01-04 このメイド、不法侵入


「……ん……」


 けだるい体と、周りに人がいるような気配を感じて、私は目を覚ました。


「あ――」


 一人で寝るにはあまりにも大きいキングサイズくらいのベッドに、ふかふかとふわふわの、まるで体が浮いているかのような錯覚さえ覚える程に柔らかな毛布や布団に包まれていて、そのまま二度寝したいとさえ思ってしまった。


「ふかふか……」

「巫女、お姉ちゃん?」


 私に呟きに、起きたことに気づいたのか、そのベッドの傍にいた誰かが私の名前を呼んだ。


「……だぁれ?」


 そこにいたのは見たこともない少女。

 ショートカットのその黒髪は絹糸のようにきめ細かそうな髪で。

 その髪を隠すように黒い猫耳フードのついたパーカーを被ってポケットの中に手を突っ込む少女がいた。


 けだるくて動かない体に無理をして、首だけを動かしてじろじろとその少女を見てみるが、どう見ても、こんな可愛い後輩ちゃんみたいな少女はみたことがなかった。


 でも、その少女を見ているとほんの少し懐かしさを覚えるのも確かで。



 ――ああ、そうだ。みどちゃんに似てるんだ、この子。



 なんて、その少女を見て、二年前程に行方不明になった、私の同級生で、幼馴染の凪君のことが大好きな女の子を思い出して懐かしくなった。


「――っ!」


 私の問いかけに嬉しそうに、少し悲しそうな表情を浮かべて目に涙を溜めた少女は、勢いよく走り去ってこの部屋から出て行ってしまった。


 せめて私の質問に回答して行ってから去ってほしかったと思いつつ。


「……ここ、どこ……?」


 どう見ても、ここは私の部屋ではない。

 こんな、中世のお姫様が寝てそうな天蓋付きの大きなベッドとか。

 普通の家にあったら困るレベルのものが、どーんと、大きな部屋陣取っている。

 もちろんそれだけではないのだけれど、それぞれが高そうな小物が多くて、流石に私の趣味ではないかなって。



 やっと上半身を起こせるようになった私の体は、どこにも怪我はなく。

 体が怪我をしちゃってけだるいとか、体調が悪いと言うわけではなく、ただ単に体力がなくなっているからこんなにもだるいんだなって思った。


 でも。当たり前かなって思う。


 私はなんだろうなって。

 と思うと、意外と自分の今の状況に納得もできた。


 皆と暮らした世界で殺されて飛ばされちゃって。またノヴェルで死んじゃって。またまた別の世界に飛ばされちゃったんだろうなって。



 でも、この私が寝ているベッドは、何となくノヴェルにまだいるんじゃないかって思わせてくる。



 そうじゃなかったとしても。

 ノヴェルであの時、辛うじて生きていたとかだったら。


 どうして生かしたの?

 どうして飛ばしてくれなかったの?


