03-33 暴走


 学校の授業は終わりを告げ。


 妙に疲れた濃厚な一日だったと思いながら帰路につく。

 いつもの変わらないメンバーに姫が入る学園初日のその帰宅は、弥生と俺が少しギスギスしているからか会話は少ない。


 とは言え、お互い(特に俺は)無実なのはわかっているので、話す話題がないだけでもあるが、俺も弥生も少し考えなければならないことがあって自然と無口になっているだけで、それを女性陣がギスギスしていると考えているだけだったりもする。

 その女性陣の中で、ナオだけは自由気ままに、俺におんぶされながらすやすやと眠っている。


 学園から一時間程歩き、ぎこちない会話をしていると俺の家が見えた。

 いや、今はもう俺の家じゃなく、俺達の家になる。

 賑やかな家になってよかったと思いながらも、目の前の代わり様に驚きもある。


 結局、俺の家は……


 改築されてはいなかった。


 嬉しい。

 嬉しいが、あくまで、俺の家は、だ。


 俺の家の周りには、二棟の二階建ての家と、平屋の家が建っている。

 平屋の家は俺の家の玄関を正面とすると、真横に建てられており、平屋の裏手には各家へのアプローチが続く。


 平屋の正面は大通りに面していて、ここでは『三原商店』というのぼりと看板が。

 平屋は、巫女たっての希望であった、人具を販売する店だ。

 店長は弥生だが、大体は巫女が店内を牛耳っている。

 販売価格などは橋本さんと喜美子おばさんが決めるそうだ。

 問題は、製作者がまったく絡まず販売されていることだが、弥生達が独り立ちする為の資金集めと考えると、それも許してあげたくなる。


 その平屋が俺達の家の新たな玄関となっていて、裏手の豪華なアプローチを過ぎると、俺の家を右側、その隣に家が二棟建っている。

 二棟の家はくっついているが、俺の家には短い廊下で繋がっていて、互いの家への行き来も楽チンだ。


 反対の端の家が弥生と巫女の家で、和モダン漂うシンプルに白と黒に分かれた佇まいだ。

 二階のベランダに並ぶ、見ちゃいけないけど見てしまう干された下着類が、弥生と巫女の愛の巣感により一層拍車をかける。


 しっかし、でかいな……。

 ナニがとは言わないが。


 こんなにも新婚な雰囲気を出す二人の仲を疑うなんぞ、考える方がどうかしてる。


 真ん中の家は華名家の別荘だ。

 弥生の家とは違い、完璧なまでに和の屋敷だ。

 一番敷地を使っているが、財閥当主が住む別荘としては小さい規模だそうだ。

 コの字型で、俺の家と接している庭には、豪邸によくありそうな池があり、そこに鯉が泳いでいるのを見ると、次元が違うと思った。


 ……だがな。

 ここまで和で攻めているのに、鯉がいるのが俺のなかではマイナス点だ。

 だって鯉って……何でも食べる雑種で、外来種、なんだから。

 あの鯉が在来型であれば天然記念物ものだが……まさか、な。


 そんな華名家の別荘には、朱と貴美子おばさんが住んでいて、火之村さんも住んでいる。火之村さんは主と同じ家ではなく、平屋で数人の護衛と寝泊まりしているらしい。


 それぞれが俺が起きる直前に竣工されたらしいが、華名財閥の財力で土地を買い取り、周りの持ち主が住まなくなった空き家をリフォームしたりそのまま基礎を動かして作ったらしいので一ヶ月でなんとか建ったそうだ。


