04-26 森に現れる巨人

 時は、東の激戦に姫が辿り着く数時間前の森林公園、屋敷前。


 貴美子から町が新人類に襲撃されていることを聞かされ、皆で助けに行くと決断した頃に時間は遡る。




「お兄たん」


 振り向いたナオが、俺の名を呼んだ。


 その手は黒く汚れきり。

 皆が――碧や姫、ポンコツや第四世代のギア五十体がナオを見て驚く。


 ナオが、二つの機械をこの短時間に作り上げていた。


 その機械は、円柱の形をしたブースターだ。


「これ使えば短時間で戻れるの」


 どうやって作ったのかは分からない。

 だが、この天使は、俺が今決めた結果を見据えて、皆が俺の判断を待つ間に作り上げたらしい。


「い、いや……これって言われても……どこから……」

「姫の足についてるブースターを弄ったの」


 そう言われて、俺は護国学園の図書館で見た光景を思い出す。

 ぼぼぼと音を立てて飛んでいる姫。

 しゅおぉぉーっと白い煙を吐き出しながら降り立つ姫。


 ……あれだ。


 姫は「話が始まる前に外されまして、今は軽いです」とぴょんぴょんと軽く跳ねているが、スカートが跳ねる度にふわりと浮き、若干目のやり場に困る。

 だが、重い亀の甲羅を背負って修行するどこぞの武道家を思い出した。


「ワンテイクで壊れるの。でも、飛べるの」


 そう言うと、ナオはきょろきょろと辺りを見渡す。


 飛ぶ?

 確かに空を飛べたら早いかもしれない。

 だが……


「後はこれをつける何かを見つけてくっ付けるだけ。そこに困ってるの」


 そう。

 それがいかに凄くても、それを取り付ける何かがない。

 それに、気づけば五十以上の大所帯だ。

 そんな数を乗せる何かがここにはない。


 ポンコツをちらっと見ると、


「はい! ありませんっ!」


 相変わらずのポンコツ具合を笑顔で披露するので、こいつまぢ使えねぇと、疲労感を感じた。


 ……はっ

 披露を疲労……


 い、いや。俺の考えを読んで答えを返してくれたんだ。そこに疲労感等感じてはいけない。

 それに。今はそんなこと考えている暇じゃない。


 そう思いながら、自分のしょうもない失態を忘れようと、改めて考えることにした。


 ちらっと、屋敷飛ばすという考えが脳裏に浮かぶが、あんなのを飛ばすならかなり時間がかかる。

 掘り起こして設置して……ナオの作ったあの二基のブースターで飛ぶかさえ怪しい。

 むしろ、掘り起こすとか。地下に繋がる道もあるのだから難しいし、掘り出すのに時間がかかりすぎる。


 以前、風船を大量に付けて二階建ての家を飛ばしたアニメを見たことがあるが、あれはまさにファンタジーなんだと改めて思った。


「……木ならいっぱいあるのに」


 碧の一言に、周りにある森林公園の象徴とも言える森林を見渡してみる。


 屋敷の中にならロープならあるだろう。

 木を切り崩すなら簡単だ。ポンコツのレーザーもあるし、綺麗な断面で切り崩せそうだし、佑成で斬っても綺麗なものができそうだ。

 それを一纏めにして、筏のようにしてブースターをつける?


