05-19 イルとスイ
護国学園前に広がる、先日の戦いに負けじと賑わう商店街を、双子がこの世界に興味津々だったので町を案内していた。
詳しい妹二人も一緒だ。
「お兄さん、あれなーに?」
「あれはエアコンだ。さっきから店に入る度に涼しいだろ? あれで温度調節している」
「魔法じゃないですよね? どんな原理なんだろう」
「詳しくはしらんが、電気を使っているな」
「電気?」
「服とか擦り続けるとぱちって来たり、毛が逆立つだろ。あれを溜めて動力にして使ってるようなもんだ」
「なるほど……」
「イルわかんない」
二人は目に映るもの全てが新鮮なようで、ノヴェルという世界は化学力が発展していない世界なのだろうと感じた。
その代わりの魔法であり、魔物などもいると聞いたときは、俺達が考えたことのあるファンタジーな世界から来たのであれば、この二人の行動も仕方ないことなのかもしれないと思いながら、町を案内していく。
「ねぇねぇ、おにーさん」
「ん? 次は何が聞きたい?」
俺のこれからの目的は変わらない。
目の前に、観測所を経由してこの世界にたどり着いた双子もいるし、毎日のように楽しそうな貴美子おばさんに連れていかれて泣いている母さんもいる。
今なら、いつだって観測所への至り方も分かる。
急がなきゃ行けないのも分かる。
でも、ほんの少しだけ。
こんな日があってもいいじゃないか。
「お兄ちゃん……子供出来たらいいお父さんになれそう……」
「ナオ、絶対産む」
わくわくが止まらなさそうで、目につくいろんなものを質問してくる双子を微笑ましく見ていると、俺の少し後ろで仲良く会話していた妹達の声が耳に入った。
……二人とも。
自分のお腹を優しく撫でながら言われると、男としてはどきっとするよ?
いや、それならそれで、覚悟決めたから構わないんだけど。養う分の貯金も、三原として人具売ったお金や、拡神柱に使う神鉱で十分あるし。
碧が朱なわけだから、華名家も継ぐことになるだろうし、十分この世界で生活していけると思う。
この世界に初めて目覚めたときに比べたら、かなり裕福になったなぁとしみじみと。
だから、別に……二人との間に子供が出来てもなんら問題ない、のだが……
……嬉しいけども。
二人にはまだ早いし。
俺ももう少し自由でいたいし、何より俺達学生だし。
……うん。全然行けてないけど、学生なんだよ、俺達。
「御主人様、姫はいつだって準備は出来ております」
いつの間にか、さっきまでいなかった姫が俺の真横に立っていた。二人と同じようにお腹を撫でている。
いきなり現れて何言うかと思えば。
お前ギアだから子供産めないだろ。
ギアが妊娠できたら、それこそこの世界の技術力が凄すぎて驚くわ。
「姫なら何とか出来そう……」
「産めないならナオ様と碧様のお子様を愛でるだけです」
「ナオも愛でるの」
「イルも?」
三人だけでなくてイルもお腹を擦っているが、イルはまったく関係ない。あったら俺は多分ロリコンの称号を手に入れることだろう。
今でさえ十分あやしいのに……。
周りの光景に楽しそうに。
ノヴェルの世界にはなかったのか、俺達にとっては見慣れた物さえ見ては触っては、無邪気に楽しむ双子を見ながら思う。
がしゃん。
「「あ」」
店内の小さな小物をはしゃきすぎて落として割る双子を見ても笑って許せるほどに。
弁償しようと値段を見て、ひゅっと何かしらが縮み上がりそうになりながらも穏やかに。
色々あったからだからだろうか。
妙にこんな日々が懐かしく、楽しく思える。
だけど、こんな日々も間もなく終わる。
俺は、元いた世界へと戻り、ノアを倒さなければならない。
世界を救うとか、そんな大それたことをしたいわけじゃない。
ただ、こんな楽しい毎日を、皆と一緒にいたいだけなんだ。
「で、姫はなんでここに?」
「御主人様に会いたくなり」
「……そこらの喫茶店でも入るか?」
昼近くに皆に連れられるように町へ繰り出し、昼休憩を挟んでいるとは言え、女子三人のショッピングに連れ回されているのだから流石に足が少し重い。
スイをちらっと見ると、やはりスイも疲れているようで……いや、疲れているなんてもんじゃない。目が死んでいる。
先程まで色んなものに興味を持っていたのに、三人に振り回されて余裕がなくなったようだ。
護国学園前に広がる町並みに繰り出したのを後悔した。
広すぎて、一日で見終わらない。
大通りを歩いているだけだが、魅力的な店がたくさん軒を連ねている。