 土地名義は水原基大から俺に。保証人は華名家となっている。

 未成年者の名義が大丈夫なのか、どれだけの人員・費用が投入されたのかも合わせて、流石に怖くて聞けなかった。


 弥生と巫女の返済金がどれだけなのかと、二人もさぞかし戦々恐々としているだろう。


 そんな、完成すぐのとにかく綺麗な家と比べると、俺の家のなんと見窄みすぼらしいことか。


 何てことはない、洋風の芝生有り小さな庭付きの、周りを目隠しフェンスの壁に囲まれた普通の家だ。


 一軒家を持っていることは凄いことだとは思うが、流石にこんな綺麗な家が並ばれると見劣りする。


 更に。

 俺の家は、相変わらず人に見えないらしい。


 なので、華名家の別荘の壁が一部だけに壁もない場所ができていて不思議がられているそうだ。


「俺もこの家みたいに影が薄くならないように気を付けないとな」


 妙に親近感――長年住んでいるから尚更だが――がこの家に沸いて、アプローチの前でぼそっと呟いてしまった。


「凪様。私は凪様のお家、好きですよ? 凄く生活感があって、ほっとしますの」

「ああ、なんかそれ分かるー」


 俺の家を見て、懐かしそうな顔をしながら朱が言うと、巫女がぱんっと手を合わせながら続く。


「ボロいだけだっての」

「頑張ってる感あるよね。……いや、ボロいって言ってるわけじゃないよ!?」


 慌てる弥生に笑うと、弥生も笑いだす。

 朱と巫女が、ほっとため息をついた。


「あー……弥生。ちょっと話があるんだが」

「うん。僕も少し聞きたいことが」

「とりあえずな。後で俺の部屋に来てくれ。……一人で」

「……分かった」


 話したいことがあった。

 弥生には、俺の置かれた状況を話しておくべきだと思った。


 恐らくは、記憶のないあの時に、弥生は何かをナギから聞いている。


 そう思ったから、二人きりで。


「凪様……私達は聞いては?」

「ちょっと遠慮してほしいかな」


 出来れば、朱についても話してみたい。


 俺が、どうしたらいいのか。

 年も同じで、俺からしてみたら前の世界での親友だからかもしれない。

 周りで話せる信頼できる相手は、弥生しかいなかった。


「弥生……凪君とは――」

「巫女……疑ってないって」

「……そう言うとこが勘違いされるんだからな」


 急に修練場での姫の問題発言をぶり返すような、男二人に挟まれて翻弄されるヒロインみたいなことを言う巫女に呆れてしまう。


「だって……今から、二人きりになるって……そんなの……」

「? 巫女さん?」


 何か、不審げな巫女に朱が声をかけると、巫女が急に朱の肩を掴んだ。


 いや……違う。ぶり返したんじゃない。

 まさか……

 だ?

 いつから、


 まさか、あの時から、か……?

 だとしたら、長い。長すぎる。

 何で誰も気づかなかったんだ。


 これは――







 十八番トリップに入った、巫女だっ!




「だって!朱さんなにも思わないの!?思わないと損だよっ!凪君と弥生だよっ!ちょっとやんちゃな感じの凪君になよっとした庇護欲そそられる弥生のカップリングが凪君の部屋で二人きりにさせちゃったらただでさえ凪君にその気ありそうなのに何が起きるのとか思わないっ!?さっきの二人見た!?二人して私達に分からない雰囲気だして二人とも話したいとか言って納得したり凪君なんか「一人で」とか強調したりさっ!きゃー!どうしようどうしよう!私の弥生が凪君に食べられちゃう!どっち?ねぇどっち!?どっちが攻めてどっちが受けるの!部屋に入ったらすぐ後ろから抱き締めたりして弥生の頭撫でながら鎖骨とか愛でたりするの!?それとも凪君に迫られて逃げ場失ってベッドに倒れ込んじゃって上に乗られるの!?誰が!どっちが!?なになに、それ見ちゃうの?朱さんもなに?聞いてもって、聞いちゃうの!?いいよっ!私も聞くから許す!二人で二人が部屋で二人きりで何するとか何されてるとか、どんな声出しちゃうとか鳴いちゃったりするの聞いちゃう?聞いちゃおうよっ!こんなイベント珍しくて逃すと次は絶対ないよっ!だってだって――」

「も、戻って! 巫女さんっ戻ってくださいな!」

「御主人様。ナオ様が寝ていてよかったですね。妄想爆発です」


 止まらない巫女の言葉に、姫の顔も無表情なのに呆れているように見えたが、広角がぴくっと心なしか上がっているのは見逃さない。


 姫……さてはトリップしっぱなしだったの気づいてたな……?


「巫女さんっ! 巫女さんっ!」


 がたがたと肩を捕まれ前後に振られる朱が必死に巫女の名前を呼ぶと、ぴたっと巫女の動きが止まる。


「巫女さん。私は……」


 自分の肩を掴む巫女の手を、がしっと掴む朱が、はっきりと自分の意思を伝えた。


「凪様受け派ですのっ!」

「御主人様。私も御主人様受け派です」


 朱の言葉に直ぐ様飛び付いた姫が二人の話に混ざっていく。


「凪様がベッドに押し倒すのはアリだと思いますの」

「そうですね。ただ、そこから弥生様の気持ちを聞いた後――」

「あ、それいい! 姫ちゃん、じゃあその後、弥生に逆に押し倒されるとかは?」

「弥生様がそこまで御主人様より力がありそうには見えませんが……。御主人様を狼狽させた後にすかさずマウントポジションをとって形勢逆転とかはいかがですか?」

「でもそうなると今度は凪様が逃げようとするかも。あ、でもそこは凪様の弱い場所知っててそこ攻めるとか」

「あー、弥生知ってそう!」


 ……お前ら、なに考えてんのっ!?


「あはは……」


 渇いた相変わらずの苦笑いを浮かべる弥生と、とんでもない口論をする三人に呆れる。


 ……呆れるのだが。

 俺には味方はいないらしい。


 弥生よ。ちょっと、身の危険を感じて俺から離れるのだけは止めないか? あの話からすると、俺も身の危険を感じる話だよ?




 こんな、下らない話を楽しそうにするみんなと一緒に。これからが続けばいいなって。


 色々あった初日だったけど。これからの学園生活が、俺は楽しみになっていた。

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