05-06 突然の来訪者

 急に辺りに響いて聞こえた声に、立ち上がって辺りを見渡すが、この部屋には俺達以外の他に誰かがいるようにも見えなかった。


 だが、あの声は俺は覚えている。


 ノアと戦っていたときに。

 姫を助けるために助言してくれた、あの声だ。


「だ、誰って……?」


 弥生が不思議そうな顔をしている。こんな声が急に聞こえたら驚くのは当たり前か。


『ごめんなさい、お兄さん。今からそこに行くね』


「行く? 来るって?」


『今、お兄ちゃんの……みはら?……って家の前』


「は? 三原商店の前?」

「お兄ちゃん?」


 交互に聞こえる少年と少女の声が、俺の家の傍にいることを知らせてくれる。

 そんな響く声とやり取りをしていると、碧が立ち上がった俺の裾を引っ張った。


「誰と、話してるの?」

「誰って……」


『これ、お店なのかな。おじゃましまーす』


「え、ちょ……ほら、今も」

「? 何も聞こえないけど?」


 皆がきょとんとした顔で俺を見ている。


「いや、ほら! 三原商店の前にいるとか、今入ったらしいし」

「……なにが?」

「御主人様、敵ですか?」

「敵っていうか、姫を助けるときにも聞こえてただろ、この声」

「? 君は何を言っているのかな?」


 ナギが不思議そうに答えた。

 ナギにも聞こえていない? それは異常なのではないだろうか。

 なんだ、なんなんだこの声は。

 俺にしか、聞こえていないということか?


『もうすぐ家のまえー』


「……誰かが、家の前に来ている」


 戦える皆が一斉に自分達の武器を持ちだし、リビングが騒がしくなった。


「いや、待ってくれ。多分、敵じゃないはずだ。この声がなかったら、姫は助けられなかったはずだし」

「水原君にしか聞こえなくて、近づいてきているんだったら……でも、せめて用心はしておこう」


 橋本さんの警戒する言葉に皆が頷き、戦えない女性陣を隣の家との通用口辺りまで待避させる。


『今、家の前だよ。これ押せばいいのかな?』


 男性陣はいつでも人具を起動できるように握りしめる。

 ただ、もしこの相手が敵だとしたら……リビングでこの人数で戦えるのかと言えば無理だろう。

 敵なら、この家を壊してでも外へと出て戦う必要がある。


「家の前に、着いたらし――」



 ぴんぽーん



 俺の声を遮るように、チャイムが鳴った。

 その音に、女性陣から小さく悲鳴があがる。


『わっ!? 音が出た! なにこれ! なにこれっ!』


 ぴんぽーんぴんぽーんぴぴぴぴんぽーん


 と、軽やかなリズムに乗って、チャイムが連打され出す。

 少女の声は、そのチャイムに夢中になっているのか、『なにこれ』を連発する。


 俺の頭のなかも「なにこれ」の大合唱でいっぱいだ。


『ちょっ。止めなよ。家のなかで反響してるみたいだよ』

『音出るんだよ!? すごいすごい!』


 少年の制止の声にも止まらず。

 少女は更に連打する。その音に皆が恐怖を感じだしたのか、女性陣は震えだし、男性陣は敵意を露にしだす。


 皆はこの声が聞こえないから警戒しているし、俺も聞こえた段階では警戒すべきだと考えた。

 だが、チャイムを楽しそうに鳴らし続ける子供のような声は、俺からしてると警戒する必要もないように思える。


「……俺が、でる……」


 皆に伝え、少しずつ、ゆっくりと玄関へと。

 玄関のすぐ隣がリビングだから、リビングの入り口に火之村さんと橋本さんが隠れるように気配を消して身を潜める。


 反対側の客間に、白萩がさっと走り抜け、ドアを少し開けて玄関先を睨み付ける。


 いまだ鳴り止まないチャイムの音に、どこぞのホラー映画を思い出してきたが、玄関ドアの左右の磨りガラスの先に見えるフォルムは、明らかにナオより小さく、小学生くらいの子供のように見え、チャイムを必死に押してる少女と思われる姿は、チャイムを押すために軽く背伸びさえしているように見えた。


