03-34 『成政』改め
今は夜中。
皆で俺の家のリビングで夕食を食べ、各自自分の部屋へと戻った。
夕食を作るのが俺だったことは解せなかったが、料理を作るのは慣れているのでよしとしても、流石にまだ俺と弥生の話で盛り上がられるのは勘弁して欲しかった。
作っている間も女性陣に囲まれながら苦笑いする弥生に同情していると、大人勢もやってきて
今はそんな騒がしさは鳴りを潜め。
ナオは、一階の自分の部屋で姫に監視してもらいながら寝ている。
寝る子は育つとは言うが、育ちすぎじゃないかなぁと、姫の一件からちょっと劣等感を感じている。
「……俺は別の世界の人間でな」
かちゃかちゃと音をたてて準備をしながら、弥生を部屋に招いて俺の状況について話を始める。
細かい部分はまだ分からないところもあるので話す気はないが、少しずつ分かってきたら話そうと思う。
今は触れる程度の話だ。
「……え?」
「簡単に言えば、ギアのいない平和な世界にいたってことだ」
「……え?」
「信じられないのも無理ないが、俺はこの世界の人間じゃないってことだけ理解してくれ。だから、色々知らないことが多い」
いきなりそう言われても理解できないだろうなと思いつつ、自分でも凄い話の始まりだと思った。
だが、それは事実なのだから仕方がない。
こんなところで躓いてたら、俺の抱えている問題についていけないぞ。
そんなことを思いながら、用意しておいた椅子に座って驚いた表情のまま固まっている弥生を見ながら、木製の細く長い筒の中にさらさらと粒子のように細かくなった神鉱を詰めていく。
「ああ、だから基本的な話も知らないのかな? 道理で……あ、凪君。まさか、神夜って……その世界の、僕のこと?」
「合ってるけど。何で知ってるんだ?」
「凪君が初めて会ったときに僕を見ながら呟いてたでしょ。……それにあの時も」
妙に納得したような声で「だから凪君は最初から慣れ親しんでる感じで話しかけてきたのか」と、弥生の中で何かが完結したようだった。
隣町に戻るときに確かにその名前を言ったことがあったことを思い出した。
すんなり理解してくれた弥生が、何となく俺の素性に気づいているようにも見える。
「あの時って?」
神鉱が詰まりきった筒をとんとんと机に軽く叩き付け、開いた空間に更に神鉱を詰め込み蓋をする。
木製の筒にこれでもかと神鉱を詰め込み終わると、今度は人具にお馴染みとなった物干し竿に神鉱を詰め込む作業をするため、立ち上がってクローゼットの扉に手をかけた。
「森林公園で負傷して治してくれた時にも言ってたよね? あの時は本当にありがとう……」
何度、助けてない『俺』にお礼を言えば気がすむのだろうと苦笑いしてしまう。
「えっとな。その話なんだが。……あれは『俺』じゃない」
クローゼットを開けると、大量の物干し竿が目に写る。
クローゼットに物干し竿を詰め込んでいるのは世界中探しても俺だけなんではないだろうか。
どの物干し竿でもいいのだが、なるべく軽くて丈夫そうな物干し竿を手に取り、また神鉱を詰める作業を行う。
本当は、弥生もモノホシの君みたいに見えちゃいそうだったので、物干し竿は使いたくはなかったのだが、手頃な棒が近くになかったので仕方ない。
「俺の中にはもう一人、『ナギ』がいてな。そのナギがやったことだ。だから、俺はその時の記憶がまったくない」
「ナギ……?」
「そ。カタカナで、ナギ。ちっこい俺だ。あいつのおかげで俺も助かってる。……だから、俺が助けたわけでもなく、凪に寝取られるなって話は、俺に寝取られないようにっていう意味で合ってるけど、俺が自分のことを凪って言うと思うか? それに、俺に死にかけの人を治す力なんてないっての」
本当に、とんでもないことを言っていなくなってくれた。
間違いなく、嫌がらせだ。
だが、弥生だけでなく、俺も助けられたというのは本当だ。
だから、今度ナギとまた会話ができるようになったら、弥生にも伝えてしっかり二人でお礼を言わせてもらおうと思う。
それが俺の、ナギへの嫌がらせだ。
「で、俺はもちろん、巫女を奪う気はない。だって、俺と――」
物干し竿に神鉱を必死に詰め込む作業も終わり、物干し竿の先端に先ほどの木の筒を差し込む。
これで、後は……
「俺と、巫女、神夜は幼馴染で、二人がどれだけお互いのことを想っているか知ってるし、俺が二人をくっつけたようなもんだし」
だから、俺が二人の仲を引き裂くようなことはしない。
俺は二人が付き合い始めた時に、そう心に固く誓っている。
それはこの別の世界でも同じだ。
なのに……
なのに、なんで俺以外の凪は弥生が死んだ後に、巫女と仲良くなったのだろうか。
