05-18 三日後
「はい、お兄さん。あーん」
「あ、イルちゃん、その量は一口じゃ入らないよっ」
「じゃあナオが代わりにあーん」
双子が現れて母さんも戻ってきて。
色々話をした次の日。
忙しい貴美子おばさんは、暇な母さんを連れて財閥の仕事に戻った。眼鏡ちゃんも白萩を護衛につけて仲良く出勤だ。
「帰って来たんだから、財閥業務やってもらうわよ」
「やーだぁぁーっ! なっくん噛むーっ!」
「そうやって私に仕事押し付けて逃げるの止めなさいっ!」
俺の家で朝食を食べてから、朝っぱらから俺を噛もうとする母さんをずるずると引っ張り仕事へと向かう貴美子おばさんが去っていく。
ああ。そう言えば。母さんって財閥の統括者だな。
……え? あんなんで財閥仕切ってたの? いやいやいや、そんなわけない。
多分父さんとか屋敷に住んでいた秘書とかが有能だったんじゃないだろうか。
それか、さっきの言葉通り、貴美子おばさんに全て丸投げしていたとかか?
そう考えると、仕事があるから観測所に引きこもっていたようにも思えて残念な人に見えてきた。
だが今は財閥関係者も大幅に減っている。
猫の手も借りたいのだろう。
……猫の……手……にさえなるのか?
「では私達も」
「水原ぁ。まだ納得できないとことか、また今度教えろよー」
白萩が眼鏡ちゃんの肩を抱きながら「流石に話が濃いし分かりにくくて理解できんわ」と呟きながら去っていく。
眼鏡ちゃんも満更ではない感じ――いや、付き合ってるからいいのだが――でもあるが、なんだか不良にネタ握られ脅されて連れていかれる大人しい女子高生を彷彿と……。
そんな感じで始まった一日。
だけど、前日二日間で話したことは、かなりボリュームがあったとも思う。
俺も、皆にしっかりと、これからのことも話せた。
……とんでもない、俺の今までは何だったのかと言うことも知ったが、まあ……そこはあの母さんだ。
それくらいあってもおかしくないと、なぜか思えてしまう。
だけど、その話は俺にとって嬉しくて――
「イル。恋人ごっことかするもんじゃないよ」
「えー。奥さんいる人のほうが安心できるじゃん」
「奥さん……イルちゃん、もっと食べる?」
「思う存分食べるの」
「わ~い」
『渇望』の絶機が砂名だと分かったとき、流石にあり得ないと思った。
なぜなら、砂名は新人類としてこの世界にいる。
あいつ自身がムイタ族と名乗っていたから、刻族として観測所に至れることは分かった。
この世界の砂名が新人類に堕ちたといえ、ナギや母さん、他の凪も相手に戦って勝てるほどの強さを持ち合わせているとは到底思えない。
だからこそ、あり得ないと感じた。
だが、それは。
「実は――」
スイの言ったことで理解ができた。
「僕達と同じく、ノヴェルのサナ公爵も、共に観測所に至ってしまっています」
双子が観測所に来た理由――ノヴェルの砂名が行ったムイタ族の蘇生の術式の暴走を止めるため、双子は術式を書き換え、ナオを生まれ変わらせることも含めて観測所への力の流れへと変えた。
ハシタダという橋本さんもどきは、直前に避難していたため巻き込まれなかったそうだが、その流れに巻き込まれた人物がいた。
それが、ノヴェルの
別世界でもここでも、あいつはどこまで碧に付き纏うのか。
「でも、この世界にも、恐らくはノヴェルにもいないので……消滅したのかと思っていたのに……」
どちらの世界にもいないなら、輪廻の輪に入ったか、または、別の世界へ生まれ変わったか……最悪なのは、俺のようにそのままの姿で別世界に降り立った、もあり得る。
「でも、砂名が『渇望』だとして、他の世界に流れ着いていたとしても、新人類にはなれないんじゃないかな?」
「そうです、な。今、話に出ている世界の三つに、ギアが存在しているのはこの世界だけです、な」
橋本さんや火之村さんの言うことももっともだ。
だが、橋本さんはまだしも、火之村さんは肝心なことを忘れている。
「砂名は刻族として特殊な力がある。あいつは、他の世界の自分と知識を共有できる」
あいつなら、知識の共有で、新人類のなりかたくらいは他の世界ででも知ることができるはずだ。
「いや、素材は?」
「……あいつは、他の世界の自分と知識を共有できる」
