04-11 地下室の先
俺達は、地下室のある屋敷へと足を踏み入れた。
以前あった人の塊は片付けられており、すっきりした廊下を進んでいく。
勿論、あの時のような、弥生とえずきながら窓を取り合うほどの異臭もない。
ポンコツ曰く、敵とはいえ、ギアを作った人類には変わらないため、敬意を払い、処分したそうだ。
奥の部屋から地下室へ。
深い地下へと薄暗い階段を降りていき、降りた先にある、広い実験場のような空間へ。
スタジアムライトが相変わらずの眩しさで辺りを照らすその部屋は、まだ俺達が戦った痕が生々しく残っている。
ちょうど真ん中辺りに位置する点眼器を反対にしたような、人を肉と皮に分離させていた機械もまだ壊れたままで、辺りにはギアの残骸もちらほらと見えるが歩けないほどではない。
「ここ、お兄ちゃん達が戦った、場所?」
碧が辺りを見ながら、不安そうに聞いてきた。片付けられていない残骸や壊れた機械などから、どれだけ激しい戦いだったのか想像しているのだろう。
「それはもう。御主人様はまさに修羅のようにここで戦いました。私も、流石に焦りましたよ。あの時は弱った御主人様だから一時的に優位にたてましたが、万全な状態の御主人様と戦ったら、私も簡単に倒されるでしょう」
ポンコツは安心させようと雄弁にあの時の戦いを説明しているが、碧やナオには逆効果だ。
特に――
「そう言えばポンコツ。ここで御主人様を傷つけたそうですね」
びくっと、ポンコツが体を震わせた。
なぜか俺も一緒に体を震わせてしまったが、先の女王様の一件があったからだろうか。
ポンコツと一緒になって、背後の姫を恐る恐る見る。
そこには、修羅がいた。
ポンコツがさっき、俺のことを修羅のごとくと形容したが、そんなのは比ではない。
黒いオーラを纏った姫が、ゆっくりとポンコツへと近づいていく。いつの間にかナオのおんぶも止めており、ナオも工具を手に持ち、くいくいっとポンコツを威嚇している。
「何をしたのか、どのように傷つけたのか。聞かせてもらいましょうか」
「い、いえっ! 私は特にっ!」
あ。こいつ、嘘ついた。
ポンコツはすでに土下座状態だ。勿論、護衛のギアも一緒だ。
「言ったら……死ぬね」
「そうだな。死ぬな」
「えっ!? お兄ちゃんここで何があったの!?」
碧が俺とナギのため息混じりの言葉に反応する。
あの時の状況は、激戦だったことはこの破損だらけの空間を見たらある程度分かるだろうが、あれだけのギアの集団を見たことがないなら、想像は難しいだろう。
「ポンコツがどうなろうと知ったことじゃないけど、今は先に進もう」
ナギは説明が面倒になったようだ。
残念そうに牛刀がシャキンッと音をたてて姫の腕の中へと収納される。
姫が、土下座をするポンコツの横を通り過ぎるときに「御主人様を傷付けた報いは、御主人様への比類なき忠誠で返しなさい」と、ぼそっとポンコツに言う。
ポンコツはその一言を受け、感極まって泣きながら「必ずや御期待に」等と返しているが、いつの間にか上下関係が出来ているその光景に、俺は苦笑いを浮かべるしかなかった。
「なあ、ナギ。いい加減、ここに何があるのか教えてくれ」
俺はスタジアムライトの真下――以前、ギアが絶え間なく溢れだしていた、暗いもう一つの入り口の前で立ち止まって肩に乗るナギにそう聞いた。
ここで俺は、ナギと出会い、そして選択を迫られた。
その選択は間違えていなかったと感じているが、この先にある『何か』を、他の凪は破壊し、世界に貢献するもう一つの未来があることだけは知っている。
それは恐らくは、絶え間なく溢れたギアに関係していると思っているが、そうだとしても、ナギが今この時に――新人類が町を襲撃するかもしれない状況を無視してまで来る必要があるとは思えなかった。
「君に、知ってもらいたいことがあるんだ」
「何を?」
「……正直に言うとね。僕からしてみたら、君に深く関係する皆がここにいるから、町にいる仲間達はどうでもいいんだよ」
あの町にいる仲間達は、短いとはいえ、俺に良くしてくれた人が多々いる。
その言葉に、俺は、どうでもいいと言い切るナギが、俺とは違う考えを持っていると言うことに、苛立ちを感じた。
「情はあるよ。僕にも。でも、僕にとっては、君が一番大事だ。だから、君には全てを知ってもらいたい。……その上で、君に、僕をどうするか、判断してほしい」
そんな俺の考えを読んだのか、ナギから補足が付け加えられる。
譲れないものがあるのかもしれないが、それでも言葉には気を付けてほしいとも思う。
そう言うと、ナギは俺の肩からポンコツの肩に飛び乗り指示を出し、ポンコツが入り口の傍の壁に手を置いた。
暗闇が広がる入り口の通路が、ゆっくりと明かりを灯しだした。
その明かりが示す道は、一本道。
遥か遠くにうっすらと、古びた扉が見える。
「あの先に、君の知らなきゃいけないことがある。行こう。早く、帰りたいよね」
やはり、ナギは俺に何かを隠している。
だが、ナギはそれを今から教えてくれるようだ。
ポンコツの先導の元、俺達は一本道を進みだす。
その先に何があるのか、うっすらと理解はしている。
それが正しいとしても、俺が何を判断してナギをどうするかを決めなければならないのかは理解ができない。
俺の左腕が、その先へと進むことを急かす。
俺は、その一本道の途中にある扉の先を碧やナオに見せないようにしながら、無言で進んでいく。
そして、古びた扉の前に辿り着くと、ナギがポンコツの肩からまた俺の肩へと飛び移り、一言、俺に告げた。
「この扉の先の物を見たとき、君は思い出す」
その一言に、深呼吸をすると、碧が俺の手を繋いで落ち着かせてくれた。
反対側にも手を繋ぐナオが。後ろには姫が。
俺は、一人じゃない。
何かあっても、きっと大丈夫だろう。
そう思いながら、ポンコツが、扉に手をかける。
ポンコツの手によって、ぎぎぎっと錆び付いた扉が開き――
その扉の向こうには、
一体のギアが。
様々な機械に繋がれ、身動きがとれない状態で地面に座り込み、ぼこぼこと大きな試験管に、何かを注入し続ける、ギアが、いた。
鎖のようなものを体にくくりつけ、点滴のように体のあらゆる場所に差し込まれた管。
見た目は第四世代と変わらない黒いフォルム。
ただ、その姿は第四世代とは違い精錬されており、スマートさや力強さが漂い、他とは一線を画す姿をしている。
座っていながらも、管に繋がれていながらも、気品さえ感じ、そして見るだけで恐怖さえ感じてしまうその姿は、入ってすぐに俺の目に焼き付いて目を離さなくさせる。
左腕のない、ギア。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます