03-37 学園生活二ヶ月目


 ナオが貴美子おばさんに自分の娘と認知されてから、二ヶ月が経った。


 今はもう、夏だ。


 学園ももうすぐ夏休みとなる。

 とはいっても、夏休みなんてあるようでないようなもので。


 別学園から転校してきた――要は引き抜きだが――上級生に聞いてみても、学園で皆と過ごしていた方が楽しく勉強にもなるし、来ても来なくても休んでいるようなものなので、ほとんどの学生は登校してくるらしい。


 夏休みってなんなのさとも思うが、どうやら、休みである、ということが重要と聞いた。


 今でも自由ではあるが、更に自由である、ということは、学生の精神面でも学力意欲も、周辺との交流にも効果的で、良い結果が出るそうだ。


 なんせ、この世界はギアのおかげで拡神柱の外に出ることが出来ない。

 外出と言ってもたかが町中だ。

 またまだ復興中の町であるため遊びに行く場所も充実しているわけでもない。


 学園の敷地内で何もかもが揃い、且つ、まるで超大型ショッピングパークのような町であれば、娯楽の少ないこの町では垂涎もののアトラクションにも見えてしまうのだから、誰もが来ないという選択肢を持ち合わせないだろう。


 そんな俺の町に、娯楽施設ともなり得る学園を作り上げた華名家当主こと貴美子おばさんは、理事長室での内密話以降ナオにべったりとなり、今では本当の母親のように接してくれている。


「手のかからないちっちゃな娘は可愛いものよ」


 だそうだ。

 機会が早く訪れてよかったと思う。

 ただ、俺にも影響は発生してしまっており……


「あなたもいい加減私のことをお義母さんと呼びなさい」


 どっちの意味で言われているのか分からないのが怖い。


 それにしても、つくづく、貴美子おばさんと俺は関係あるんだなと思う。


 俺の助けたい女の子も、小さい頃に約束した婚約者も。

 どちらも貴美子おばさんの娘なんだし。


 そんな貴美子おばさんには、この二ヶ月の間に時間を作ってもらい、色々話をした。


 主に観測所にいる碧のことや、朱との婚約話についてだ。


「……私としては、朱とくっついてくれるのが嬉しいのだけれども。……その碧って子も私の娘なのだから、どちらに幸せになって欲しいのかと言われると悩むところね」


 今では俺の悩みも共感してくれる、いい理解者だ。


「……ああ、そうだわ。凪くん。あなた、守護神になりなさい」

「……は?」

「それで万事解決ね。……学園に対する貢献も、世界に対する貢献も十分だし、学力も十分ね。首席卒業は間違いないわ」


 だが、俺にも分かる発言をしてほしいとも思うこともしばしば。


 学園を首席で卒業すると得られる守護神の称号など、何のためになるのかと。


「それに、他の世界の私の娘なんて、かなり興味があるわ。ナオちゃんだけじゃなくてさらに娘が増えるのね……楽しみだわ。絶対に助け出しましょうね」


 そんな貴美子おばさんは、今では俺が別の世界にいたということも信用してくれており、その世界に興味津々のようである。


 何より、母さんから、『観測所』という単語を聞いている、と言うことが最も大きかった。


「貴美子おばさん。俺も正直、あの場所が何なのかは分からないんです。せめて、どうやって行けるかとか、分かりませんか?」


 お互いの情報を擦り合わせる相変わらずの理事長室でのやり取りで、今日は踏み込んで話を切り出してみた。


「命から聞いている話は「観測所から他の世界に遊びに行ってくるー」って、何言ってるのかしらと思ってたから話半分に聞いてたことよ?」

「あー……」


 母さんの性格を前に聞いたことがある。

 貴美子おばさんもかなり振り回されてたんだろうなぁと思う。


 自由奔放。

 まさにそんな感じのエピソードだ。


「今にして思えば、そんな突拍子もない言葉もしばらく帰ってこなかったのも、本当のことだったとは思えるけども。……何か情報がないかは探してみるわ。だから、何か残っているとは思えな――」


 母さんはどんな立ち位置なのかと思える発言をした後、貴美子おばさんは何か思い出したかのように言葉を中断して考え始める。


なら……」

「何か、心当たりが!?」

「ええ……ああ、でも。許可がいるわね。遠征にもなるから手配しておくわ。上手く言ったら連絡するわね」


 少しだけ希望が持てそうな話が出て、一歩、碧に近づけたような気がして、嬉しかった。


「あなたも、外に出るための遠征班を考えておきなさい。……今度は森林公園の時みたいに、周りを心配させることしないように」

「あー……善処します……」


 どうやら、また外に出ることになりそうだ。

 そうなると、夏休みを利用することになるだろう。


 そんな理事長室での会話は、最近は二人きりが多くなっていた。


 一時期は事情を知るナオと姫も一緒に話を聞いていたが、一緒に聞いていても効率が悪いので他の手段を探すといって最近は別行動をしている。


 俺が行くところに大体は一緒に付いてきていたナオが別行動することが多くなって、兄離れされたような、嬉しいような悲しいような、そんな気分だ。


 他の皆――弥生と巫女のセットと、火之村さん護衛つきの朱は、最近は修練場に入り浸っている。

 何だかんだで、皆してほぼ学期分の単位は取り終わって自由の身なので学校に来てもあまりやることがないからということもあるが、弥生に最近一緒に稽古する友人が出来たようだ。