大事なことだから、二回言っとこう。決してコアパーツが必要とか忘れていたわけではない。
「なっくんの言ってることが確かなら……確かにどこにいても知識だけはあるわね。……だとしたら、あっちの世界にいた可能性があるわ」
けたけたと俺の失態を笑うナギをとりあえず投げ捨てていると、母さんは俺の元いた世界に砂名がいると言った。
「凪くんがいた世界に何かあるの?」
貴美子おばさんの疑問はもっともだ。
あちらはギアのいるこの世界より、遥かに分野のレベルが低い。
「あるわよ」
そう言うと、母さんは貴美子おばさんを指差した。
「財閥関係者の貴美子と、その砂名って子と同じく、こちらの知識がある基大さんがいるでしょ。資源なら財閥の力を使えばいくらでも集められるし。基大さんなら、自由に観測所を通らずに
母さんがそう断言した。
だがそれはない。
だってあの二人は……
「命さん……ボクのお父さんとお母さんは、もう……」
「碧の言う通り、「生きてるわよ」あっちの世界ではもう生き――」
……ん? 今、碧に続くように言った俺の声のなかに、理解できない言葉が入らなかったか?
「「……生きている?」」
思わず碧と俺の声がハモった。
「飛行機墜落だったかしら? そんなので基大さんが死ぬわけないでしょ」
その自信はどこから……。
「稀代の英雄とか言われている人よ? 紐無しバンジーくらい、一人抱えて余裕よ」
紐無しバンジーって……どれだけ高いところからだと……。
だが、言われてみれば。俺は父さんと義母さんが飛行機から椅子ごと消えたところは見ていたが、死んだところは見ていない。
「いや、でも……」
「なっくん。いくら嫁の親友に手を出すダメなお父さんでも。も~~ちょっと、信じてあげなさい」
いや、それ……女性関係に弛いとか間接的に言ってないか?
俺も責められてるようで辛い。
「命……基大さんの居場所、知ってたの?」
「知ってるもなにもー。少し考えたらわかるわよー」
「いや、それがわからないから……」
そこで俺は言葉を切った。
とてつもない徒労感に襲われたとでも言えばいいのか。
だが、俺よりも貴美子おばさんのほうがそんな気分を味わっているだろう。
貴美子おばさんは、俺なんかよりずっと、探していたのだから。
自分の親友を。
その旦那を。
(ついでに俺も)
どれだけ財閥の力を使っても見つけられなかった二人。
この世界を変えるために必要だと信じて探し続けた二人。
何年経っても探し出すことのできなかった二人。
なのに、それは一気に解決した。
会うことのできない母さんが、いきなり自分から現れて。
そんな母さんから父さんの居場所を教えられて。
貴美子おばさんには到底手の届かない場所に、二人はいた。
そんな貴美子おばさんのことなんか我関せず。
俺も探したくて探そうと頑張ったけど、見つからない
俺も貴美子おばさんも、同じことを思っただろう。
『そりゃ、探しても見つからないわ』
と。
二人揃って大きくため息をついた。
「お兄ちゃん……っ!」
碧が涙を溜めて俺の名前を呼ぶ。
「お兄たん……ナオ、またお父たんに、会える……?」
ナオも、自分の実の親に会える。
二人とも、周りに信頼のおける仲間達や家族である貴美子おばさんに囲まれていても、実の親が生きていたことに嬉しさが隠せていない。
家族探しが一区切りつき、また一家が揃う嬉しさに、俺も体の中から込み上げる感情に涙が自然と溢れだした。
元の世界へ戻るために。
戻らなきゃならない理由もまた一つ、増えた。
あれから三日後。
「あのネックレス可愛いねっ! お兄さん、プレゼントしてあげないのっ?」
「イル……高いよ、あれ」
「……スイ、覚えておけ。こう言うのはサプライズが何よりでだな……」
「え。サプライズ、ですか?」
「そう、こんな風にねだられた時に買うと、これからも買わされる。だから、一緒にいないときに買って渡すんだ」
「なるほど……参考になりますっ!」
俺は、これから元の世界へ戻るための、準備をしていたはずなのだが……
なぜ、双子連れてデートしているのだろうか……。
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