大通りから外れた場所にも隠れた名店もあるらしく、裏道にも所狭しと店があるそうだ。
流石に一日かけて回りきろうとは思えないため今日は大通りだけ。
一気に行ってしまえば滞在時間も少なくなるし、見たいものも見れなくなる。
一つ一つの店に時間をかけすぎなのは、女性が三人もいればこうなるのは分かっていたことだ。
「スイ。これが、女性の買い物に付き合うってことだ」
「これが……大変ですね」
「まだ序ノ口だ。これから荷物持たされたりするぞ」
「お兄さん……僕は……」
耐えろ。耐えるんだ。
お前にはこれからもっと素晴らしい出会いもあるし、楽しみもある。
まだ悟るには早い。
挫けそうなスイの頭を撫でながら喫茶店でのんびりし、なぜ俺はこの子に女性との付き合い方を教え始めているんだろうかと。
俺だって全然経験ないんだけどなぁ……。
でも、なんか弟が出来たみたいで少し嬉しかったのは内緒だ。
・・
・・・
・・・・
「これがギアっ! すっごい大きいねっ!」
イルが姫以外のギアを見てみたいと言い出したので、護国学園からの帰りに寄り道し。
家を通り過ぎて東の門へと向かった。
そびえ立つ凪様像を見て、イルが感激して発した言葉が先の一言なのだが、あれは俺だ。
作り出した
「御主人様っ! ポンコツにございます!」
ポンコツが右手の拳を左手で包んで、それをやや振り、軽くお辞儀した。
なんだっけこれ。
ああ、中国の時代劇でよく見るあれだ。
確か、
「ゴシュジンサマ」
ギアがぞろぞろと現れだし、全員が俺の前で片膝ついてポンコツと同じ動作をする。
……なんだろう。
凄く、いい気分だ。
「あれ? なんだー。こっちの大きいのじゃないんだー。ちっちゃいね、ギアって。じゃああのおっきいのなに?」
なぜ凪様像を見てギアだと思ったのか問い詰めたくなったが、美形化しすぎて分からなかったのだろうと言い聞かせる。
どうせ俺はあんなにきらきらとした笑顔なんざ出せないさ。
……出すのは橋本さんだけで十分だ。
「なっ……御主人様を小さいとっ!」
ポンコツ……何で俺の股間を見ながら言った?
小さいと言われたのはお前達であって、俺じゃないぞ?
「お子様には御主人様の偉大さがわからないのですっ! さあ、御主人様!」
急にポンコツが俺を見て、期待に満ちた笑顔を向けた。
その笑顔の口元がキラリと光る。
橋本さん以外にもきらきら光るやつを初めて見た。
「さあ! 思う存分、御主人様の素晴らしさをこのチビッ子に教えてあげてください!」
お前が教えろよ……。
何で俺が俺を褒め称えなきゃならんのだ。
「御主人様はそれはもう素晴らしき御方ですな! 何より我等が主であることこそが、素晴らしさの証拠っ! 偉大で崇高で、ギアを統べる我等が御主人様っ! だからこそ、御主人様は偉大なのです!」
……うん。もう喋んな。
それ、単に自分達を従えてるから凄いって言ってるだけだからな? 従えてもねぇよ。
ポンコツの、言葉を変えただけの俺が凄いってだけの中身が薄い話が延々と。
次第に碧は苦笑いし、ナオは眠そうに蔑むような目を向け、姫の笑顔のこめかみに青筋がたつ。
スイは俺の傍で姫から発せられた怒気に震えながら「イル、あれはお兄さんの像だよ……」と何度も小声で呟いている。
言われ続けたイルも例外ではなく。
「ううぅ~! こんなのいらないっ!」
そう言ったイルが術式を発動した。
魔法の発現だ。
大きな何が描いてあるのかわからない魔方陣がイルの頭上に現れ、溶けるように消えていく。
消えた後に現れたのは大きな水溜まり。
その水がイルの手の動きに合わせて鋭く尖りだす。
槍だ。
大きな、水の槍だ。
ロマンが今、目の前で発現している。
まさか、ポンコツのおかげでロマンが見れるとは……火之村さんや白萩に後で自慢しなくては。
だが、嫌な予感がするのはなぜだろう。
……あ。
やめろ。まさか……。
「こんなの、壊れちゃえ!」
腹部から下。
――股間に。
「捻れて貫いてっ、千切り飛ばしちゃえーっ!」
そんな言葉と共に、ロマンは形を変え、螺旋状の鋭利な塊と化し。
……誰かがいつかはやると思ったさ。
股間にぽっかり空いた穴。
そこを中心として、ひび割れてばらばらと崩れていく凪様像を見ながら思う。
今日も、世界は平和だ……。
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