04-43 助ける為に
「さあ、凪。反撃だよ」
ポンコツの姿をしたナギが俺に手を差し伸べる。
「戦えそうかい?」
その手を握ると、ナギは笑顔を俺に向けてくる。
楽しそうな笑顔。
最近は丸い塊だったから表情は見えなかったが、初めて見たときと変わらぬ、いつもの笑顔を俺に向けてくれる。
だが、俺の体は。いまだ恐怖と戦い続け、震えている。
戦えるかと聞かれたが、多分、まだ戦えない。
戦いたい意志はある。
脳は戦う意志を持った。でも、肝心の体は、戦いを拒否するかのように震え続ける。
守護の光を纏っていても、これだ。
守護の光はあの紫の光から発せられる恐怖を緩和してくれている。
それでも。
恐怖は、体が覚えてしまった。
意志を折るためだけに振るわれた刃。
俺の心を折る、人に負の感情を与え続ける紫の光。
いくら脳が理解していても、やはりまた折られるのではないか。折れたときにまた立ち上がれるのかと不安が過る。
折れてもいい。また作ればいい。
そう思うが、まだ、体は震えて使い物にならない。
その気になれば、ノアはいつでも俺を殺せたのだからと、体は理解しているから。
『来なさい。遊んであげますよ』
あれは、嘘でもなんでもない。
ノアにとっては、俺との戦いは遊びだった。
町を、皆を。大切な人を守りたい。
仲間と共に、俺も、守りきりたい。
守りたい想いが、ある。
だが、それさえもまた砕かれるのではないかと……思ってしまう自分もいる。
「だったら、ノアを姫から追い出すって考えたら?」
姫から、ノアを……?
ナギが自身の手で自分の顔を隠し、もう片方の腕で自分を抱きながら両足を交差させて言う。
「……できる、の、か?」
「出来るさ。きっと」
そうだ。姫を助けないと。
さっき、俺は怖さのあまり姫を壊そうとした。
仲間を……壊そうとした。
助けて、謝らないと。
この東をここまで守ってくれた姫に、お礼を言わないと。
「ほら、見てごらん。姫だって頑張っているんだよ」
ナギが、震える俺の肩をぽんぽんと優しく叩きながら、自分の髪を弄ぶ人差し指と中指の二本でノアを指差した。
その指の先に――
「姫……」
エプロンにうっすらと。
『私もろとも』
すっと消える文字がまた姿を現す。
『この、悪女に鉄槌を』
ノアは、気づいていない。いや、自分に何か起きているのは感じているのか、違和感があるような表情を浮かべている。
また、文字が現れる。
『私に御主人様を傷つけさせないよう』
お前じゃない。
俺がお前を傷つけようとしたんだ。
違和感に、ノアが体を動かそうと身じろいだ。
ほんの少し動いたところで、異変に気づいたのかすぐに動きを止めた。
ノアの動きは止まったまま。まだ文字には気づいていないようだ。
『御主人様の、私への御褒美として』
お前は俺からの褒美とか言うけど、俺はお前から色々もらっている。
助けてもらっている。
いつだって、お前は傍で俺の心を安らがせてくれた。
『私を、壊して』
そんな、そんな姫を。
壊すなんて……
『御主人様を傷つける私を、壊してください』
「――出来るわけないだろっ!」
御褒美ってなんだ。
壊されることが褒美なわけない。
俺はお前に傷つけられてなんかいない。だから、そんなことを考えるのを今すぐ止めろ。
「ほら。あんなこと言ってる。助けて、説教しないと、ね?」
けらけらと、いつも通りに楽しそうに笑うナギの宿ったポンコツの体は、喋りながら体を揺らして前傾姿勢で腰を落とす。
姫の言葉や、先程から妙な動きをするナギにイラつきが抑えきれない。
ナギの頭を渾身の力を込めて殴った。
ポンコツを叩くのは二度目だが、やはりじぃんと痛い。というか、硬い。
「凪、君は馬鹿かい?」
「お前の動きの方が馬鹿らしい」
「ポンコツが勝手に動かすんだよ。僕は彼の体を間借りしてるだけだからね」
……借りている。
やはり、ナギは奈名家で姫の体をギア間ネットワークを使って乗り移ったときのように、今度はポンコツの体に乗り移っているようだ。