 ちらっと後ろに控える三人を見てみると、その光景を見て殺気も収まり、不思議そうな表情を浮かべている。

 警戒はまだ怠ってはいないが、敵なのか味方なのか判断出来ないのであろう。


 だが、俺としては他にも気になることがあった。


「三人とも。……多分敵じゃない」

「なぜ、そう言い切れますか、な?」

「いやぁ……このチャイム連打はある意味敵意があるとも思えるけどね」


 大人二人はまだ疑っているが、その二人の声は、先程より幾分警戒心がなくなっているようにも聞こえた。


「……とにかく、敵だろうが味方だろうが、チャイム止めさせよう。うるさすぎる」

「水原君。敵ではない確証はあるのかな?」

「ある……この家を認識している」


 そう。この玄関の先にいる来訪者は、この家が『見えている』のだ。


 俺の言った意味が一瞬分からなかったのか、三人は考えるように固まり、そして理解した。


 誰か――家の主が許可しないと入れない家。見えない家。

 それがこの家だ。


「ならば、水原様が許可した方、と?」

「いや、俺は許可してるのは……多分、この家にいる皆だけだ」


 だが、例外はいくつかある。

 俺に許可された人達。その許可された人達と一緒に入った場合、俺に許可された時と同じく、許可されていなくても見ることができ、入ることができる。


 ……自慢じゃないが、俺はある意味、ぼっちだ。

 なぜなら、隣町で大勢と関われなくなるトラウマを抱えたから、この家に招待したのはほんの数人――この家に今いる皆くらいだ。

 だから、友達も……家に呼べる友達というのも……少ない。


 考えておきながら、自分でダメージを負ってしまったが、事実だ。


 だとしたらこの二人は。

 今この家にいる誰かの知り合いと考えられる。


 背丈からすると、ナオは学園で低学年の子に人気と聞いているので、ナオの友達という線が濃厚だが、それはない。


 ……悪戯なら、あり得なくもないが。


 俺にしか声が聞こえてなく、今リビングでナオも震えているから、悪戯ということもあり得ない。


 だとしたら、もう一つの例外。


『俺以外の家の主が許可した』可能性。


 これは、碧である朱と、貴美子おばさんが当てはまる。

 火之村さんは朱だった頃の碧と一緒に来ていたから、『許可された人達と一緒に入った』が該当する。白萩は俺に許可されているから、眼鏡ちゃんもこれに該当する。


 今いる誰もが許可していないなら、この二人は――


「――父さんか、母さんに許可された、来訪者だ」


 三人が、俺の結論に息を飲んだ。

 その結論とともに、火之村さんが神鉱を盗んでいったことも思い出したが、時効だ。


 もしかしたら、母さんや父さんのことが分かるかもしれない。


 そう思った俺は、



 かちゃりと。



 玄関のドアノブを下ろし、開けた。



「「あ。開いた」」



 そこにいたのは、やはりまだ小さな子供だった。

 小学生くらいのまだ小さな子供だ。


 最初に目に入ったのは、雪を思わせるような真っ白な髪。

 姿勢を正し、乱雑にぼさっとした白い髪の少年。白い髪にアクセントとして青いリボンが頭に乗っている。

 艶やかな雪を思わせるような白い髪を、うなじ辺りで大きな赤いリボンで結ぶ、少女。白さの際立つその髪に、その赤がよく映えている。


 二人は、今のこのご時世に、どこにいるのかと思うほど古めかしい服を着ていた。

 どちらも一緒の服。日本で言う千早と呼ばれる部類の白い服装だ。白い髪に白い服。白さの中に余計に二人のリボンと、その千早の上から羽織る、古めかしいマントのような外套が一際目立つ。

 手には二人とも、赤と青の丸い水晶のような鉱石が付けられた、棒切れのような杖を持つ。

 ただ、その杖についた赤と青の鉱石は知っている。神鉱だ。


 ……どこの異世界から現れた魔法使いかと思うその姿に、唖然とした。


「「あ。お兄さんが刻の護り手? 初めまして」」


 双子かと思えるほどにそっくりな少年と少女は、同時に俺に問いかける。無邪気な笑顔を向けて、俺の事を『刻の護り手』と認識して、そこに立っていた。


「あ、もう一回」

「やめなよ」



 ぴんぽーん。



 名残惜しそうなチャイムの音が、家に一回だけ、響く。


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