??-?? 記憶にある知らない日々
凪君と家族として過ごすことになって、もうすぐ8ヶ月が経つ。
今では『お兄ちゃん』と呼ぶのも恥ずかしくはなくなったけど、お兄ちゃんと呼ぶことには少し抵抗はあった。
やっぱりいつかは『凪君』と呼んでみたい。
お兄ちゃんと過ごすにつれてボクはお兄ちゃんがより好きになっていく。
あのクレープなんて絶品。
その後に、ほっぺについたチョコを掬って食べちゃうとか、ボクを悶え死にさせたいのかと思う。
友達が遊びに来た時に、巫女ちゃんと一緒に説得してデザート作ってくれると言ってくれた時は、嬉しくて思わず飛び付いちゃったけど、抱き締めてくれたお兄ちゃんの優しい温もりで、凄く幸せな気分を味わうことができた。
お兄ちゃんの寝顔も見れたし。
恥ずかしかったけど、役得役得。
お兄ちゃん。
お兄ちゃんはね、お兄ちゃんが知らないだけで、凄い人気なんだよ?
寝てるって言ったときは、興奮して皆が見に行くって、止めるの必死だったんだから。
巫女ちゃんに、鬼、出してもらってやっと収まったくらい。
この辺りの女子の誰もが知る、彼氏にしたいランキング上位の有名人なの。
御月さんと二人合わせて有名人。
王子様から、将棋の『王』と『玉』に
だから、ボクは毎日心配。
お兄ちゃんが他の女子に盗られるんじゃないかって。
だから。毎日、一緒に帰るの。
誰にも盗られないように。
いつか、お兄ちゃんがボクのことを、女性として好きになってくれるように。
……それに、あの人も近づいてこないし。
……でも、お兄ちゃんは。巫女ちゃんのことが好き。
それが一緒にいてよく分かる。
御月さんと巫女ちゃんが仲良く笑いあってる時。いつも隣で少し寂しそうにしているお兄ちゃんを見るのが辛かった。
お兄ちゃんの好きな人が、ボクだったらどれだけ嬉しかったか。
二人と一緒に笑うその笑顔が、ボクだけに向いてくれればいいのに……。
クリスマス前に、勇気を出そうと思った。
御月さんが色んな女の子に告白されていることに、怒りの鬼を出している巫女ちゃんを誘って聞いてみた。
「え、凪君のこと?」
「うん。お兄ちゃんのこと、好き?」
「あ~。それよく聞かれるのよ」
苦笑いしながら、困ったように頬をぽりっと掻く巫女ちゃんの次の言葉をじっと待つ。
多分、巫女ちゃんも、真剣な話だと気づいてくれたんだと思う。
「ねえ、みどちゃん」
でも、自分で聞いておきながら、急に真剣な表情を浮かべた巫女ちゃんの答えが、少し、怖かった。
もし、お兄ちゃんのことが好きって言われたら、ボクはどうしたらいいんだろう。
巫女ちゃんには勝てる気もしないし、争いたくもない。
でも、もし、好きって言われたら――
諦めたく、ない。
「好き、よ」
その言葉と、今まで見たことない爽やかな笑顔を見せた巫女ちゃんが、巫女ちゃんもお兄ちゃんが異性として好意を持っていることはすぐに分かった。
ずるい。
御月さんもいるのに、お兄ちゃんも好きなんて、ずるい。
お兄ちゃんは、絶対に渡さない。
例え、巫女ちゃんと喧嘩してでも。
「――でもね」
その言葉に続きがあることに、恨むように巫女ちゃんを見つめていたボクは反応が遅れる。
「前に、神夜に告白した女の子の隣にいたよね?」
「……え?」
巫女ちゃんは、一年以上も前のことを覚えていた。
「忘れるわけないでしょ。あんなに凪君を見つめてた可愛い子のこと」と、口許を隠して笑う。
その、押し殺すようにくつくつ笑う巫女ちゃんから、狐の耳と尻尾が生えているように見えた。
「あの時に、神夜が言ったこと、覚えてる?」
覚えてる。その後、お兄ちゃんをはたこうとしてたんだから。
好きになった時なんだから。忘れるわけない。
「私も一緒。私も神夜しか見えないから。だから、安心して?」
そう言って、巫女ちゃんはボクの頭を撫でると、ぎゅーっと抱きついてきた。
「凪君のこと、弟として、大好き。
だから、お姉さんは凪君のこと盗らないから。
みどちゃんも、みんなも。なーんか、勘違いしてるのです」
少しだけ意地悪そうな顔をして、にやにやと笑う姿は、お兄ちゃんを弄る御月さんにそっくり。
「そんなお兄ちゃんが大好きみどちゃんも、大好きっ!」
でも、巫女ちゃんは。
御月さんがいなかったら、多分お兄ちゃんとそういう関係になってただろうなって、思う。
巫女ちゃんは、やっぱり、ずるい。
その後は、凪君の小さい頃聞きたい?と聞かれて、すぐに飛び付き仲直り。
ううん。元々喧嘩してないし。ただのいつもに戻っただけ。
その後は。
お兄ちゃんに勇気を出して、恋人の振りをしてあげると伝えたら、お兄ちゃんの笑顔が見ることができた。
手も繋ぐこともできて……お兄ちゃんが少し恥ずかしそうにしていたのが、何だが嬉しかった。
大丈夫。ボクも恥ずかしい。
でも、やっと繋げたこの温かい手を、離したくない。
そう、幸せを感じた時に。
お兄ちゃんが、急にボクを突き飛ばした。
あまりに急すぎて、お兄ちゃんが私を嫌って突き飛ばしたのかとも思って驚いた。
でも違う。
お兄ちゃんの後ろに、誰かがいる。
お兄ちゃんがくるりと回ると、大きな音と、その誰かが地面を滑る。
お兄ちゃんが急に蹲り、腰の辺りに手を添えた。
叫び声と一緒に現れたのは、真っ赤な包丁。
お兄ちゃんに投げ捨てられた包丁は、からからからと音を立てて、赤い飛沫を撒き散らしながら廊下を滑っていく。
お兄ちゃんが、刺されていた。
ボクに何度も声をかけてきて、何だか舐め回すような目付きが怖くて。巫女ちゃんに相談して近づかれないようにしていた、あの人が。
お兄ちゃんを刺して――
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