その手筈であった。


 各放送局の制圧は歩兵部隊が行い、戦車部隊はウルマニスの直衛部隊として待機、圧力を発揮していた。


 自動車化部隊については都市郊外の放送局選挙に大きく貢献し、その成果を上げた。


 斯くして、クーデターは表面上の成功を得たのであった。

 


 だが、一つのイレギュラーが介在すると斯くも歴史は変わるのだと絶句せざるを得ない状況が発生した。


(本来ならこのまま無血でクーデターは成功するはず……今回呼び出されたのは何か私を称賛するためのはず……そうでなくては困る!)


 焦る心を抑え走っていた。

 というのもウルマニス、そして陸軍大臣の命令で国会に呼び出されたからであった。 


 その通達が入ったのが深夜と言う事もあり、急いで軍服を身につけもう眠りに入ろうとしているリマイナに対して置手紙を置いてこうして走って国会へと向かっているのだ。 


 通達内容は急いで書かれたのだろうという雰囲気を感じさせ、ウルマニスは焦って書いたことがうかがい知れた。

 私の知る歴史ではウルマニスによるクーデターは無血で成功し、こののち一時の平和を国民は謳歌するはずであった。


 であるにも関わらず、火急の要が舞い込んで来た。


「ご苦労」


 国会の扉を警備する兵にこういい私は戸をあけ放ち、ウルマニスの待つ部屋へと向かう。

 現在国会の機能は全てウルマニスに委ねられ、議会は解散している。


「失礼します」


 足早に廊下を歩き、部屋の前に着くとノックを行い内部から返答があるのを確認し扉を開けた。


「第一戦車小隊、小隊長リューイ少尉であります」


 中に入ると同時に私はこう言った。


 顔なじみではあるが、規律には厳しくしなければならない。


「よく来た、まぁ座ってくれたまえ」 


 ウルマニスはタバコを吹かしながらこのように言った。

 私は促された通り椅子に座り、帽子を机の上に置いた。


「さて、君には頼み事がある」


「何でしょう」


 深刻そうな顔をしてウルマニスは口を開いた。


「レーゼクネ、という都市は知っているかね?」


 レーゼクネ、確か我が国東部に存在する都市だったはずだ。


 行ったことはないが何度か地図で確認したことはある。


「存じております」 


 するとウルマニスは「ふむ」と満足そうにうなずいた。


「配置部隊は分かるかね?」


 ウルマニスの問いに一瞬私は混乱しそうになるが どういうと言う事はない。

 知っている知識を口にするだけだ。


「第7歩兵大隊と第2砲兵中隊であります」


 するとウルマニスは手元の書類と見比べつつ満足そうにうなずいた。


「正解だ」


 彼の一言に胸をなでおろす。

 軍人として、味方部隊の配置が曖昧と言うのは如何なものかと危惧していたからだ。


「よろしい。本日付で臨時に貴官率いる第一戦車小隊を自動車化中隊指揮下から独立させ、第1混成旅団に組み入れる。以後、自動車化中隊とは同列となる。以上」


 突然の命令に私は絶句するほかなかった。


 突然の事態に飲み込めずにいた。


 なぜいま配置換えを行った?

 その疑問が脳裏をよぎり、嫌な予感がそれとともに脳内を飛び回った。


 ――もしや。


「貴官の所属する第一混成旅団にはレーゼクネに駐屯する第7歩兵大隊及び第2砲兵中隊の制圧を命令する。彼の部隊は我が政権に参加するどころか、ソビエンスキ政府とつながりを持ち、暫定政権を立てようとしている。これは由々しき事態であり早急の対応を求めるものである」


 今度は脳が正常に働いた。 


「お待ちください!」


 条件反射で叫んだ。


 この事態は、この事態だけは避けなくてはならなかった。


「それでは内戦ではないですか!」


 内戦、国民を交えた血みどろの戦争。

 それが今目の前に待ち受けていた。


 一人慌てる私。

 それをウルリヒは「落ち着き給え」と静かに制止し、こう口を開いた。


「それに、何の問題がある?」


 歴史の歯車が完全に狂いだした瞬間であった。

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