01-03 メイドは何でも知ってそう



「――とまぁ……そんな感じで、死んだわけだ」

「いやいやいや……お前、すげぇ話から始めたな?」


 人類の叡智ようふくを着た俺は、凪の部屋の勉強机の椅子の背もたれに寄りかかりながら俺の始まりを話した。


 そんな俺の始まりを、凪はベッドの上で胡坐をかきながらため息をつきながらしっかり聞いてくれた。


「知らないやつもいるけど、無月も、巫女も死んで、お前も死んだとか、本当になにがあったんだ?」

「まあ……そこからまた色々あってな、これから話すけど」

「……おかしいですね」


 ことりと、机に湯気が上るカップが置かれ、姫と呼ばれたメイドが俺の話に疑問をぶつけてきた。


「何か気づいたのか? 姫」

「御主人様が姫の変化に気づかないことにぶっ飛ばしたくはなりますが」


 え。今そんな話だっけ?

 相変わらずこの姫ってメイドは何者なのかも分からないし、話を常にぶった切ってくる。


「……おい、凪。このメイド、なんなんだ?」

「ああ、そこは記憶にないのか」

「御主人様の妻にございます」


 ぉぉう。

 まさか俺の親友に嫁がいるとか驚きだ。

 弥生の記憶は本当に断片的なんだなと感じた。

 この状態だと、本当に後で凪のほうの話も聞いてすり合わせないとだめだなと思った。


「……あながち間違ってないから否定できないな」

「そんなことより御主人様……」


 そそそっと、ベッドの上に座る凪の隣に、自然に、滑らかに、艶やかに座りながら、メイドは凪の手を取る。

 勇気が必要なのか、一度息を吸うと、ゆっくりと自分の胸に当てた。


「おまっ!? なにやって――」

「分かりませんかっ? 気づきませんかっ?」


 少し必死さを感じるメイドに違和感を感じたのか、凪は真剣にまじまじとメイドを見た。


「なにって……」


 俺からしたら、すごい勢いで凪の手が埋まっていって、なんだあの柔らかさは。と思うくらいなのだが、その行為がこのメイドにとってかなり重要なんだろうとも思う。


 ……さっきの凪への突撃を見たらそうとも思えないけど。


「……ギアの体じゃ、ない……?」

「ぁぁ……気づいていただけましたっ」


 嬉しいのか、ぽろりと涙を流しながら凪へと抱き着くメイドを見て、少しだけ心に来るものがあった。


「お前……え? なんで……。ああ……でも。じゃなかったらお前……」

「……はい。死んでおりました。またこうやって生身の体を手に入れてお会いすることができました」

「生身の――いや、でも姫……また会えて……俺も嬉しいよ……」

「はい。姫も、御主人様に会えて……大変……うれしゅうございます」


 死んでいた。

 やっぱり、弥生の最後を知っている俺としては、その後このメイドは死んでいたってことなんだろう。

 あの世界にいた、人を襲うギアの体じゃないってところが妙に気になるところだが、その辺りも弥生の記憶が完璧であったならわかっていたのかもしれない。


 妙に心がむずむずする。


 多分、俺の心の中にいる弥生が、このメイドを知っているからなんだろう。


 この感情は、多分『嬉しい』だ。


 弥生が、体が。

 このメイドを思い出そうと必死に俺に訴えかけているのかもしれない。


「あ――」


 ――弥生の記憶が、俺に思い出させるように溢れ出した。


 思い出すのは、常に無表情に凪の傍にいる、メイド姿のギア。


 共に戦い、あの世界のこの家で、苦楽を共にした、敵であるはずの唯一のギア。

 世界に災害級と恐れられた、そのギアは―― 


「お前……鎖姫かっ!」

「黙れ俗物」


 えー。

 俺、弥生の記憶からやっとこいつのこと思い出したのに。


 なんか間違えたのかね? 俗物とか言われたら俺の中の弥生が泣くぞ?


 ああ、でも。

 なんかいい感じだったのに、さっきからお邪魔虫みたいに俺がいるから、こいつらにとったら邪魔物以外の何物でもないんだろうな。

 特に、この情熱的なメイドからしてみたら。


「そ……それよりも、だ。姫、お前さっき何に気づいたんだ?」


 恥ずかしくなったのか、姫をそっと自分から離す。

 妙に艶めかしい声を上げて物足りなそうに悩まし気な表情を浮かべるメイドに、俺も凪も、思わずごくりと喉を鳴らしてしまう。


「……はぁ。御主人様、この俗物は、この世界で言うと、つい数時間も経っていない頃に殺されておりますよ」

「「……は?」」

「私、貴方達が殺されるところを目撃しておりますので」


 ……全然記憶にない。どこにいたんだ?

 じゃあ、こいつは。あの時助けもせずに俺が死ぬところを見ていたってことか?

