04-27 発進
「出来たの」
そんなナオの声が聞こえたのは、ほんの少しの時間が経ってから。
無から有を創り出す奇跡の業とも言える俺の巨大な像が出来、産み出した力に疲れて息を荒くしていた碧が、息を整え終わるまでという、かなり短い時間だ。
俺としては、この巨大凪像の感想を述べさせられそうな状況だったので救いの声でもある。
いや、これに感想述べろと言われても。
おっきいな。とか、そんな感想しかでないわ。
それか、「立体的だ」とか? それとも、「いや、この背中から腰にかけての優美なフォルム。最高だな! 俺をよく見ている。体現している! 流石だ!」とか、言うべきか?
……見た目が俺なのに?
明らかに美化された俺の像を褒めるとか、何の罰ゲームなのかと思う。
そんな通称『凪様像』は、今はうつ伏せに横たわっている。
先程、姫含むギア勢が、ナオの指示により凪様像を持ち上げて地面に叩きつけたからで、どこか指差すポーズのまま叩きつけられた自分の像が、細かい枯れ木の残る地面に受け身もとらずに顔面から笑顔でぶつかる様は、俺にもなぜか「あいたたたー」とダメージを与える。
何トンもありそうな像を持ち上げたギア達は凄かった。地面と凪様像が接着した時に、地面が揺れたことにも驚いた。
極地的な地震でも起きたのかと思うほどで、積もりに積もった腐葉土も周りの空中に撒き散らされてギア達が頭から被って汚れていた。
姫が服が少し汚れたことにイラついたのか、凪様像の脛を軽く蹴っていたが、それもまた俺の脛にダメージを与える。
軽くとは言え、少し削れて欠けてるし。
凪様像が接触した一部の木は、薙ぎ倒され中頃から折れていたりと、この森林公園にこの凪様像はどれだけ被害を与えているのかと、俺のせいではないが俺の姿をしたこの像が起こした目の前の惨状に関係各所に謝りたい気分になる。
とりあえず、ぜーぜーはぁはぁ言ってた碧が、背後で凪様像が倒れたときに鳴った轟音と揺れに、驚きすぎてしゃっくりを起こしているので謝ったら、凄く微妙な顔をされた。
後ろの凪様像を見て、碧もやっちまった感をやっと感じたようだ。
「出来たって……早いな」
「足の裏につけるだけだから、早いの」
誉めて誉めてと、猫がじゃれつくように飛びついて抱きついてきたナオの頭を撫でながら、ちらっとその背後に横たわる凪様像を見ると、確かに、足に黒い物体が。
足の面積に対して酷く小さいが、これで飛ぶのかと心配になる。
飛ばなくても水平に動けば助かるのだが、更に森林公園にダメージを与える結果となるだろう。
「急いで乗り込むの」
抱きついたままナオがギア達に指示を出す。
ギアは命令に従い次々に背中に乗り込み出した。
「何だろう……凄く納得いかない……」
今更ノセられたことに気づいた碧がとぼとぼと項垂れながら、疲れた中年のように自分が創り出した凪様像に歩いていくので、俺はその頭を撫でる。
「まあ……物理的にあれだけ愛してくれてるって分かったから、嬉しいぞ?」
「……お兄ちゃん、ほんとにそう思ってる?」
碧の返しに、思わず「うっ」と焦ってしまい、碧がはぁっと溜め息をついた。
「お兄ちゃんのこと、愛してるけど、これがこれから町の皆に見られるって思うと、ちょっと恥ずかしすぎて死にそう……」
……それは、俺のほうが辛いのだが。
凪様像に乗る時間はそんなにかからなかった。
皆も今の状況をしっかり考えてくれていて、急いで乗り込んでくれたお陰だ。
「よし。皆」
皆が凪様像に乗ったことを確認すると、俺は皆に、特にここで仲間となったポンコツ含むギア達に声をかけた。
「町のために一緒に戦ってくれるって言ってくれて、嬉しかった」
「「ゴシュジンサマ……」」
「これから、どれだけの規模の戦いが待っているかはまだわからないし、着いて戦って、死んでしまうとかあると思う。もし、死にそうになったら、すぐに、逃げてくれ」
「御主人様! 皆、御主人様のために停止するまで戦う所存です! 我等は人に奉仕することを目的に創られたアンドロイドであり、主人と崇める方のためにこの身を差し出すのは当たり前です!」
「いや。死ぬな。生き延びてくれ。ギアだからじゃない。俺のために死ぬとか、仲間が死ぬとか、あり得ない」
そんな心からの感謝を伝えると、ポンコツ達が一斉に泣き出した。
いや、泣くと言っても、第四世代のギア達は赤から黒に変わった瞳からよくわからない液体をながしているのだが、あれは電解水とかなのだろうか。
「さあ、行くぞ!」
こほんっと、がらにもないことを言ったもんだと思い、改めて戦場に向かうために気合いの一言と、ナオに合図する。
ナオは最終調整と言って、ブースターからケーブルを繋げ、コントローラーにそれを繋げたものを持っていた。
恐らくは、この凪様像を操作するために取り付けたのだろう。
……一体、ひょこひょこと妙な動きをしているギアがいたが、まさか、な。
「お兄たん。出発の号令」
「号令?」
「こう言うときの、男のロマン」
え。なにそれ。
行くって号令的なものすでに言ったけど、もう一回?