 弥生は、新しく渡された神具『成頼』の扱いに早く馴れたいらしく、進んで稽古に参加している。


 性能を試す約束は、まだまだ先のようだ。


 弥生は、成頼の起動が上手くできなかった。


 人具と神具だと勝手が違うようで、力を循環させて纏うことは出来たそうだが、俺が起動した時のように祐成のような刀身を現すことができず、それだと弥生の中では起動できたとは思えないらしく。


 だが、それが出来たとして……

 人前でアレをやったらどうなるかなんて考えてないほど夢中で、人前では絶対に起動しているところを見られないよう、火之村さんに注意して見てもらっている。


 なので、普段の友人達との稽古の時は、成頼はという扱いだ。


 とは言え、表面の黒い柄に御立派な龍が彫刻された人具なんぞ、明らかに注目を浴びるわけで。


 巷では、三原ブランドの『物干最新モデル』と言われて入手経路を探られたりしているらしい。


 お陰様で、巫女が切り盛りしている三原商店は連日人気で、いつ入荷するのかと連日質問攻めに合っているらしい。


 それがなくても、人具販売店なんぞどこ探してもこの町にしかないから、そんなのなくても十分人気ではあるのだが……。


 そんなこんなで、最近は皆が皆他の友人達と交流も兼ねてばらばらに活動しており、あまり学園内では会わなくなっている。


「さて、と……」


 理事長室から出た俺は、いつも通りの通路を歩き、学生棟の端にある図書館へと向かう。


 まだまだ、俺には知らなきゃいけないことがあり、その情報はタブレットの情報を漁っても見れない。


 あくまでタブレットは基本的な情報しか乗っておらず、細かく知るためには誰かが残した書物を漁らないと知れないことが多くある。


 特にこの学園の図書館は広く。

 タブレットから見れる情報は利便性に優れるが、やはり知識という点では書物を漁るのが一番だ。


 俺くらいではないだろうか。

 あまり人と関わらず、毎日のように図書館に入り浸っているのは。


 その証拠に、理事長室から図書館への道ではほぼ誰とも会うことがなく、最近は妙にボッチ感を味わっている。


 だが、静かな図書館で一人読書をするというのは、かなりいいもんだ。


 そして俺は今日も図書館へ。


 入り口に設置してある入場改札に、ICカード型の学生証をタッチして入場。


 これをやる度に、前の世界の電車を思い出す。

 電車があれば各町の交通ルートも確立できて更に賑わうだろうが、それには安全性が担保されていないと難しいだろう。


 いつかまた、電車に乗ってみたいもんだと思いながら図書館の中へと。


 目の前に広がるのは、大人の平均男性三倍程の本棚がずらっと並ぶ書庫。


 中央には休憩スペースとして読書用にも使える長机が配置されており、飲食自由で近くに自販機も配備されている。


 中央の休憩スペースをぐるっと囲んだ段々畑のように立ち並ぶ本棚は、華名家が財力を活用して古今東西から集めた書物がぎっしり詰まっており、知識欲を刺激される。


 貴美子おばさんもやり過ぎたと豪語するほどの書物量で、小学生用の児童文庫もあり、時間によっては低学年の子供達がわいわい騒いでは司書に怒られている。


 今は夕方に差し掛かった時間でもあるため人はほとんどおらず、まるで自分一人しかいないような錯覚を覚えるほどに静謐な空間と化している。


 なぜ、こんなにも素晴らしい場所を皆活用しないのだろうかと、疑問に思う。


 思うのだが……


 しゅおおーっと、聞き慣れない音がうっすらと聞こえて、思わずがっくり項垂れる。


 誰もいないことをいいことに、辺りをところ構わずしながら本棚から必要な書物を漁る先客がどうやらいたようだ。


「姫……何してんだ?」


 足をジェット機のノズルのように変形させながらアフターバーナー噴き出す姫が、一番高い本棚から本を数冊手に取る様に絶句する。


「御主人様も探し物ですか?」


 気づいた姫が、ぼっぼぼぼぼっとバーナーを調整しながらゆっくりと俺の前へと降り立つと、しゅおおーっと、床一面に蒸気のような白い煙が立ち、床が燃えるんじゃないかと心配になる。


「いやいや、そうだけどさ! 燃えたらとんでもないことになるぞっ!」

「大丈夫です。これは火ではございません。あくまで演出です」

「演出って何のためにだよ」

「? ナオ様から、御主人様がロボが飛ぶときはアフターバーナーが男のロマンだとお聞きしたそうですが?」


 ……言ったことはない。と思いたいが、ナオもナオでそれを有言実行するとか、天才にも程があるだろう。


 そんな男のロマンを実現したナオといえば。

 中央の机の上で丸くなり。黒猫フードを被って昼寝にしては遅いおねんね中だ。


 丸まった姿がまるで黒猫のようで、寝ている姿がよく似合う。


 似合うのだが。


「行儀が悪いっての」

「にぎゃあっ!」


 かつーんと、今日も図書館で猫の鳴き声が木霊した。


 図書館では、静かにしましょう。

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