05-25 リセット


「……姫……」

「ご――しゅ―さ……ま――」


 バチバチと、体の至るところから火花を散らして俺に抱き留められた姫が、震える腕を持ち上げ、俺のことを呼ぶ。


 綺麗だった顔は、半分表層が剥がれ。

 内部のフレームが見えて、内部から赤い液体を垂らしている。


「御無事……です……か……?」


 ぎりぎり聞き取れる程度のか細い声。壊れたラジオから聞こえているかのような掠れた声に、「姫のほうが無事じゃないだろ」と、俺の頬に触れようとした姫の手をぎゅっと握りしめる。

 だが、そのその手は焼けたように熱く。


「姫より……ナオ様……は……」


 ナオを心配する声に、俺はナオがいるはずのほうへ振り返ることができなかった。


 さっき、ナオの状況は、胸が張り裂けそうになるほどに見た。



 ナオは。

 少し離れた所で、うつ伏せに倒れたままぴくりとも動かない。


 もう、動いてくれないし、俺にいつもみたいに猫みたいにじゃれてもくれなくなった。



「ナオは……」

「そう、です……か」







 即死だった。


 が放った一撃は、助けようと身を呈して射線上に入り込んだ弥生と巫女共々貫き。


 胸にぽっかりと空いた穴は、生命活動を止めていることを現していた。



 町で盛大な祭りが開催されてから一ヶ月ほど経った日に、俺は観測所を経由して元の世界へ戻る手段を知った。


 皆と一緒に世界を救うために、俺が元いた世界へと旅立った。


 準備はすでに終わり、ノアを倒すために、観測所へと向かい――



 そして――



 俺達はあいつ――今は俺の目の前で二つに切り裂かれた『渇望』の絶機となった砂名と会い、戦った。


 その結果が、これだ。




「母さん……何とか、ならないか?」


 無傷とは言えないが、双子と共に皆を守ってくれていた母さんに声をかける。

 何とかなるか、なんて、口に出して問いかけてみたが、母さんに言っても何とかなるとなんて思ってはいない。


 でも、ここは観測所だ。

 数多の命が戻り、帰る場所だ。

 だったら、ナオや弥生、巫女だけでも、生き返らせることはできるはず。


 だって、俺達の中には、その力で何度も死の淵から戻ってきた経験があるのだから。



 だけど――


「多分、出来る。出来るけど……」


 母さんの悲痛な声に、俺も理解はしていた。


 ここに来る前に自分が思っていたことだ。

 だから、はっきりと、分かる。




 姫は――


「御主人様を、守れて……よかった……」


 ――姫は、無理だ。


 姫は、ギアだ。


 この観測所にある命の光は、人にだけ作用する。

 姫の場合は、コアパーツがあれば直せる。時間があれば、直せるんだ。

 だけど、その直せるはずのナオも、今は……


「姫……」

「泣かないでください。ひ、めは――、――御主人様の――」


 最後に片側だけで見せた笑顔を最後に。

 姫の瞳が光を失う。


 あの時――

 俺と戦い、自爆する寸前に見せたように。




「ひ……ひめ……っ」




 姫が、俺の腕の中で、停止した。



 あの時のように、自爆する為にまた目を覚ましてくれないか。

 そう思うが、姫はぐったりと、力も失って、ただただ動かない機械と化した。


「な……ん…………で……」



 ――なぜ。

 なぜこうなった。


 あいつは……あいつはどこまで、俺の……皆が生きる世界に仇なし、世界を壊そうとするのか。


 碧だって、あいつを否定し、戦って、傷つき意識を失っている。

 自分が手に入れたい存在さえも傷つけて、あいつは、何がしたいんだ……。


 砂名への怒りは止まらない。

 当たり前だ。


 姫も壊され、ナオも、巫女も弥生も殺され、母さんだって腕をなくした。


 無事なのは双子くらいだが、双子も必死に皆を守ろうと頑張ってくれて、動けなくなるほど疲弊している。



「お、お兄さんっ!」



 スイの、慌てたような声が聞こえた。


 双子にも何かあったのかと、ここから更に上塗りするような状況は、流石に耐えられないと思ってすぐに振り返る。




 振り返った先に、辺り一面の、光が見えた。




 白いこの世界で、光があっても見辛いだけなのに、この光は視覚できてしまった。

 どんどんと俺へと近づいてくるその光は、俺の視界を消し去っていく。

 俺だけでなく、辺りの皆を消し去るように。



 イルが俺に向かって走ってきていたが、俺を捕まえるように伸ばされた腕は、光に呑まれていくように俺の視界から消えていった。














 ぱちっと、目が覚めた。

 目を覚ました俺の目の前に広がるのは、いつもの見慣れた俺の部屋の天井だ。



「……ナオ……姫?……碧……?」



 いつもの馴染みのベッドに寝ていた俺は、何があったかすぐに思い出して上半身を持ち上げた。


