始まる世界

02-29 始まる世界


 目が覚めるとすぐに体を起こす。

 隣を見ると寝ていたはずのナオがいない。


「お兄たん」


 入り口側――机の方から声が聞こえる。


 ナオは、お気に入りの大きめな猫耳つきパーカーと、淡い赤茶色なボトムスのガーリースタイルに着替えていた。


 まだまだ幼いナオにはあまり似合わないな、と思った。


「そんなとこ、真似しなくていいんだぞ?」


 パーカーの形だけは違うが、それは碧がよく着ていた服装だ。


 碧もよく俺の服を着ていたが、だぼっと感が好きなら自分で買えばいいのに、と何度思ったことか。

 で、ナオもそれを真似をする。


「真似違う。ナオがこれ好きなの」


 ナオが椅子から降り、ベッドに腰かける。


「ナオ」


 近くに来たナオの頬を撫でると、ナオがその手に触れて、優しく温めてくれる。


「お前が、生きててくれて、傍にいてくれて、よかった」

「でも、お兄たんは……碧お姉たんのほうがよかった?」

「どっちも欠けたら困る。怒るぞ」


 あの時、碧がああしなかったら。ナオとはもう二度と会えなかったんだから。


 ナオには本当に感謝だ。

 碧にまた会せてくれて。自分の気持ちが再確認できた。


 やっぱり俺は碧のことを大切に想っている。この世界に碧がいないのは間違いない。

 碧は、まだあの世界にいるだろうから。

 あの世界でもいい。また、会えることが分かったのだから。


「碧とは、会ってきたよ」

「碧お姉たんに会えたの?」

「会った。ナオが連れていってくれたおかげだ。……また会う約束もしてきたよ」

「会う約束?」

「その時は、ナオも一緒にな?」


 そう言うと、ナオの瞳から涙が零れた。

 涙を隠したいのか、帽子を深く被る。


「お兄たん。ナオは……ナオは碧お姉たんに会いたいよぅ……」


 ぐしぐしと裾で涙を拭う様が、黒猫が顔を洗う仕草に見えて可愛らしかった。


「碧お姉たんはナオのこと、あんなになってまで助けてくれてっ……ナオの、大好きなお姉たんだからっ……

 だから、ナオはお姉たんに会いたいよっ! ありがとう言いたいよっ!」


 ナオが、必死に今まで溜め込んでいた気持ちをぶつけてくる。

 多分、俺が本当にナオなのか疑っていたことも敏感に感じ取ってもいたんだろう。


 喋れるようになってからも俺にも、誰にも伝えられなくて、この世界に一人だって思えてしまうあの悲しさはよく分かる。

 俺は、ナオは直だと信じて接していたつもりだが、それでも疑いを持たれていると感じ取れていたのなら、俺なんかよりよっぽど辛かったんだと思う。


 そんなナオをぐっと抱き寄せると、まるで本来の年相応の、赤子のように大声で泣き出した。


「大丈夫だ」


 碧だって、大きくなったお前と、一緒に遊びたいって言ってたから。

 だから、きっと。


 ナオの頭をあやすように撫でながら、


「会えるよ。――いや、会わせてみせる」


 母さんはあの時、行き来も出来るがまだ先だと言った。

 刻族が人種だと言っていたが、母さんがあそこにいるなら、俺も刻族という人種なのだろう。

 それなら、あの白い世界だって必ず行ける。


 どうやっていくかは分からないが、まずはあの世界について調べてみよう。


 調べて、辿り着く手段を見つけて。


 必ず、碧をあの世界から。


 あの世界で出会うためじゃない。


 きっと。


 俺達の世界へと戻してやる。







 ――そう、凪はこれからの想いを胸に秘め、この世界と向き合っていく。




 この物語は。



 何も分からず、家族と離れてしまった凪が、見たことのないあの世界から大切な人を、救い出す物語。


 刻を旅行して

 家族とまた、巡り合う物語――

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る