01-11 夢の中でチョコの日
絶望感を受けながらもいつもと変わらず過ごせるようになったことに感謝しつつ、なんだかんだで今日は2月14日。
なぜか、俺は碧が来る前に起きている。
なぜだ? そう、今日はバレンタインだからだ。
さあ、今日も神夜のモテっぷりを堪能しつつ、突撃してくる女の子達をどう躱すか見させてもらおうではないか。
というか、碧からもらえるのかが心配なだけだったりもして、実は結構期待している自分に呆れているところでもある。
「おにぃ~ちゃ……」
「ああ、碧か。おはよう」
碧が来たのは、ちょうど俺がパジャマを脱いで裸になっている時だった。
碧が入ってきた時に開いたドアから、冷気が入ってくる。
暖房の入った部屋と外との気温差がよく分かり、こんな寒い日に学校に行かないといけない学生ってなんて可哀想なんだろうと、布団の中へと入りたい気分がぶり返し憂鬱になった。
と思ってみたものの、本当は、碧のことを考えていたらいきなり入って来られたので驚いて固まっている、が正しいのだが。
え、俺どうしよう。慌てて胸とか隠したほうがいいだろうか。
「わ、わわわっ!」
一瞬動きが止まった碧が赤い顔をしてドアを閉める。
「うん……まあ、そうなるよね」
誰得イベントなのかと、ズボンを脱いでなくてよかったと思いながら俺はすぐさま支度を済ませる。ほら、まあ、朝だし、ね……。
「お、碧」
愛用のバッグを片方の肩に担いで部屋を出ると碧がドアを開けてすぐ目の前の壁にもたれて立ち、俺が出てくるのを待っていた。
「ごめんね。お兄ちゃん」
「何が?」
「ん……裸、見ちゃったから」
「あ~……別に気にしてねえよ。見たけりゃあいつでも見せてやるよ」
「やっ! 何言ってるのよ。お兄ちゃんのバカ……」
頬を赤く染め、碧は顔を隠してうつむく。そんな仕種が俺を妙にドキッとさせた。
「ま、まあ……とにかくだ。飯食って学校に行こう、な?」
「うん……。あ、お兄ちゃんは先に行ってて。ボク、ちょっと取りに行かなきゃ行けないものあるから」
ぱたぱたとスリッパの音を立てて、碧は自分の部屋へと戻っていく。
俺はその後ろ姿にもドキドキしながら階段を下り、リビングへと向かう。
「あら、凪。今日は碧より早いのね」
毎朝と変わらずそこには義母さんと父さんがいた。
父さんはいつも通り、カウンター式の食卓で自分がいつも座る席に座ってコーヒー片手に新聞を読んでいる。義母さんはカウンターの反対側の流し台でいつも通り皿を洗っていた。
「まあね。……父さん。食べるときぐらいは新聞読むのやめなよ」
「これが父親の理想像だ」
父さんのその言葉に、俺と義母さんは呆れて動きが止まる。
理想の父親像かはさておき。なんだったらコンクリで固めて本当に像にしてやろうか。
「……何を言ってるのやら……」
「本当に、何言ってるのかしらねこの人」
コーヒーを一口飲み、自分の席に座る。別に自分の席とかそう言う決まりはないが、何となくいつも座っている席だ。
しばらくして碧がいつものバッグを持って台所に現れ、朝食になる。碧はいつも俺の隣に座る。
碧はいつも楽しそうにしゃべりながら食事に手をつけるため、よく手の動きが止まり、食べるのが遅くなる。義母さんに「意地汚いからやめなさい」とよく言われているが一向に直る気配もない。
碧が朝食を半分食べ終わるまでには俺はいつも食べ終わっている。この碧の食べるスピードの遅さのため、俺たちはちょくちょく遅刻寸前に学校に到着しなければならない。どうやら早く食べ終わるようにしているらしいが、全く早くなる気配はない。
「碧。早くしないと学校に遅刻するぞ!」
「はぐぅ、わかってるもん! ちょっと待ってよぉ!」
碧よりも先に朝食を食べ終わった俺は、玄関で朝食を食べる碧をせかす。
そんな、いつもと同じ日常がやっと戻ってきた。
リハビリ、大変だったからなぁ。
直に忘れられかけているところを見て父さんは笑顔だし、すぐ直さなかったら碧は心配するだろうし、義母さんも毎度の付き添いで仕事が滞っただろうし。
とにかく必死に治すことだけ考えてたから時間も経つのが早かった。
だからこそ、こんなにも何気ない日常が平和に感じるのだろう。
そういう意味では刺したあいつには感謝しようかも思える。
感謝などする気はまったくないが。
「お兄ちゃん?……早くしないと学校に遅れるよ!」
物思いにふけっている間に、碧は玄関の扉を開けて待っていた。
「もう、ボクに言っておきながら、自分はどうなの?」
「ああ、ごめん」
「……最近のお兄ちゃん、どこか変だよ?」
「そうか?」
「何だかぼーっとしてることが多いし……」
時間がないくせにゆったりと歩きながら話す。
碧が言っている時も、俺はぼーっとしていることにはっと気づく。
何だろう。忙しかった反動なのだろうか。妙に幸福感に満たされている。
「今日、チョコもらえるかどうかが何日も前から心配だったとか?」
「それはまず、ない」
ポンポンッと碧の頭を軽く叩きながら、俺は笑う。
「む~……ボクを子供扱いしないの!」
「子供だろ?」
「子供じゃないもん!」
「そのふくれ顔。どっからどう見たって子供だけどなー」
いつも通りにからかって走って逃げる。いや、逃げるというのは正しくない。走らないと間に合わないのだ。
「また子供扱いしたぁ!」
背後から碧の怒る声が聞こえた。
・・
・・・
・・・・
今日はとにかく疲れた。とまだ本調子とは言えない体を労いつつ自分の部屋でまったりしながら一日を振り返る。
休憩時間にて始まる相変わらずの神夜への告白タイム。
巫女の背中からどす黒い鬼が現れる光景に、神夜のモテっぷりを見に来た無月と一緒にガクブルする一日。
ふと視線を感じて振り返ると俺と無月へのチョコ渡し待ちで背後に列ができていて、碧からも真っ白な犬の姿が立ち上ぼり二人揃って食堂でのデザートやけ食いまでがワンセット。
話を聞くと、どうやら俺も無月もクリスマスの件で人気が出たらしい。
なぜ俺が人気出るのかは知らないが、無月のほうは相手を押さえ込んだ時の姿にかっこよかったとかそういう話を言われてるのを横でちらほら聞いた。
俺のほうといえば、俺が倒れる前に言ったと言われる例の一言に「感動しました!」との一言が添えられることがあった。
……やめてくれ。
なんて言ったのかは覚えてないが、つい最近できたばかりの俺の黒歴史のカサブタをぺりっとめくらないでくれ……。
「私のお兄様になってくださいっ!」
と言われて渡された時は、どうすればお前の兄になれるんだ、と。
シモの話なのかと勘ぐってしまうほど意味不明だった。
チョコをもらえるのは嬉しくはあるが、さすがに量が多い。
神夜と無月の三人で、もらったチョコを集めてみた。
「もう、チョコはいい……」とぼそっと呟いてしまう量だった。
これは、リア充め、等と言えない、俺の知らない向こう側に来てしまった、と神夜を今後弄れないではないかと憤りを感じてしまった。
俺の分が一番少なかったからだろうか。
うん。何か二人に負けたのが悔しい。
ホワイトデーのお返しをどうするかと話を振ってみたものの、青い顔した二人とチョコを見比べ戦慄し失言だったと感じつつ、流石に持ちきれず帰りに碧に持ってもらうはめになり、背後の犬が可愛らしく立ち上る。
おかげでぐちぐちと説教を碧から頂いてしまう。
なんだ、嬉しいイベント事のはずなのに。苦行かこれは。
大丈夫。
神夜サイドでも巫女から鬼は発動していたさ。だから大丈夫。うん。大丈夫なはず。
「……それだけで済んだんだから、まっ、いっか」
クリスマスみたいに刺されなかっただけでもましだ。
そう思っていたところでこんこんっとノックの音が聞こえた。
「お兄ちゃん、まだ起きてる?」
「ああ、起きてるよ」
ドアの向こう側から少し小さめの声で碧の声が聞こえ、ドアを開けるとパジャマ姿の碧がドアの前に立っていた。
廊下は薄暗く、夜になると暖房等がないためかなり寒い。
そんなところに突っ立ってないで中に入るよう促してみるが、碧はドアの前から動こうとしない。
「お兄ちゃん。これ……」
碧が遠慮がちに何かを差し出す。それは、四角形の箱だった。
中を見なくてもわかる。チョコだ。
うん。チョコだ。
バレンタインの碧からのチョコだっ!
「嬉しいよ。ありがとう。碧」
「ホント? お兄ちゃん、もうチョコもらうのは嫌じゃない?」
不安そうな顔から、一気に嬉しそうな顔に変わる。
相変わらず、ころころと表情が変わる奴だと碧を見てつい顔がにやけてしまう。
まあ、あれだけもらってたらそりゃそう思うだろうが、今更1個や2個増えたところで何も変わらない。
それよりも、碧からもらえたことが嬉しかった。
ちょこちょこ神夜や無月から「まだもらってないのか?」と碧からもらったであろうチョコを見せられつつ、にやにやとされながら聞かれていたが、学校ではもらえなかったから俺にはないのかと思っていた。
「俺がいつそんなこと言った?」
「神夜さんとのお話中」
「うぉぁ! お前あれ聞いてたのか」
三人でチョコを集めてげんなりしていた時の話を聞かれていたらしい。
「うん!」
「……お前の耳って地獄耳なんだな」
「地獄耳じゃないもん!」
そう言って、ぽかぽかと音がなりそうな叩き方で俺の胸を叩く碧がとにかく愛おしかった。
感極まって、碧を抱きしめてしまっていた。
「わっ……お、お兄ちゃん?」
「……本当にありがとうな……碧」
「……お兄ちゃん……」
碧が体を預けてくる。俺の背中に回った碧の腕に幸せを感じる。
「碧、俺……」
思わず、言ってはいけない二文字を言ってしまうところだった。
言葉の代わりに碧を強く抱きしめると、風呂上りなのか、前よりも柔らかな抱き心地と甘い香りに少しずつ理性が砕けていくのがわかる。
もう少し、もう少しだけ、このままで――
「――んんっ……お兄ちゃん、苦しいよ」
「あっ……ごめんな」
苦しそうな声が俺の胸元から聞こえる。もぞもぞと少し苦しそうにしていた碧が見えて慌てて碧を離すと、碧が悪戯っぽい笑みを浮かべた。
「もぅ……そう思うなら、明日はデザート作ってくださいっ」
そんな碧に、愛おしく思いながらも、暴走しかけてた気まずさから救われた。
「お前、食い意地はりす――」
「ねえ、お兄ちゃん。目、瞑って」
俺の言葉は碧の言葉に遮られ、無理やり目を閉じさせられた。
「しっかり瞑った?」
「ああ――」
俺が言葉を発したかどうかのところで、俺の頬に柔らかく暖かい感触を感じた。
「――……え?」
目をそっと開けると、真横に目を閉じた碧がいて、俺の頬に唇が当たっている。
俺は、あまりの出来事に呆然と、何が起きているのか必死に頭の中で考える。
ゆっくりと碧の瞼が開き、唇がそっと離れていく。俯いてくるりと踵を返し走り去るように去っていく碧をただ見つめるだけしかできない。
碧の唇が触れていた右頬を押さえながら、そそくさと自分の部屋の扉を開けようとしている碧を見てやっと口が動いた。
「おい、ちょっと!」
「お兄ちゃん、おやすみっ!」
碧の顔を見ることもできず。声が聞こえて部屋の扉が閉まる音がした。
しーん、と廊下が静まり返る。
「……えーっと」
顔が熱い。確実に火照っているのだけはわかる。
耳元のピアスは、きんきんきんっと何度も俺にでこピンをされて音をたて続けている。
自分でやっておきながらちょっと音がうるさいと思ってしまった。
扉を閉め、ふらふらと歩き自分のベッドに座る。
「俺、今キスされたのか……?」と口に出してしまい惚けてしまう。
何度も反復していると「やだ、私、キスされちゃったの?」となぜかよく分からないおねえ言葉になったところで碧がくれた四角い箱を持っていることを思い出した。
がさごそと箱を開けると、中からハート型のチョコが出てきた。
ぱくっと口に入れると甘い香りが口の中に広がりだす。
こんなにも美味しいと思えたチョコは初めてだった。
さて、これは義理なんだろうか本命なんだろうか。
それが問題だ。
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