……やはり、不思議だ。俺とまったく違う物語を歩んでいる。
やっぱり、俺だけが、ナギの言うようにまったく別の道を歩んでいるのだろう。
きっと、最初から……。
「分かりにくいから納得しろとも言わないが。……別の世界から来たことで、ちょっと特殊な力が身に付いたみたいでな」
そう言うと、俺は先程出来上がったばかりの『素体』を持ち上げる。
これに、これから観測所の力を流すことで、このおもちゃみたいな塊は、ギアを倒すことのできる人具となる。
俺が壊してしまった、弥生の、新しい『人具』だ。
「人具を作れる、力……?」
「元々持ってたみたいだけどな。
ピアスにデコピンして、きんっと耳元でいつもの綺麗な音を鳴らす。
ピアスは俺の力に答えて、力を開放。
その力を、俺は新しく弥生の人具となるガラクタに流し込んでいく。
心なしか流れる力は詰まることなく、すんなりと。
流れていく力は内部に溜まった神鉱を溶かし、神鉱は外側を溶かし固め、いつものようにぼこぼこと煮えたぎったマグマのような色をして熱く発光していく。
相変わらずの眩しさの光に部屋内が包まれると、目の前にはガラクタはなく。
一本の、黒い棒が俺の手に握られていた。
「……あれ?」
まるで、モノホシの君が持っているような赤い棍のようなその棒には、先ほど先端に付けた木の筒が消えてなくなっている。
木の筒を刀身と見立てていたので、それがなくなるとただの棒だ。
成政は両鎌槍だったのに。
だが、異様な雰囲気だけは俺の手から伝わる。
「弥生……これに力流してもいいか?」
「え? いいけど……?」
目を閉じ、ピアスの力を出来上がったばかりの黒い棒へと流し込んでいく。
ピアスから俺の体へ。俺の体から棒へと流れる観測所の力は、お互いを経由し循環し、やがて大きな力へと切り替わっていく。
やがて、黒い棒に変化が起きた。
力を流し始めて起きた変化は、黒い柄は硬く引き締まり、柄の表面には細くて白い線が上へ上へと、流れる力が上へ流れていくのがよく見えた。
その力が流れていく先には小さな亀裂が入り、その亀裂は登り立つ龍の模様のようにも見える。
その龍は、まるで今にも動き出しそうな躍動感に溢れ、その龍の口に白い亀裂が到達すると、口から眩い光を解き放った。
その光は、少しだけ反り返った、汚れを知らなそうな白き純白の光り輝く刀身と姿を変える。
その見た目は、まるで薙刀だ。
やはり、間違いない。
その手から感じる感触。
そして、その純白の刀身は、まるで、佑成のよう――
「……とりあえず、これやる」
「……えぇ!?」
目の前で起きた人具の変化を見ていた弥生に、力を抜いて今は柄だけとなった薙刀を投げ渡す。
慌ててキャッチした弥生がほっと溜息をついた。
「凪君、これって……?」
「ほら、俺が森林公園で成政を壊しちゃったから、そのお詫びだ」
「ええ!? いや、だって、成政だって凪君がくれたものだし、それに人具って高いんだからそんなほいほいともらえないよっ!?」
「俺がお前に、あげたいんだ。……巫女を守るんだろ?」
「あ……」
「寝取られないように、俺から」
軽くウインクしながら弥生に言うと、弥生が大きな笑い声をあげて、俺もつられて笑う。
「今度、それの性能テストをしようぜ。体育の授業でさ」
「うん。ありがとう、凪君」
「あ、後それ、佑成と同じく、人具じゃないから。多分神具」
さらっと告げたその言葉に、弥生の動きが止まる。
「とりあえず、名前なんだが……同じ成政だと区別つかなくなりそうだから、『
薙刀に手を触れ名付けを行うと、まるで喜びの雄たけびのように、音が薙刀から溢れた。
美しい音色に、思わず心を奪われそうになる。
白い光が辺りに弾け、その光が成頼に吸い込まれるように消えていく。
黒い柄の中へ吸い込まれる白い光が、まるで何もかもを吸い込むブラックホールのように見えた。
すべての光が収まると、二メートルに満たない程の、表面に龍の模様の書かれた黒い棒がそこに。
「し……し……」
「あ? トイレなら出てすぐ隣だ」
「し……」
「なんだよ。もう漏らしたとかいうなよ?」
「神具とかぁぁぁーーーーっ! そんなの、もらえるわけないじゃないかっ!」
ですよね。
俺もびっくりだ。
人具作ろうとしたら人具とは性能段違いの神具が作れてるんだから。
他人事のように出来上がった成頼を見ながら、弥生を見つめる。
俺も、これでも驚いてるんだぜ?
出来ちゃったもんはしょうがないだろ?
弥生の悲鳴と神具の返却は断固拒否しておいた。
さてと。
明日から大変なことになりそうだ。
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