04-24 不死の女神


 太名の背後から、大量の新人類が辺りに地響きを起こしながら姿を現した。


 その光景は、戦っていた橋本達に絶望を与える。


 いくら倒しても減ることのない敵。

 なぜ減らないように見えたのか。

 予想はしていたがまさかあれほどの数が控えているとは考えてもいなかった。


 その黒くうねりながら迫る、絶望と言う新人類の波に、守備隊は力なく座り込み、人具はからからと地面に落ちる。

 中には、町を守れないと感じた悔しさで、人具を投げつける者さえいた。


「諦めるなっ! 町へっ!」


 遠くから迫り来る黒い波に、自身の最後を感じながらも、懸命に仲間を奮い立たせようとする白萩。


「後退っ! 学園へっ! 走ってっ!」


 達也が仲間達に声をかけて撤退を促す。


殿しんがりは受け持つよっ! 生きるんだ!」


 橋本が、白萩が、達也が。

 逃げ出す守備隊とは正反対に、黒い波へと勇猛果敢に立ち向かう。


 白萩の渾身の横一文字が波を切り裂く。

 その先から溢れ出す波を橋本が突き貫き、達也が刈る。


 がしゃんと機械が何体も倒れる音が聞こえるが、そんな音さえ掻き消える進軍の音は、三人に休む暇を与えない。


 新人類が振るう人具が一つ。白萩に振り下ろされた。

 直ぐ様流星刀で弾こうと受け止めると、一つ、二つと、次々に人具が被さってくる。

 重なり続ける重量に、力を開放している白萩と言えど耐えきれず、その場に止まり、動きを制限されてしまった。

 その白萩を、黒い波は包んでいく。


 達也の天国あまくにが目の前の新人類を切り裂いた。

 切り裂く力のまま、くるりと一回転。

 反対の手に持つ義弘よしひろで更に襲いかかる数体を切り裂くと、向かってくる壁の圧迫感に負け、堪らず切り裂かれて倒れる新人類を土台にして空へと逃げた。

 上空から見た黒い壁となった新人類の多さに驚きを隠せないでいると、目の前に黒い影が立ちはだかる。

 咄嗟に左右の人具で自身を守ると、その新人類が覆い被さってきた。

 人より重い機械の体は達也をあっさりと地面に叩きつける。

 酸素が肺から抜けるような衝撃を受けて目の前がちかちかと光るが、新人類は休むことを許してはくれない。

 次々と達也を自分の仲間ごと踏みつけて先に進もうとする後続が迫る。


 守護の力を全身から噴き出すように開放し弾き飛ばすが、目の前には新人類の壁。

 すぐに後方へと下がりながら、追いかけてくるように迫る新人類を次々と縦に横にと切り伏せていく。

 体勢を整え、波へ向かおうとした時、黒い波に消える白萩が見えて、すぐに走り出した。


 近衛が空から叩き落とされ、地面に小さなクレーターを作り出す。

 何体もの新人類が、いきなり出来たクレーターに将棋倒しのように落ちて潰されるが、後続がそれを乗り越え橋本へ突き進んでくる。

 動きの止まった橋本に群がる新人類の腕が橋本を切り裂くように振るわれた。

 橋本の回避行動は軽やかに行われるが、その腕が一つであれば避けきることはできたであろう。

 何十も振るわれた腕が人具が、橋本の頬や腕や足にかすり、小さな傷を作り出す。

 負けじと橋本の近衛が突き出される。

 その突きは、辺りの地響きを伴う轟音に負けず風を切り裂く音を纏いながら、何体もの新人類を貫きそれらの活動を止める。

 だが、突き刺さった新人類がその柄を一斉に握りしめて封じ込めた。

 それを機に、数えきれない数の新人類が橋本へと降りかかる。

 

「近衛っ!」

 