「ロボットアニメとかで、ないの?」
「いや、あるけど」
「じゃあそれ。どんなの?」
「……例えば。戦艦とかから出るときは、自分の名前、機体名、その後に、「出るぞ」とか、か?」
そこに、壮大な音楽とか、キャラクターの意思のこもった表情のドアップ。更に宇宙であればパイロットスーツが定番か?
「水原ナオ、お兄たん像、でるの」
ナオはため息混じりに「男のロマンってわからない」と呟きながら、ぽちっと。
コントローラーのボタンを押した。
ブースターから、姫の足から出ていたアフターバーナーより大きな火が、爆発音のような音を立てて再点火した。
ずずずっと、像が浮き、少しずつ前へと進み出す。
バキバキと。動いた先にある森林が悲鳴をあげる。
「一気にいくの」
ナオがコントローラーの十字キーをくいっと、下げた。
ブースターが下を向き、地面にバーナーをぼぉぉぉーっと、噴き散らす。
辺りに熱気が漂い、その反動で凪様像の俺の顔――先頭が浮き出した。
そこからは一気に。
それは飛行機のように。浮遊感を皆に与え、後ろへと引っ張る重力を与えながら、空へと、一気に駆け上がった。
最後尾のギアが、凪様像の腰辺りで深々と爪を突き立て耐えてくれている。
俺や碧はそのギアにぶつかりながらも像の上に残ることができた。
重力が落ち着き閉じていた目を開ける。
目の前に広がるのは真っ青な空に所々の白い雲。
空だ。
空へとついに、凪様像は浮かび上がったのだ。
俺は、様々な出来事があった、ほんの少しの時間にしては妙に思い出が多い森林公園を見ようと、凪様像の下に広がる森林地帯を見た。
目に映るは、遥か後方に見える森林公園。
真っ赤な、森林公園だ。
……
…………
……見ない。見ないでおこう。
「これから一気に町に向かうの。いくの! 凪様像、なの!」
……いや、別にいいんだけどさ。
お前が言うんかい! と思わず叫びそうになった。
そんなに言うの嫌なら聞くな! ため息混じりに言うな!
だが! まあ……天使だから、許すっ!
ナオの声と共に、凪様像は空を駆けていく。
・・
・・・
・・・・
凪様像はあっという間に町まで近づいていく。
快適な空の旅? そんなわけない。
猛スピードで飛ぶ飛行機の、ガワがないのだ。
寒いし、碧が傍で必死にしがみついているので寒さを和らげているが、そもそも俺達はこの世界に来る前に一度飛行機が墜落しているのだ。
碧はその時の恐怖を思い出したのか、空はどうにも怖いようで、ガタガタと震えている。空の景色なんぞもちろん見ているわけもない。
ナオはコントローラーで器用に操作しながら、姫に落ちないように抱っこされて凪様像を動かしている。どうやらナオはちっちゃすぎたからか飛行機事故の後遺症等はないようだ。
そんなのんびりとしながら、方向を変えるときに揺れる凪様像から落ちそうになる恐怖に耐えながらも、どんどんと町へと近づく。歩いていくよりよっぽど早いそのスピードは、ものの数時間もかからずに、間もなく町へと辿り着く距離までとなった。
助けられる。そう思っていた俺は、町に近づくにつれ、その町の現状を、否応にも把握する。
「おいおい……まぢか」
まず見えたのは、町から東に位置する草原地帯。
大量の黒い塊が一斉に町へと、雪崩のように一つの直線となって遠くから連なって向かっていく。
あれが新人類だとすると、かなりの量だ。
次に、遠くの遥か南のほうを見る。
その先にも少数ながらも黒い影とそれと戦う守備隊と思われる何かが戦っている形跡が見えた。
つまりは、二方向から新人類の襲撃にあっていることになる。
特に東は致命的な量。
今すぐにでも、町は消えてなくなるレベルの量だ。
「姫っ! ポンコツ以外のギア達と一緒に、あれを止めれるか!?」
「お任せください」
「頼む!」
そう言うと、姫は背後のギア勢に指示を与えだした。
今出来る俺達の戦力を一気に投入するしかない。だが、南にも人員が必要だ。
南はまだ東と比べて量が少ない。南には俺とポンコツが行く。
「御褒美は同衾」
姫がそんな言葉を俺の耳元で残し、誰よりも先行して凪様像から空へと身を投げ出していった。
「は!? ちょ、おまっ!?」
「「ゴシュジンサマノゴホウビ!」」
第四世代のギアも一斉に歓喜の声と共に、姫の後に身を次々と投げ出していく。
どんどんと地面へと落ちていき小さくなっていく姫が、地面と接触。
それと共に銃声が響き渡る音が聞こえ、黒い雪崩は町の前で緩やかに停止する。
「俺達は南へ行くぞっ! ナオ!」
「分かったの。でもお兄たん。大変なことに気づいたの」
「なんだ!?」
ナオがコントローラーを操作しながら、くるりとこちらに振り向いた。
「降り方。飛び降りるだけなの」
……え。
凪様像は東の軍勢の空を超え、南へと。
東の空に、ほんの少しの影を残しながら、先へと進む。
これが、姫が東に到着するまでの、森林公園から凪達が戦いに間に合うまでの一部始終である。
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