「燃えるの」


 ……ですよねー。


「……ん? いや、やっぱり燃えるんじゃねぇか!」

「姫の時はリミッターつけてたの。内部で火を閉じ込めて圧力だけ出して浮くようにしてたの。周りのは演出」


 何をどうやればそんなことができるのかさっぱりだ。


「そんなことは今はどうでもいいの。燃えたら燃えたでお母たんが何とかするの」

「あそこには貴重な書物とか色々……いや、今はそれはどうでもいいか。……で、どうする」


 皆がそのブースターを何に取り付けるか考え出す。


「あ。碧」


 ナギが何かを思い付いたのか碧に声をかけた。


「君、さっきの凪像、だせるかな?」

「え。……出せるけど、多分……」


 ナオがピンと来たのか、碧にずいっと近づいた。

 その会話に嫌な予感がよぎる。


「待て。まさかお前……」

「そのまさかだよ。あれなら燃えない、はず?」

「お姉たん。とっとと出すの」

「え、えぇー……」


 時間もない。

 確かにあれなら燃えないだろう。

 だが、ギアを撃退したときの像は、縦横人二人分くらいだ。流石に五十人以上を乗せるには大きさが足りない。


「あの像は、碧の君の想いだ。想えば想うほど、大きくなる、はず?……だよ」


 自信がなさそうなナギに不安を感じる。

 俺も、また美形化されたあの像を見るのかと、ポンコツに股間を重点的に焼かれた像を思い出して、思わずポンコツを睨んでしまう。


「うぅー……あれ、恥ずかしいけど、やってみるよ」


 俺以外のギア含む皆に見られて、碧は恥ずかしそうに祈るように胸に両手を組み、念じ出す。


 やがて、碧の祈りに答えて、屋敷の上にふわふわと虹色の光が現れた。


 小さな光が形作り、小さな凪像がぽこんっと生まれ、屋敷の屋根にぶつかり地面へと。


 それはアクセサリーのように小さな像だ。

 精々バッグの飾り程度のその像に、皆が落胆する。


「できたっ!」

「出来たけど……小さいね」

「小さいですね」

「可愛いけど小さいの」


 ナオがその像を拾うとポケットの中へと突っ込み、ふっと鼻で笑った。


 ナオさんや。

 そのアクセサリーはどうするんだ? まさか、話の流れでポケットの中に入れたの気づかれてないと思ってやしないかい?



「ボ、ボクだって、出来るか不安だったんだからねっ!」


 言われてみれば確かに、あの時はギアに襲われて必死に自分を守ろうとした結果だったのだろう。


 むしろまた出来たことに驚くべきところだと思う。

 なぜなら、俺の人具でさえ、神鉱を砕いて詰めて、ベースとなる物に観測所からの力を注いで作り出しているのに、碧は無から有を作り出し、且つ造形している。

 不思議な力だと、皆は分かっているのだろうか。


 この観測所の力は何なのだろう。


 世界の輪廻を扱う場所だから。そこにある有象無象の精神が、形を創りまた産まれたいから。そこからまた生を受けたいから。


 それを俺達が具現化できることが、刻族という人類の上位者が持った力だとしたら――


 ――それは、俺達が知る、神にも等しいのではないのだろうか。


 ……そんな力を使って、俺達は何をやっているのかと。


 だが、この何もないこの場所で、すぐに町へ辿り着くには、碧のこの力に賭けるしかない。

 成功すれば探すよりは早そうだと、俺も次第にそう思い始めていた。


 だけど……俺の姿してなくても、よくね? とも思う。


「お姉たんの、お兄たんを想う心は、所詮この程度なの」

「……は?」

「そうですね。私がもしその力を持っていたら、御主人様の想いに溢れる私なら、もっと強大な愛を見せつけられるはずです」

「……はぁ?」

「ナオならもっとでっかいの。姫になんて負けるはずないの。やっぱりお兄たんはナオがもらうの」

「あなた達ねぇ……」


 なぜか碧は、こんなにも不可思議な力を使って作り出したのに二人に責められている。



 ただ、その内容が……そういう話は本人がいない場所でやってくれ。

 恥ずかしくて目も当てられない。


 二人がやろうとしていることが何となく分かるから、尚更だ。あの像が本当に碧の想いの力なら、その形が俺、ということは……。

 俺にとっても恥ずかしいことが今から起きるのだろうとも思う。


「うん。いくら繁殖行為してても、君はその程度なんだよ。この程度なら君より凪のこと好きだって、僕なら言えるね。だって一心同体だし」


 そんなナギの追い討ちに。

 俺がまたその話を言うのかと肩に乗るナギを掴んだ瞬間。


 ぷちっと、碧から何かがキレる音がした。


「いいよっ! ボクがどれだけお兄ちゃんのことを想っているか、皆に見せてやるんだから! ボクと朱がどれだけお兄ちゃんが好きか、皆に負けないってところ、見せてやるんだからっ!」