 小さい頃に隠れ、最近であれば裸のナオと一緒に隠れた引き戸のクローゼット。

 ベッドの横には全体を映せる姿見鏡。

 小さい頃から愛用している勉強用の机があり、机の上にはブックスタンドに挟まれて教科書やノートが整えられ。

 人具を作る時、神鉱を砕く万力のような、いまだよく分からない小型の機械もある。




 ……俺の、部屋だ。



 誰もいない。



 以前、碧がいるのかと思ってかかっていた毛布を思いっきり剥がしたことがあった。俺のベッドには碧の体をもらったナオが一緒に寝ていた。


 だから、今回も誰かが傍にいるかもしれない。


 碧でも姫でも嬉しいが、ナオだったら嬉しい。

 ナオなら姫を助けられるし、あの時ナオは間違いなく――





 毛布を捲ってみた。





「……いない……」


 誰もいない。


 いや、そんな気配はなかったからいないことは分かっていた。

 分かっていたけど、それでも……誰かいて欲しいと願った。



 ……俺だけ?



 俺だけが……いや、そもそも、この今いる場所さえ、本当はどの世界なのか分かってさえいない。



 もしかしたら、あの場に向かったことが実は夢で、まだギアのいるあの世界で目覚めて起きただけなのではないか。


 実際、このように自分の部屋の天井を最初に見て起きたことが俺には何度もある。


 飛行機が墜落したあの時は夢じゃなかった。

 夢じゃなかったからこそ、皆と出会えた。皆と知り合えて、大切な人ともまた会えた。

 大切な人も出来た。





 夢であれば。

 夢であって欲しい。











 窓から聞こえる音に、それはないことが分かった。


 ぶぉぉーっと、有害な排気ガスを出しながら走る複数の自動車の音。

 遠くで走っているのか、がたんごとんと電車の音も聞こえる。


 ぴぴぴっと、雀の囀りだけは変わらないようだ。


 あの世界は、華名家がいくつか所有しているくらいで、自動車は珍しいものになっていた。

 電車も、あの世界ではギアが蔓延っていたから拠点を繋ぐことは出来なかった。そもそも、線路はギアに破壊しつくされて復旧の目処さえたっていない。

 たっていないからこそ。移動手段が著しく少ないからこそ。あの世界は、各町で拡神柱に守られた町の中で必死に生きていたのだから。



 以前はうざったいと思うほど聞いていたその音が、酷く懐かしく思えた。だけど、だからこそ、その音が聞こえた時は落胆した。


 夢じゃない。

 あれは夢じゃなった……。



 間違いない。

 ここは、元いた世界だ。



 戻ってきてしまった。

 一人で? 一人で戻ってしまったのか?


 ならば、胸を貫かれたナオは。

 俺の腕で今にも壊れて消えそうだった姫は?

 あの時、戦いの最中に意識を失って倒れた碧は?



 母さんは? 双子は?

 あの戦いで、ナオと同じく貫かれた弥生と巫女は?



「みんな……どこへ行ったんだよ……」



 世界を平和にする為に、ノアを一緒に倒しにいこうって……。


 みんなと一緒にいたい。

 みんなとこれからも仲良く生きていきたい。



 そう思った矢先だったじゃないか。



 なんで――



「――なんで……こんなことに……」





「うっ……」




 声が、聞こえた。

 聞こえた声に、すぐに反応して聞こえた場所を見る。


 ベッドのすぐ真横。

 床だ。


 そこに力なく倒れているのは男だ。


 髪型は爽やかに。おしゃれな感じが漂うスマートマッシュ。いつものトレードマークな頂点の折れたサンタ帽子を被った男が眠るように倒れていた。


「……しん…………?」


 そこにいたのは、御月神夜みつきしんや

 忘れるわけがない。

 この元いた世界での、俺の幼馴染みの親友だ。





 ノヴェルの世界にいるはずの親友が。


 なぜか、そこに倒れていた。










 刻旅行 第一部


 刻の護り手 凪の章



              完






















「ふむ? ふむふむ」



 真っ暗な部屋に、ぽわっと、暖かなそうなランタンの光が灯った部屋の中。



 ぱたんっと。優しく音が鳴る。

 一人の女性が、本を閉じた音だ。


「ふ~ん。そうなるんだ。ねぇ、どうするのかな? どうしたいのかな?」


 女性は一人納得して、暗闇に声をかける。


「お久しぶりです」

「久しぶり。……いいの? あそこからこっちに来ちゃって。干渉しちゃうよ?」

「……見ていたのなら。是非干渉して助けて頂けませんか。『始天してん様』」

「いいよ? 助けてあげるよ。だって、必要でしょ?」









「ね? みことちゃん」



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