04-10 屋敷へ向かう


 俺達は今、森林公園の中を歩いている。


 相変わらず腐葉土ふようどが積もったその道は、ギアに警戒しながら歩いたあの時とは違って、安全にさくさくと進めている。


 時折、地面に落ちている折れた枝を、ぱきっと俺達が踏む音が静かな公園に響くが、人工的に発せられる音はそれくらいである。

 さわさわと風に乗って揺れる木々のざわめきは、緑の匂いと新鮮な空気を運び、俺達の心を癒してくれる。


 ……周りを、複数の第四世代のギアに囲まれていなければ、そのうちピクニックにでものんびり来たいと思えるのだが……。


「奥方様。ご安心ください。私ことポンコツがいる限りは、指一本触れさせません」

「いなかったら襲われるって意味?」

「ははははっ! これはまたまたまたまたまた御冗談を! 私が御主人様の奥方様を襲わせるわけがございません!」

「またが多いな」


 碧は、周りにギアに囲まれているからか、俺の傍を離れようとしない。

 常に俺の左腕に抱き着くように掴まっており、歩きにくいのだが、これはこれで嬉しくはあるという、なんとも微妙なラインを味わっている。


 それこそ、周りにギアがいなければ……。


「これはまた失礼しましたっ! ここにいる第四世代は、私のような上位のギアの命令しか聞かないようになっております。それこそ、人を襲えと命令しない限りは襲うこともなければ、むしろ人を守る為に動くでしょう。それが本来のギアの役目なのですから」


 もっともなことを言うが、ギアに囲まれるという状況が怖いのだ。


 仮にもポンコツのように――ポンコツは七世代のため、元々フレームの上に高分子化合物と呼ばれる複数の物質を使って人の皮を製造時点で被せられているそうだ。姫は更にその上位に位置する物質で、表層を滑らかにした上で、簡単には壊れないようにしながら、人の皮以上を再現しているらしい――外側がしっかりしていればいいが、第四世代はフレーム剥き出しの黒タイツのような造形をしていて、喋りもしないから怖いのだ。


 それに、その第四世代を、俺は何体破壊したかと思える程に戦っているから見慣れているが、ナオや碧からしてみれば、ギアを見たことさえほとんどないのだ。


 怖がるな、というほうがおかしい。


「すぐにこいつらも調整してやるの」

「ナオ様。ポンコツが増えるだけでは?」


 ナオは相変わらず姫におんぶをされながら歩いている。姫に守ってもらっていると考えればその行動も理解できるが、甘えすぎではないだろうかと思えなくもない。


 後、ナギの話を聞く限り、第四世代って一番下だよな。

 それもまた怖い理由だったりもするが……多分、ポンコツはそう言うことがわからないんだろう。ポンコツだから。


「試してみてはいかがですか?」

「試す?」


 ポンコツが第四世代に指示を出し、俺達の前にずらっと並べる。

 ぴしっと真っすぐに規則正しく立つ機械が赤い瞳で俺達を見つめているが、俺達に襲いかかるような動きは見せない。


「ああ、なるほど。御主人様、上位のギアが命令権を持っているのであれば、私にもありますね」

「あ~、そうか。姫は終末世代だっけか」

「はい、終末世代で新品でございます。御主人様に汚していただくまで新品です。では、安全確認のためにも私が試させて頂きます」


 余計な一言もありつつ、姫がそう言うと、整列したギアの正面に立つ。俺達も歩みを止め固唾を飲んでいると、姫は、すうっと息を吸い、妖艶な微笑みを浮かべ第四世代達に命令をした。





ひざまずけ」






 姫の、冷酷な声が響く。

 その声を聞いた第四世代が、一斉にその場に片膝をつく。

 心なしか、ぶるぶると体を震わせ、別の意味で屈服しているように見えた。


 なぜだろう。

 俺も一瞬、姫の言葉にぶるっときて跪きそうになった。


 これが――

「今夜は雨天決行だよっ!」と鞭をびしばしと、自分の奴隷に叩きつけながらろうそくを垂らす女王様に、命令されて歓喜を覚えるブタ野郎的心境なのだろうか。


 危うく、新たな世界を開きそうになってしまった。


「ほら、ね? 命令聞きますでしょ?」

「……いや、お前も跪いてんじゃねぇか」


 ポンコツは、ポンコツだった。


「御主人様も、ご入用であればいつでもお申し付けください」


 姫が満足そうに笑顔を浮かべてから、ぴしっと真っすぐ姿勢を正して十五度程のお辞儀をするが、「何を?」と思わず真顔で返してしまう。


 そんな相変わらずのやり取りをしながら、俺達は、地下室の入り口のある屋敷へと到着した。


「ナギ、ここに何の用があるんだ? 急いで戻りたいのはさっきの話でも分かるよな」

「着いてくれば分かるよ。……君と僕にとって必要なことだから、僕はこっちを優先するよ」


 ナギは、相変わらず何も教えてくれない。


 ここに、何があるのだろうか。




 ・・

 ・・・

 ・・・・





 森林公園に入る前――


「急いで君の本来の力を取り戻す必要があるかもしれないね」


 思い違いだと言ったナギが、神妙な声でそう言ってきた。

 ここに来た理由もナギは教えてくれていないが、俺の刻族ときぞくの力を取り戻すのに、ここに来る必要があったのだろうか。


「何か気になることがあるのか?」

「君も疑問に思っただろ?」


 ナギの言葉に、改めて考えてみる。


 俺が気になっていることは二点ある。


 ・数ヶ月前、行方不明者を探しに森林公園に来ていたが、そこに行方不明者はいなかった?

