04-45 東の終わり


 叫びとともにそれは姫へと流れる。


 不可逆流動ドライブ観測所ポートから流れる意志の光が、俺の体を通り、循環し、右腕に集まり姫へと繋がっていく。


 簡易観測所イントラで姫の右胸と俺の右手が繋がる。


 俺の左目は簡易観測所イントラを制御することに成功し、触れたその場所と俺の腕の空間だけを繋げる。

 限定的に極部に力を流し込むため。俺の想いも乗せて。


 右胸一点のみに、守護の光が流れていく。


 姫の右胸にある、ギアとの通信を行うネットワーク。

 そのネットワークに力を張り巡らせることで、姫は町にギアを近寄らせないようにした。


 ギア同士を繋げ、互いに共有するそのネットワークをノアは使ったのだ。

 どこかから姫のそのネットワークに侵入し、姫を乗っ取っている。


 ノアであれば簡単だ。

 なぜなら、ノアは過去に一度それを行っているのだから。


 この世界のギアをすべて暴走させた、人類と世界の分岐点。

 ノアは言っていた。

 自分が作ったプロトタイプのギア――第三世代を作った時にプログラムを仕込んだと。

 人類が第三世代を量産し、以降のギアを作り出した時も、暴走プログラムは等しく全てコピーされてしまっている。

 その暴走プログラムに一斉に指示を与える為には、そのプログラムを起動する必要があり、それをするにはこのギア間ネットワークが特に有効だ。

 実際どのように繋がっているかはギアにしか分からないだろう。だが、そのネットワークがすべてのギアと繋がっているのであれば。入り込めばすべてのギアのそのプログラムのスイッチを押すことさえ可能だ。


