02-22 自分の想いと拡神柱の起動


 ギアを倒すには確かに人具が必要で、それがあれば人類を助けることが出来るのは理解している。作ることで貢献はしたいと思っている。


 だが、だからと言って、そんな奴等に対して作ってやりたいとも思わないというのは本音だ。


 全体から見たら、俺の意思なんてちっぽけな物だってのは分かっている。


 だが、俺は俺の意見を通したい。

 俺はただ、家族を探したいだけなんだ。

 家族を探して、そして――




 ……家族を探して? それからどうする?

 もし、夢の中で俺の前からいなくなった皆が、探してもいなかったら?

 もし、あれが夢じゃなかったら? 本当はあの時みんな死んでいて、俺だけ助かっていたのなら?


 実は俺も死んでいて、これは俺の夢だった。が、一番濃厚な気がする。


 あれが夢じゃなかったら、あんな状態で生きているわけもない。

 だとしたら、みんなもう死んで――


 いや。だったら今のこの俺はなんなんだ。


 ナオもいるし、知人にも出会った。

 会ったことのない町長さんにも会った。

 それに、俺の小さい頃の記憶では、父さんと、俺が知らないはずの母さんがいたし、その中には義母さんもいた。


 これは、夢でもないし、飛行機墜落までが夢だったと考えたほうがまだました。


 ただ、そうなると。


 碧は。


 碧は一体なんだったんだろう。


 俺が好きになった女の子。

 いつも明るくて、一緒にいると心が揺れて、俺にいつも幸せを与えてくれたあの子。


 碧が夢の中だけの子なはずがない。

 あの温もりは嘘なんかじゃない。


 そうなると、俺達が夢や嘘ではないとしたら。

 ……この世界はなんなんだろう。


 俺が知らないギアという存在や、ギアによって窮地にたたされている人類。それに怯えながら今を生きる人類と、その人類が生きている荒廃したこの世界。


 こんな考えに至ったきっかけは、弥生と巫女、ナオの存在だ。


 弥生は間違いなく神夜だ。長年付き合ってきたからこそ分かる。違いがほとんどない。

 たゆんたゆんも同じく、俺の知る巫女だ。


 ナオに至っては、正直俺の知る直なのかと言われると自信はないが、この半年の間でどんどんと成長していったナオは、本来知らないべきことを知っているかのような動きを見せることがある。

 だから、ナオは恐らくは、俺の知る直が成長した姿のナオなんだろうと思っている。


 やはり、俺は、にいるようだ。


 ここは。


 並行世界……


 なのではないだろうか。


 飛行機墜落の時に、何かしらの力が働いて違う世界に辿り着いて目覚めた。


 馬鹿馬鹿しくはあるが、最近はそう言うことを考えるようになってきた。


 そうだとしたら、碧は。

 俺のことを知らない碧として、この世界にいるのではないだろうかと思い始めている。


 碧を探す意味はあるのだろうか。


 俺を知らない碧に、会ってどうしたいのか。

 ただ、あの夢の中での続きがしたい、という、性欲な話だけなんではないだろうかと、最近は、自分の碧に対する気持ちも揺らいでいる。


 出来れば、俺のことを覚えている碧に会いたい。

 もし、会えないのなら……



「――三原君。本当にこれは出来るのかい?」


 俺の町の、壊れた拡神柱の前。


 イケメンで、イケメンボイスの明るい町長さんの声に、意識が現実へと帰ってきた。


 最近はよく、浅い考えでもスイッチが入ってしまい、止まらない思考の渦の中へと深く入り込んでしまうことが多くなってきた。


 俺は、当初の目標を見失ってきているらしい。


 伝手に会えるとわかったのも、こんな考えに至り始めた原因かもしれない。

 その伝手が俺のことを知らなかったらどうしようという不安の現れが、そんな考えに至るのだと思っている。


 早く、碧に会いたい。伝手に会って話をして碧の手掛かりを得たい。


 今は、とにかく、そう考えてモチベーションを上げるしかない。


 想いを締め括りながら、町長さんと何の話をしていたのかを思い出していく。


 近くでは、今から起きる偉業の目撃者として、そわそわと周りを気にしながら待っている巫女と弥生。

 つまらなそうに、巫女と弥生の間で、二人に手を引かれている、まるで若夫婦の子供みたいな立ち位置と化したナオがいる。


 年齢的にも見た目的にもそれは無理があるが、巫女はかなりお姉さんしていて楽しそうだ。


「ああ、拡神柱の話か」

「おいおい、三原君。ぼーっとしていると思っていたけど。話全然聞いてなかった? 世界的にとんでもないことを今からするのにかい?」

「ええ、本気で聞いてなかったです」

「な、凪君……そう言うときは嘘でも聞いてたとか言ったほうが……ほら、町長さんの開いた口が閉まらなくなってるよ?」


 なんだかんだで、隣町も俺の町も復興はしてきている。


 隣町と俺の町を繋ぐラインが無防備な状態だったが、それでも家に帰りたいという住民が多かったようで、人が戻ってきている。


 ここだけは、掃討部隊に感謝しているところだが、治安悪化が原因のようなので、感謝という言葉も不適切には思える。


 残念ながら、俺に人類の叡知ようふくを提供してくれた橋本さんには会えなかった。

 お礼を言えなかったのが悔やまれた。


 元々、拡神柱は、町を囲んで守る仕組みだったので、その囲みに入れない場所は放棄されており、どこかの町へと移住していたらしい。


 半年前の一件で、両町の拡神柱が壊れている為、拡神柱を作る必要があるが、すでにロストテクノロジーということも知った。


 拡神柱で互いの町を繋げれば少しは安全に移動できると思っていたが、難しそうという印象を受けた。


 そこで、俺は考えた。


 拡神柱をさらにグレードアップするか、または拡神柱に変わる何かを新しく作り出せないか、と。


 最終的にはグレードアップは確実に必要で、それを行うためにはロストテクノロジーである拡神柱を調べなければと思い、町に戻ってきてからは、暇があれば拡神柱を調べていた。


 なんてことはない。

 こいつは、人具と一緒だった。


 ただのどでかい人具に、力の供給をするだけでその力が永続的に発動する馬鹿でかい人具。

 でかいから内部に貯めておける力も多く、それが互いに結び付く他の柱と循環しあうので切れることがほとんどない。ってだけの話だった。

 人具を作れる人材がいないからロストしていただけだったという話。


「じゃあ……やってみますか」


 拡神柱に触れると、人具と同じようにぼこぼこと音をたてて破損していた柱は綺麗な白い柱へと戻っていく。

 この光景を初めて見る三人も、起きた現象に開いた口が塞がらないようだ。


 ちょっと魔法使いのような、ファンタジー気分を味わえて優越感があった。


 柱が元に戻り、自分のピアスに触れてみる。感覚からして、柱を起動させるくらいの力がストックされていることを確認。


「後はここに力を流すだけっと……」

「えーっと……こんな簡単に直るとか、凄いとしか……」

「二人とも、力を分けれたなら同じこと出来てましたよ」


 俺の言葉に、「そう言うことでは」と、苦笑いする二人を見ながら力を流し込んでいく。


 やはり大きいからか力の流れが遅い。

 少しずつではあるが、力を取り戻してきた柱から、均等に町を囲む柱と同じ気配が漂ってきた。


 驚き興奮する三人とは正反対に、触れているだけで力は流れていくので俺は暇だった。


 辺りをきょろきょろ見てみる。一年前とは違い、破壊された跡はまだ残ってはいるものの、元の俺の知る町に近づいている。


 ふと、近くの電信柱が目に入った。

 そこには、物干し竿を握ってポーズを決める物干三人組のポスターが。

 見慣れたポスターではあったが、そこに一人、追加されていることに気づいて動きを止めてしまう。


「あれ? こいつ……」


 増えた男は、どれだけ固めるのに時間がかかるか分からないオールバックな髪型に、眉尻が上がってはいるが、比例するかのように目尻が下がっているのが印象的な男だった。


 失礼ではあるが、そんな格好いいかと聞かれると、そんな、と言ってしまう風貌で、なぜこんな男がこのポスターに載っているのか分からなかった。


 ただ、その男を見ていた時に、まさに雷に打たれたというべき衝撃が体に走った。


 体に走る衝撃に、内部でどくどくと激しく、焼き付くように高鳴る鼓動。


 これは、まさか……


「な、凪く――」


 弥生が不思議に思ってか、声をかけてくるが、俺はそれを手ですぐさま制す。


「弥生っ! 町長さんっ!」


 俺の逼迫した声に二人が真剣な表情に変わり、人具を構えだす。

 俺は二人にすかさず指示を出す。


「弥生!」

「うんっ!」

「今すぐ巫女の目を隠せっ! 早くっ!」

「わかっ……え?」

「町長さんは今すぐナオと一緒に俺の家にっ!」

「……は?」


 ダメだ。間に合わない。

 すでにそれは始まっている。


「お兄たん……多分馬鹿」

「きゃっ」


 俺の指示にすぐさま動けない男性陣より、遥かに状況を理解しているナオ。

 ナオが巫女の後ろから抱きついて目を塞いでくれた。


 流石ナオだ。

 持つべきものは愛すべき妹だ。

 だから、そんなジト目はやめてくれ。


 はらはらと、侵攻は続く。

 俺の周りに、雪のように落ちていく欠片。


 俺は、この現象を、知っている。


「な、凪君……なに――」


 弥生の声を引き金とするかのように。

 ぱぁぁぁんっと大きな音が俺から鳴った。


 激しく、盛大に。





 俺の服が、見事に弾け飛んだ。

 そして、現れるは俺の裸体。


 ナオから「おー」とよく分からない声があがった。


「「え……?」」

「え? え? 今の音なにっ!? ナオちゃん、前見えない!」


 男性陣から聞こえる、きょとんとした声。

 音に怯える巫女の声。


 当たり前だ。

 いきなり目の前で男が裸になったのだから。


 ついに、やってしまった。

 いや、違う。

 ついに、やってやったんだ。


 人がいないながらにも、人がいるこの、往来で。

 俺はついに、人類の叡知を切り離余分なものをパージしたのだ。


 溢れるこの感覚。

 空から舞い散り刺さる太陽光がより一層俺の感覚を高めてくれる。


 そう。

 俺は、ポスターに夢中になるあまり、拡神柱の力が溢れだしたことに気づかずに触れ続けた。

 あの納得がいかない痛みを再度味わい、その犠牲に服を焼き焦がしてしまったのだ。


 ははっ。

 なんて素晴らしいんだ。

 こんなにも素晴らしいなら、もっと早くに。そう、隣町に向かうときから、こうしていればよかったんだ。

 何も悩むことはない。

 裸であればすべて。

 なにもない、この体だけがあればいいっ。


 なんて開放感な――


「なわけあるかぁっ!」


 ううう。もう、お嫁にいけない……


 という、そんな拡神柱の起動実験の成功という偉業の裏には、俺の羞恥の犠牲があった、ということは、そこにいる数人しか知らない。

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