 ・隣町を襲撃したギアは、この森林公園から来たギアではない。


 この二つの疑問が、森林公園のギアが関連していたのであれば理解はしやすかった。


 ポンコツの言うことが正しければ。

 この森林公園のギアではないとしたら。


 結構な数のギアが、どこか他にも隠れ住んでいることにならないだろうか。そして、そこに行方不明者は連れていかれた。

 だが、行方不明者はこの森林公園近辺で目撃されたと、橋本さんは言っていた気がする。

 だから俺達はここに向かったのであって、違っていたのなら俺達はここに何しにきて死にかけたのかと言うことになる。


 それこそ、世界の修正力のような馬鹿でかい力が働いて、俺がこの場所に来ることを確定させた、等でなければ説明がつかなくなる。


 ……そんな力、働いてないよな?


「働くことはないけど、君がここに来ることは確定事項だった。それを世界的な力と考えるのならそうもあり得そうだけど……それはまた別の話じゃないかな」

「そう、だよな? だとしたらやはり不可解だ」


 そんな力だったとしたら、俺はいいけど、他の凪は神夜を失っているから可哀想だ。


「……ねえ、お兄ちゃん」

「ん?」

「橋本さんに行方不明者がここで見つかったって伝えたのって、誰なのかな」

「誰って……」


 そんな碧の疑問に、俺は変なことを考えてしまってすぐに返事ができなかった。


 可能性として。

 もし、橋本さんが嘘を言っていたとしたら。


 何の得があるのかと思うが、嘘を言っているとしたら分かりやすくはなる。


「おい、ポンコツ」

「御主人様ご命令ですか! 靴舐めますか!? はい、喜んでっ!」

「やめろっ! それより、その襲撃者と俺達が来る間に、人がここに来ることや、ギアがここに人を連れ込んだことはないんだな?」


 待ってましたとばかりに、俺に飛びついてきたポンコツをかわしながら聞く。

 ぴくっと姫が背後で動いた気配がしたが、気にしないでおこう。


「はい。来ていたら漏れなく」


 しょんぼりと項垂れながら立ち上がるポンコツが、少し言いづらそうに答えた。


「……元々、ここには……行方不明者はいなかった?」

「そうなるね」

「町おじさんが嘘つくとは思えないの」


 ナオの言葉に橋本さんを知る皆が同意した。

 橋本さんを疑うくらいなら、橋本さんにその情報を与えた相手を疑うべきだと思う。


「何か見落としていることが……」


 俺の部屋で宇多を作り上げたとき、橋本さんは何て言っていた?

 俺は必死にあの時の会話を思い出していく。


『半年前に町が襲われた時、何人か行方不明になっているのは覚えてるかい?』


 確か、あの時は、橋本さんも人具の作り方を見たいと言って一緒に部屋に来たが、電話が来て席を外して見れなかった。


『掃討部隊が拡神柱かくしんちゅうの外を哨戒した時に、ここから三十キロ程離れた場所で人影を見たと報告があった』


 戻ってきて、辛そうに事情を話し出した橋本さんは、誰からこの話を?


 ――掃討部隊?


『ギアの可能性もあったため遠くから見たそうだが、行方不明者の一人と容姿が一致したそうでね。……ただ、それが数ヶ月も前だそうだ』


 ギアは人よりも視野が広い。

 遠くから、見て確認なんてできるのか?

 それに、掃討部隊は、隣町の警護で拡神柱から外に出ていなかったはずだ。


 どうやって知った?


「碧。隣町に来た、掃討部隊。あれはどこの財閥関係者だ?」


『掃討部隊は、先日撤収しました』


 そうだ。

 俺が自分の家へ逃げ帰った時に橋本さんから聞いた話では、あいつらは人具に固執していた。製作者を誘拐してでも方法を知ろうとしていたはずが、他の財閥が俺に接触したからといって、そう簡単に諦めるだろうか。


「えっと……」

「砂名、か?」

「うん……え? まさか……」


 人具は、俺が大量に作った。

 だから、もういらなくなった。

 隣町にいた掃討部隊は、目的のカモフラージュ?


 まさか……あの時にはある程度――


「だろうね」


 ナギが俺の考えを肯定した。


「失敗作とは言え、新人類が出来ていたとしたら? 稼働実験をしようとしていたら?」

「だとすると隣町を襲ったギアは……」


 ギアではなく、新人類?

 そう考えれば、時間の辻褄と、ギア襲撃が、ある程度合う。


「いや、でも何で……稼働実験なら森林公園でやればいいだろ」

「新人類はあの時はまだ完成していなかった。コアパーツを手に入れるために自分達の駒は減っている。素体がいる。新人類の素体は、人だ。減っているものを簡単に取り戻すなら、ギアのように捕縛するのが手っ取り早い」


 隣町襲撃の時、奴等はあの場所に、まだ到着していなかった。


「この森林公園を襲った時に、破壊ではなく、捕縛していった理由も付け加えると、そう考えることができる」


 壊さずに捕縛していたなら、新人類は、コアパーツをすでに手に入れている。


 三人目の凪の記憶では、コアパーツを手に入れた時に、一気に新人類の研究が進み、破滅へ加速したはずだ。



 俺達が考えたこの見解が正しければ。




 すでに、新人類は完成している。

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