目の前のノアも、同じ原理なら。
ナギは救う手段を知っているのかもしれない。
だったら、姫を、助けるためにも……
姫もノアに乗っ取られながらも必死に頑張っている。
姫だって、ノアに負けたままじゃないんだ。
こんなところにも、俺の仲間が、まだ、俺を助けて――
「ポンコツは、君のことを助けられて嬉しいみたいだ」
ナギが自身の胸に手を当て、まるで心の中にいるポンコツの心を代弁するように言った。
助けてくれたのは助かったし、それで嬉しいといわれるのも、なんだかころばゆい。
でも……それであんな動きするとか、よくわからん。
「更に叩かれる御褒美に、今は歓喜、だよ」
「変態かっ!?」
「何を今更」とナギが笑う。
まさか、歓喜を体で表現していたのか!? だとしてもなんだあの動き。
妙に中二病感満載の動きだったけど、それでいいのかポンコツ。
「……でも、少しは動けるようになったんじゃないかい?」
そう言われて、震えが止まっていることに気づいた。
「人じゃないから分からないけど、怖いときや悲しい時は、ほっとしたり、笑ったりするのがいいらしい」
そう言い、ナギが笑った。
ナギといい、ポンコツといい、姫といい……わざとやっていたなら後で説教だ。
わざとじゃなくても、こんな状況でふざけたことするやつには説教だ。
自然と釣られて、俺の頬は緩んでしまう。
誰よりも人のことが分かっていて、誰よりも人間らしい。
ギアは作られた存在だから、心がないって思った。
でも、そうじゃない。
心はある。それがチップが作ったものだとしても、それはそのギアが思ったこと、感じたことだ。
それを感情に乗せることができるのであれば、人と変わらない。
何で俺は、ギアに心がないって、あんなことを考えたのか。
もしこの考えが、あの紫の光に当てられて思い至った考えだったとしたら、性質が悪い。
「もう一度、聞こうか?」
ナギがレーザーソードを生成しながら俺に真剣な表情で改めて言った。
「戦えそうかい?」
「戦う、じゃないんだろ?」
「そうだね」
「「姫を救う」」
俺達の声が合わさり、二人して笑う。
ナギはやっぱり、俺のことをよく分かっている。
「あなた達は、仲がいいのですね」
やっと動けるようになったのか、ノアが首をこきこきと鳴らしながら紫の光を体全体から放ちだした。
守護の光に守られているからか、今はその光に恐怖をあまり感じない。
傍に仲間がいるからか。……そうだとしたらこんなにも心強いことはない。
「そりゃあ、僕は彼の体の一部で、彼と一緒に生きてきたから。仲よくなかったらとっくに彼を乗っ取っているよ」
「私のように?」
エプロンには今は文字は表示されていない。
支配を抜け出せなくなったのか、押さえ込まれたのか。それとももう……
「まだでしょ。あなたはまだ、姫を取り込めていない」
「……そうですね。まさかここまで抵抗されるとは思いませんでしたよ。だからこそ、その前にそこの刻の護り手を殺しておきたかったのですが」
ノアの言葉に、まだチャンスがあることがわかった。
だけど、どうしたら救えるのだろうか。それが分からない。
「ナギ、どうしたら姫を助けられる」
どちらにせよ。姫を助けるために早く行動しなければ、あまり時間もないように思える。
「さあ?」
「さあっておま――っ!?」
急に左目が痛み出した。
ほとんど見えなくなった左目から、暖かい液体が頬に流れていく感触を感じる。
真っ赤になった左目の視界に、その液体が俺の血だと気づくが、少しだけ左目が見えるようになった。
⇒ノアは、ネットワークを使って姫の体を乗っ取っている。
その左目に、文字が映った。
赤く染まった左目に、どうやらナギが無理やり交信してきたようだ。
文字はうっすらと、所々薄く、今にも消えそうだ。
⇒本体じゃない。そこにチャンスがある。
⇒チャンスは一回きり。
自爆技を、使えと?
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