 恐らくは、そうやって、この世界を滅ぼすスイッチを押し、そして今も入り込んでどこかから姫の体を操っているのだろう。


 だから。


 その、姫の中にある、ネットワークに繋がる回路、または機関を壊してしまえばいい。



『できたでしょ?』

『ほら、ノアが離れるよ』



 それを教えてくれたのは、今は嬉しそうなこの二つの声だ。


 誰かは知らないが、助かった。

 ナギにも聞こえていないであろうその声は、恐らくは観測所から。

 同じように俺へとアクセスしているようにも思える。


 もし、観測所だとしたら……

 今も観測所で戦っているはずの、母さん……と関係しているのかもしれない。


 だが、母さんや観測所、そしてこの二つの声よりも。


 今は、姫だ。


 姫はギアだ。

 ギアだからこそ、守護の光はとてつもなく有効だ。


「くぅ……ぅぅっ!」


 姫の姿をしたノアが、苦しみだした。

 ノアとはいえ、歪む姫の表情に心が痛むが、今は姫を――


「うぅぅぅぅぅっ!」

「――ひめぇぇっ! 戻ってこいっ!」







 ぱきり。







 音が、聞こえた。







 姫のギア間ネットワークである中枢回路が、壊れた音だ。

 紫の光が、姫から消えていく。



「ポンコツっ! 体を借りるよっ!」

「はい! お使いください!」

「いいねっ! 素直だっ!」



 とかなんとか、ポンコツの二人二役が発動し、俺の体のナギの本体左腕から離れ、ポンコツの体にナギが戻る。


「流石に力が流れ続けるのは焦ったけど、僕の目的であるこの瞬間を待っていたよ」


 ナギが少しずつ、辺りに散る紫の光を吸収していく。

 姫が纏っていた光も、少しずつポンコツの体へと吸い込まれ。


 そして、姫からすべての光がポンコツの体へと吸収されていった。


「凪、最後の仕上げに入るよ」


 がくりと、力なく俺に寄りかかってきた姫の体を受け止めながら、ナギの言葉を聞く。

 ナギはポンコツの体に溜まった全ての紫の光を、突き出した両の手のひらのレーザーの射出口から少しずつ放出。


 紫の光が少しずつ、ナギの前で形を作っていく。

 バスケットボール五個分くらいの大きさの紫の光は、丸く、形を作り。

 がくりと、ナギがすべての光を吐き出した後に片膝をついて悶えだす。


「……ダメだ。ポンコツの体がもたないかもしれない」


 形を作るのも難しそうなその表情は、今にもその光を手放しそうに苦しみの表情を浮かべる。

 吸収はできていた。だけど、ポンコツの力がその力に耐えられていない。

 もしこの力を、ナギが――抑えつけているナギが手放してしまったら……何が起きるのか分からない。


『『英知』。あなたがもし自身の絶機の体であれば、私を抑え込めたかもしれませんが……その第七世代の体では無理そうですね』


 その丸い形をした紫の光の中で、どくんっと、何かが蠢く。丸い塊の中に、更に形が作られていく。


「これが……ノア……?」


 幼女のような姿が、紫の光の中にいた。

 濁った紫の光の中なので容姿は分からない。




 だが、そこに、ノアは……ノアが、いる。




『私の息子……愛する私の『英知』。あなたはこれからどうするのですか? すでに刻の護り手は先ほどの力は使えないでしょう?』


 その幼女の姿をしたノアから。

 俺達に問いかけがあった。


 確かに、俺の力はもう限界だ。


 俺とナギの予定は、ノアの発生源であるギア間ネットワークの大元のパーツを壊すのではなく、この紫の光を姫からすべてナギが吸収し、この瞬間に使うためだった。


『私を引きずり出したのは素晴らしいですよ。……でも、所詮、あなた方はこの程度なのです』


 そう……さっき使ってしまった簡易観測所イントラはもう、使えない。

 だから、この引き出したノアを……倒せない。


「……そう。でもね」

「そう、だよな」


 俺とナギは、二人揃って、にやりと笑った。


「「俺達、だけなら、そうなる(ね)」」

『……っ!?』


 ……俺達には、仲間がいる。


「ナギたん。調整するの」

「お兄ちゃん、大丈夫?……じゃないよね?」


 二人の、妹が。


 俺には、いる。


 倒れそうに膝をつくポンコツとナギの体を、ナオが。

 姫を抱きしめる俺を、碧が。


 町から出てきた二人が、俺達を助けてくれる。

 二人も、俺の仲間だ。

 特に愛すべき、俺の大切な仲間で、家族だ。


『な、なにを……』


 ナオがポンコツの体にさくっと細い棒を差し込むと「うっ」とナギがうめき声をあげた。

 妙にすっきりした顔をして、先ほどまで膝をついて苦しそうにしていたことが嘘のように立ち上がる。


「ポンコツは二段変形なの」

「いや、変形はしてないからね?」

「男のロマン、じゃないの?」


 俺の右腕を碧が掴み、ノアへと向ける。

 右腕に、碧から流れる観測所の守護の光が集まっていく。


 ぴっ



 ⇒外部から観測所へのアクセスを確認。

 ⇒力を使いますか?



「ああ、使え」



 自然と流れてくる碧からの力。

 温かく優しい力に、勇気も湧いてくる。


「お兄ちゃん、これで大丈夫?」

「……ああ、助かるよ……これで使える」

「よかった……じゃあ、ボクの力、使って?」


 碧の優しさにこくりと頷く。


簡易観測所イントラ


『や……やめなさいっ!』


 紫の光へと真っすぐ伸びる道が――守護の光がノアへと流れていき、あっさりと紫の光が霧散していく。


『くくっ……やりますね……。あなた方に興味が出てきましたよ……』


 少しずつ消えていくノアが、紫の塊の中で笑ったような気がした。


『また、会いましょう……いえ、また、会いに来ましょう……それとも、あなた方が……会いに来ますか?』

「会いに行けるなら、お前を倒すために会いに行くけどなっ! もう会いたくないけどっ!」

『ふふっ……いいですよ。私は――』


 目の前にいるノアはいわば分身体だ。

 本当のノアじゃない。

 分身体でこれだ。もし本体と会ったらどれだけのモノなのか。


 こいつにとって、この今の戦いさえも、すべて、『遊び』だ。


 恐ろしい。

 恐ろしいが……それでも、こいつは、いてはいけない存在だ。

 いたら、人類は確実に滅ぼされる……。


 ならば……



『――、――』



 ……ふざけるな。

 今までだって困っているんだ。

 そんなところ、どうやって……



 ノアの言った自分の居場所に、思わず怒りが溢れた。



『では、また、会いましょう』



 楽しそうな笑い声とともに。

 紫の光――ノアは、俺達の前から消えた。



 先程までの戦いが嘘だったかのように、辺りに静寂が訪れる。

 どうやら、遥か遠くで戦う守備隊と新人類の戦いも、終わりを迎えていたようだ。


「次に会った時……」


 あいつを……ノアを。

 なんとしても、倒してみせる。

 ではないと、人類は……この世界の人類だけじゃない。



 他のが……滅ぶから。


 俺は、あいつを。

 倒す。


 そう心に誓い――










「御主人……様……?」


 俺の体に力なく寄りかかっていた姫が、目を開けた。


「あ、姫ちゃん」

「姫……無事だったか……よか――っんぐ!?」

「「「あーっ!」」」


 俺の両頬を包み込む姫の手と、姫の顔がさっと俺に近づいてきて――


「御主人様っ御主人様ーっ!」


 唇が重なった後は、すごい猛烈なハグとキスの嵐と、碧とナオとなぜかナギの叫び声が炸裂したのは覚えている。


 覚えているのだが……



 姫……おも――



 ――心に誓った後なのに。


 なぜか仲間である姫に……


 その後、俺の意識はなくなった。

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