 なんて思う自分も病んじゃってるのかなって思った。


 ノヴェルという世界には……私にとって、辛すぎる思い出があって。


 この、私が寝ていたベッドや小物を見る限り、西洋風の貴族の家のように見えるからこそ。

 私から、私の子供を奪ったノヴェルの世界にまだいるんだろうなって。そう思うと、死んだほうがいいかもしれないとも思えてしまう。


「……ダメだよ……神夜が悲しんじゃう」


 心を支えるのは、大好きな私の恋人。

 また、私を迎えに来てくれるかはまだ分からないけど、それでも、私は彼を待ち続ける。


 この、ノヴェルの世界で――



「巫女ちゃんっ!」



 ばたんっと、凄い勢いで部屋のドアが開けられて、思わずびくっと体を震わせてしまった。


「巫女ちゃん……みこちゃん……みぃごじゃぁぁ~ん……」


 自分が開けたドアの前で、凄い勢いで泣き出した、これまた見たことのない少女。

 黒髪ロングのストレートはさらりと夜空のように。滑らかに光さえ放っていそうなその髪は、今は急いで走ってきたのか乱れに乱れ。

 眉尻が気持ち下がった、おっとりとしていそうな雰囲気を持った少女が惜しげもなく息を切らしてそこにいる。


 そんな子が、私の名前を何度も連呼しながら顔をぐしゃぐしゃにする光景に、私は何をやらかしたのかと思ってしまった。


 でも、そんな泣き顔さえも美しく見えるのだから美少女ってお得って思う。

 さっきの子といい、この子といい。

 ここには美女しかいないのかな? とさえ。


「よかったぁっ!」


 両目に涙をためながら、このベッドにダイブするかのように走ってきた少女が、まさにダイブしてきて私を抱きしめてきた。


「え……っと? だぁれ?」


 全然知らない人だ。

 さっきの子も、この子も、私の名前を呼んでるけども、私はこの子達を知らない。

 私は、一次的な記憶喪失にでもなっているのではないかとさえ思えてしまう。


「ちょっと。碧ったら。離れなさい」

「え……?」


 抱きつかれた少女が誰か分からず抱き返すべきなのかどうかと迷っていた私の前に、やっと見知った人が現れた。


「貴美子おばさん……?」

「ほら、離れなさいっ!」

「やぁだぁ……っ!」

「ごめんなさいね巫女さん。この子、ずっと巫女さんのこと心配してたから」


 水原貴美子。


 私の幼馴染みの凪君と一緒に行方不明になった――貴美子おばさんが普通にさらっと現れて。

 おばさんが生きていたことにも驚いたけど。

 おばさんがいるってことは、ここは、ノヴェルじゃないってことに気づいた。


「おばさん……今――」


 でも、それよりも。

 貴美子おばさんに引き剥がされそうになりながら私に必死に抱きつくこの少女を、今、おばさんは――


「当主様っ!」

「なに? 取り込み中よ? 騒がしくしないでくれないかしら」


 黒い服に黒いサングラス姿の人が、急にこの部屋に大声をあげながら入ってきた。


 行方不明になっていたおばさんにまた出会えたことも嬉しいし、ここがノヴェルじゃないことも嬉しい。


 嬉しいのだけど……


「当主様に至急お会いしたいと言い方が来られまして」

「そんなこと……断りなさい」

「何度も断ったのですが、当主様に今すぐ会わせないと、暴れると……」

「暴れる? ここをどこだと……だったら追い返しなさい!」


 いきなり色んなことがいきなり動き出したみたいで。

 起き抜けの私からしたら、この状況は混乱する。


 なに。何が起きてるの? 当主様? 誰それ、美味しいの?

 なんて月並みなことしか考えられなかった。



 そんな私に更に追い討ちが。



 ぱりぃぃーーーんと。



 皆が入ってきたドアの正反対にあった窓が、窓枠ごと盛大に大きな音をたてて割れる。

 ガラスの破片を舞いながら、私達の前に現れたのは――


「会えないと言うなら、無理に入るまでですよ」


 ――メイド服を着た、絶世の美女だ。


 メイドさんだよ? メイドさんって本当にいるんだ。でも、窓を壊して入ってくるって、ここはどんな世紀末なのかな。

 とか、思いながら、そのメイドさんの――


「へ? ひ、姫、ちゃん!?」


 私にいまだ抱きつく美少女が、目の前に現れた絶世のメイド姿の美女に驚きの声をあげる。


 ――その両脇に抱えられている――


「お、お前なぁ! もうちょっとやりようがあるだろうが!」

「黙れ俗物。アポがなければ会えない財閥当主に用があるから強行です」


 ――ぽいっと捨てられた方の男の人に、また会えたことに嬉しくて。

 涙が止まらなくて。


「……やりよう、他にあるぞ? 姫」

「つーか、これ犯罪だろ! 食事の材料あるとこに向かってたんじゃねぇのかよ!」

「ありますよ。ここにたんまりと」

「あー……もう……とりあえず、この体勢から解放してくれ……」

「駄目ですよ、御主人様。もう少し姫とくっついていてください」


 そんな、いまだ抱きかかえられたままの男の子が懐かしくて。


 また。

 あの時みたいに皆が揃った奇跡が嬉しくて。


「ほら。お二人にとって朗報が目の前にありますよ」

「しんやぁぁぁ……っ」

「巫女!?」


 私に気づいて急いで駆け寄ってくれて抱きしめてくれる彼が。


 また傍にいることが嬉しくて。



 ああ、夢なら覚めないで。


 そんな風に思った。

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