 自身の相棒の名を叫び、一気に力を流し込む。

 力を流し込まれた近衛が一際激しく守護の光を放ち、掴んだまま活動を停止していた新人類を破砕し辺りに衝撃を撒き散らす。


 ぱきっと、折れるような音がした。

 近衛の穂先がぽろりと地面に落ちた。どうやら、ぼろぼろになったところに急激に力が流し込まれて壊れてしまったようだ。

 橋本は下がりながらも、ただの棒と化した近衛を振り回しながら抵抗する。


 近衛から発せられた衝撃は、白萩に切迫していた新人類も一部吹き飛ばしていた。

 その間隙を縫って達也の二振が白い軌跡を描いて白萩の周りの新人類の首を刈り取っていく。

 白萩も溜め込んでいた力を吐き出し、辺りの新人類を一気に真横に切り裂きながら、じりじりと後退する。


 三人のいる中央部は、進軍が抑えられていた。

 だが、両翼は町へと雪崩れ込むように侵攻する。

 中央部も、三人が後退したことで息を吹き返し、次第に圧倒的な数に押されて押し返されていく。

 後退した白萩達も直ぐ様行く手を阻まれ、囲まれてしまう。


 すでに三人には、守備隊がどうなっていたのか、分からなくなっていた。


 逃げ切れていることを信じて、中央部を再度押し込もうと、三人は決死の覚悟で立ち向かう。


 背後から迫る恐怖に怯えながらも、守備隊は必死の形相で。

 生きるため、振り返らずに走り続ける。


 それでも、地響きを伴う波のほうが早い。

 精錬された新人類の進軍は、力のない人の足では到底敵うものではない。

 少しずつ、いや、あっさりと、波は守備隊を嘲笑うかのように追いついた。


 まだ守備隊が町へ辿り着くには距離はある。追いつかれた守備隊は、町へと戻ることができないと青ざめ、黒い波が左右から守備隊を囲みだす。


 守備隊のすぐ背後に迫る黒い波、囲いだした波に、負傷者を介抱していた貴美子率いる支援隊も、町中へと逃げ出していく。


その様子に、太名は、短いながらも有意義だった戦いを終わらせる為に、指示を出す。


「善戦に善戦を重ねたその勇姿に、我を楽しませたこの戦に、報いようぞ。奴らは我が手に」


 太名が両腕を掲げ、振り下ろし交差させた。


 中央部の橋本達に、両翼から一部が攻め寄せた。

 黒い波に、中央部で侵攻を抑えていた橋本達は、次第に黒に塗り潰されていく。


 守備隊四十名の、町を守る勇者達は、抵抗空しく、黒い波に押し潰されていった。


 その波は、東の町の入り口へと。

 勢いそのままに進軍する。


 次に逃げ惑うのは支援隊。

 町中での蹂躙へと、移行していく。









 これで、この町は、太名家の支配に置かれる。

 強力な戦力を。三原という武器を。

 この町を足掛かりに。

 砂名を。世界を。


 天は我に世界を明け渡そうとしている。

 太名はそう確信した。












 だからこそ、何が起きたのか。それがわからない。


 守備隊を飲み込んだ波は。

 町を瞬く間に蹂躙するはずだったその波は、場に留まらざるを得なかった。


 機能しなくなった拡神柱の前。

 その町の入り口に、たった一人。ふわりと、軽やかに空から舞い降り佇む人に。


 何千もの新人類は進軍を止め、停止したのだ。


 この力は遥かにギアを凌駕し、人類を簡単に滅ぼし、新たな種族としてこの世界を牛耳ることのできる、砂名曰く、至高で究極の力ではなかったのだろうか。


 この力は遥かに人を凌ぐ。

 新たな人の革新。人が次のステージに至り、神にさえなれると豪語できるほどの力がある。


 西へ北へ。やがては南へ。

 そして世界へ。

 老いることなく戦い続ける先が見え、世界さえも手中に納めることのできる力だと、太名は砂名が言うこの力に賛同した。


 実に、その力を奮ってきたことで、太名は東のギアを一掃し、その力と数の暴力により、今目の前で町も消える。


 不足していた人具も、三原凪がいれば作り出せる。

 尖兵としての掘り出し物も見つけ、これから先の道が自分の中で作り出された手ごたえさえ感じた。



 世界へ。天へ。我の時代へ。



 その野望の一端が、もう少しで叶うのだ。





 だからこそ、理解が出来なかった。



 何なのだ。



 これが、ギアなのか。

 これが、本当の強者。ギアの中のギアなのか。

 それであれば、私がこれまで戦ってきたギアとは一体何なのか。


 太名は、ただ、突如戦場に現れた、町を守るように立ちはだかったそれに恐怖した。


 それが振る腕は、伸びて何体もの部下を切り裂く。

 その腕から出た刃は、切り裂くよりも叩き潰すという表現が正しいかのように真っ二つにする。


 その動きは華麗。

 その姿はまさに女神。


 仲間達をあっさりと破壊していくその様は、まさに戦女神。

 何人も触れることができない。触れられないからこそ、倒すこと、破壊することができない。


 老いることもなく、ただ、その美しさのまま、戦い続ける――



   『不死の女神』



 ……なんなのだ。

 いきなり現れて暴虐武人の力をもって我が精鋭部隊を倒すあのギアは。















「私だけでも殲滅できそうですね。ああ、御褒美が待ち遠しいです。御主人様」















 あの、メイドはなんなのだ。

 『御主人様の御褒美待ち』とかかれたエプロンは……


 なんなのだ。




 太名は、その意味が、まったく分からなかった。




 そこに降り立ち向かい来る新人類をいとも簡単に破壊していく人は――



 頭にはメイドの象徴ホワイトブリム。

 黒を基調とした服に穢れのない純白のエプロンドレスに、ピンクのフリルの着いたエプロンスカート。


 ギアでありながら、人と同じく黒い瞳を持つ、終末世代のギア。



第十世代家庭汎用型ギア

カスタムオーダーメイド

通称『姫』タイプ



第一級災害指定ギア



『鎖姫』



姫が、東の戦場へと、降り立っていた。




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