 碧が再度。

 挑発にノッて祈り出した。


 祈ってすぐに、その結果は現れた。

 屋敷の上に現れる虹の光は、今度は先程とは比べ物にならないほどの大きさだった。

 だが、まだまだ大きさとしては足りない。


「ナオならもっとなの」

「やはり碧様は私より……」

「僕ならもっとやれるね。代わろうか?」

「うぅぅ……お兄ちゃんっ!」

「え? 俺?」


 そんなやり取りが、俺に飛び火した。

 止めてくれ。もう、何言わされるのか何となくわかる。


「お兄ちゃんはボクのことどう想ってるの!」

「えっと……好きだけど?」

「じゃあ、碧のボクと朱の私は!」

「いや、好きだけど」

「好きだけなの!?」

「……それ、観測所でも言ったよな?」

「朱の時は聞いてないし、今聞きたいのっ!」


 ……勘弁してほしい。

 多分、俺は碧をどれだけ好きか言わされる状況になっているのだろう。

 そこに碧に対することだけでなく、朱への想いも合わさっての、想いの公開処刑だ。


 言葉なんていらないだろうと思うが、それは許してくれないだろう。


 ……時間もない。

 言うしか、ない。

 思いたくないが、そう、思った。


「どっちも、お前だ。愛してるよ」

「うん! ボクわたしお兄ちゃんなぎさまを愛してるっ!」


 そんな言葉と共に、虹の光は一気に膨れ上がった。

 光は大きく広がり、その光は屋敷全体よりも大きく光を放ち、形を作り出す。


 どんっと、辺りの木々さえ揺らす大きな音が響き、屋敷が見事に潰れた。


 そこに現れたのは、屋敷を潰してもなお余る、明らかに上方修正のフィルターがかかったどこか遠い空を指差しにこやかに、爽やか笑顔の。


 巨大で、やっぱり――


 俺の……像だ。




「どう!?」


 どうっていうか、俺の像であることについて意味があるのかと。


「……私なら森林公園より大きくできますね」

「出来たからもういいの。お姉たんご苦労様なの。姫、手伝う」


 ナオがそそくさと、頑張った碧に興味なさそうに声をかけて凪像へと向かい、姫も「いえ。本心ですが……」と、少し残念そうにナオと共に、出来上がった凪像の足元へ。


「お兄ちゃん! 見た!? ボクの愛っ!」


 二人に素っ気なくされたことさえ気づかず、自分の愛を見せつけ、はあはあと息を整えながらどや顔をする碧に。


 なんだこれ……。

 死にそうだ。


 先程からの嬉しいやら羞恥やらが限界となった俺は、恥ずかしくなって、顔を隠した。



 そんな、呆れるような、ふざけたような、恥ずかしいやり取りの末。


 森林公園に巨大な凪像が現れていたことは。


 東では、太名と橋本達守備隊が必死に町を守るために、犠牲を出しながら決死の覚悟で新人類と戦いを繰り広げている頃。


 襲撃を受けている町が、東は太名率いる新人類が何万もの新人類を投入する前。

 南では砂名家と南の守備隊の戦いが激化する頃。


 これから何万という新人類が投入されて、町が飲み込まれそうになるほどの激しい戦いとなっていたことを凪達は後で知ることになるのだが。



 人死んでるし、これ、絶対言えない、と。


 その後知って口を閉ざしたのは。

 また、別のお話……。



 町の皆も、勿論、誰も知らない。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る