 こいつがもし助けにでも入っていれば、もしかしたら俺達は……


「勘違いしないように。私からしてみると、色々あって、私も御主人様に会うために貴方達の協力を得ようとした矢先の話です。見つけた時には死んでおりました」


 探していた?

 だが、それがもし、もっと早かったら……


 ……いや、どうやっても無理か。

 と戦うんだ。もし間に合っていても、結局は無駄死にだったかもしれない。


 そう思った俺は、すぐにメイドに「すまん」と謝った。


「これは私の推測ですが……。貴方からしてみるとこの世界は数時間程しか経っておりません。ただ、私からすると、この世界は一年程経っております」

「……どういうことだ?」

「御主人様と同じく、この御月神夜も、旅行ドリフトしてきた可能性がございます」


 メイドに、「そうですね?」と声をかけられた。

 やっと、俗物からフルネーム名前呼びに変わったかと思いはしたが、


「ああ。その旅行ドリフトって何を意味しているかいまいちわからないが、多分そうだ」

「まぢかよ……お前、刻族じゃないのに……」

「『ノヴェル』」


 メイドが呟くように言った名称に、思わずぴくっと体を動かしてしまった。


「やはり……繋がってきましたね。御主人様」

「ああ……そういうことか……」


 この二人は、何かに気づいたようだ。


「ああ。そうだ。俺は、殺された後――」

「『枢機卿カーディナル』」


 メイドが急に突拍子もなく聞き慣れない名前を告げだした。


 ちょ。俺、今話してたよねっ!?


 そんな抗議の目を向けようとしたところで、俺はメイドの目の前に現れたそれに驚きを隠せなかった。


 宙に浮く、緑色の半透明の液晶画面だ。


「『鎖姫』の名において、この二人の閲覧許可を求めます」

『了解しました』


 どこからともなく聞こえてくる機械音声に何かを了承してもらったようだが、さっぱりだ。

 というか、こいつはやっぱり、俺に何か恨みでもあるんじゃないかとさえ思える。


「……これ、なんだ?」

「御主人様。乙女には秘密があったほうが美しいと思えるものですよ?」


 メイドはそんなことを言いながら、目の前に現れた三つの液晶画面を操作しだす。


「おい、姫?」

「御主人様。先ほど、リビングに向かったところ、ほとんど材料もございませんでした。お食事の支度も必要になります。なので、ここから移動しましょう」


 心の底から「御主人様を愛でれず残念ですが」と俺を睨みつけながら言うメイドに、「ああ、俺やっぱお邪魔だったのね」と思わずにはいられない。


「それに、先ほどの話と、この時間軸との微妙なずれを考えていくと。……もしかすると、御月神夜の『敵』がここに襲撃してくる可能性もございます。この家は、壊されるわけにはいきません」


 凪が驚いてベッドから降りて立ち上がる。


 敵。

 そうだ、俺は……。

 ノヴェルでも、んだった。


 そう思い出した時、やっぱり俺は巫女だけじゃなく、巫女のお腹の子を護れなかったことも思い出して――



「お、おい、神夜?」


 涙が、止まらなくなった。


「……御月神夜」


 はぁ、とため息をつきながら俺の名を呼ぶメイドに、終わったことを嘆いていても仕方ないと、気持ちを切り替えようとするが、切り替えられるわけもない。


「先ほど確認したところ、貴方にも御主人様にも朗報があります。御主人様と私にとっては不本意ですが……今からそちらに向かいますのでついてきなさい」


 そう言うと、メイドは「う? お、おい?」と狼狽える凪を押して部屋から出ていく。


 このメイド……


 本当に、弥生と仲良くやってたのか? と心配になるくらいに興味がないようで。


 泣いている俺を放置するとはいい度胸じゃねぇか。と、嘆いていたことさえ怒りで忘れて、俺も立ち上がって後をついていった。





 玄関から外へ出ると、外は暗く。


「う、うおお……」


 すりすりと、凪の腕に両腕を絡み付けてうっとりするメイドに聞いたところで答えてくれないだろうけど、凪の家の前には、こんな住宅街には似つかわしくない真っ黒な高級そうな自動車が停まっていた。


「な、なんだこれ。お前のか?」

「ええ。さっき呼び寄せました。私だけなら家の上とか走ればいいですけど、御主人様を走らせるわけにはまいりませんし」


 あれ。意外と答えてくれるもんだな。


「い、いや。走っていいんだけど……」

「だ・め・で・す・よ。御主人様は私に存分に世話されてください」


 だが、俺と凪に対する態度がまったく違うのはなんなんだろう。

 いや、あんなふうに接されたいわけではないのだけども。


「貴方だけの話だといまいち話が進みません。ですので、行きますよ」



 いや?

 話が進まないのはお前のせいだからな?


 なんて言ったら殺されそうだから、言わないけどね。

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