ライトノベルをぶっ飛ばせ
@gtoryota1
第1話 兆し
確かにまだ17歳。しかし17年間春夏秋冬を繰り返し、何人もの人間に出会っていれば、その中にあるどうしようもない虚無的な何かがあることが分かる。
僕は人一倍それに敏感だから気付いているだけだ。
みんな『どうしようもない虚無的な何か』を必死で埋めようとするんだ。
嗚呼、『どうしようもない虚無的な何か』を埋めるだけが人生なのだ。
僕はそう気付いてしまった。気付いてしまったからこそ、もう取り返しの付かない。
忘れようとも忘れることは出来ない。気付かないほうが、知らないほうが良いことも世の中にはあるもんだ。僕は知性よりも野生を。賢者よりも愚者になることを激しく望む。
「最後に、笑ったのはいつだっけ?」
遠い空に向かってそう呟いてみた。河川敷から見える夕暮れの夕焼けは見事なまでに美しく、僕の心をセンチメンタルなハートにしてくれる。
「嗚呼、世界が明日終わるとしたら、僕は力一杯笑いたい。この生に対しての絶望を」
と言ってみた。決まった。最高に切ない美だ。最高に、儚い退廃的、美だ。
「アホじゃん?昨日ここで下卑た笑み浮かべてたよ?」
という冷えに冷えきったような声で後ろから比較的大きな声で言ってきた。
はっと振り返る。
同じクラスの高岡ツグミだ。
こいつはいつも僕の雰囲気をぶち壊してくれる中学からの同級生。
僕は退廃的美を追求しているというのに、ツグミはそんな僕をたったの一言で気取ったアホなピエロに仕立て上げる。
どれだけクールにイカしてみても、誰か1人がバカにする冷めた一言を発すると、それは笑いの的となってしまう。
ベートーベンは死ぬ間際に「諸君、喜劇は終わった。喝采せよ」
と言ったらしい。
彼は自分の決して喜劇とは言えない波瀾万丈な人生を喜劇だと言ってのけたのだ。
彼は自分の人生を皮肉ってみせたのか。或いは本心からコメディだったと思っていたのか。
つまり人生はコメディだということか?実際、ツグミの一言によって僕の創りあげた退廃的美は一気にコメディに変わってしまった。
「なんだよ、河川敷に架かったこの夕焼けの美しさをお前は分からんのか?」
「それは分かるよ。でもあんたがさっき言ってた発言はアホまるだしだよ。恥ずかしすぎる。そしてダサ過ぎる。いや、恥ずかし過ぎるからこそダサすぎる。ダサすぎるからこそ恥ずかし過ぎる。陳腐中の陳腐。どうしてそこまで自分大好きになれるわけ?ねぇねぇ」
と言って僕のブレザーをぐいぐいと引っ張ってくるツグミ。
「俺はお前がどうしてそこまで人をバカに出来るのか知りたいよ」
「べつに馬鹿に仕立てあげているわけじゃないよ。バカにバカって。自己愛性人格障害にナルシストって言ってるだけだよ」
「もう、知らん。お前無視な」
と言って僕は早歩きで帰路へと向かう。河川敷の夕焼けも台無しだ。
しかしツグミはそんな僕をおちょくってくるのだ。
「ねぇ、あんた太宰好きって言ってたじゃん?太宰とあんた似てるよ。太宰は悲劇を気取ったナルシズムだからね。駄目過ぎる自分に酔いしれてるという救いようのないバカよ奴は。何度も女と心中してそしていつも自分だけが生き残って。顔も2流だし。ちょっと文章に長けていただけのバカじゃん」
2流じゃない。太宰は男前だ。
早歩きで帰る僕に対してツグミは歩調を合わせて僕の横から僕の顔を覗きこむようにして嫌味ったらしい口調で喋り続ける。
「太宰なんかより芥川龍之介のほうがよっぽどイケメンだし、よっぽど人間の残酷さに対して鋭く描写されてるよ。そして彼は何よりも自分に酔ってない。ただひたすら人間の罪を残酷に表現している。それに彼のフィアンセに送った手紙なんてホント素敵。それに対して太宰はタダの気取ったクズよ」
そこまで言わんでも。僕は泣きそうになった。太宰のために涙を流しそうになった。
太宰が浮かばれない。彼も自分の罪と戦って苦しんでいたはずなのに。
この女、鬼過ぎる。
ツグミは息切れしながらもまだ喋る。
「あ、あんた今泣きそうなってるでしょ?何?高校生にもなって女に泣かされて。情けないと思わない?」
僕は思わず立ち止まった。
「なんでそこまで言われなあかんの?」
と肩を震わせて震える声で言った。
「あんたがキモいからストレス解消よ」
と言い放ちツグミはそのまま先を歩いていった。
なんという女だろう。一体彼女はどうしてあそこまでひねくれてしまったのか。
親の責任か、学校の責任か、社会の責任か。
否、全ての流れは社会にある。国家自信が今の世代を創りあげているといっても過言ではない。しかし、全ての責任は一個人にあると僕は思う。
影響はあるが、責任は個人だ。
僕も太宰に影響された。しかし太宰に責任がある訳ではない。影響された僕に責任がある。
選んだのは僕なのだから。
例えば殺人系のゲームを好き好んでプレイしていた青年が殺人を犯したとしても、責任は青年にある。殺人系のゲームの責任にするのは責任転嫁である。
『助長する何か』なんてあげだしたらキリが無いぞ。
そんなことを気にするようになればしまいにはこの世から芸術の類と娯楽の一切は無くなってしまう。だけども、事実、殺人系のゲームは殺人を助長はしているのだ。
見境なしに殺人をするゲームなど、倫理に外れた行為を行い、それで良しとするゲームや本、漫画、映画などは規制するべきであろう。
だから娯楽にも芸術にも規制は必要なのだ。リベラルの行き着く先は秩序の崩壊だ。
何に対してもバランスというものが必要な訳である。
などと考えながら家に着く。
安全ピンの形をした赤いキーリングをブレザーのズボンのベルトループから外し、マンションの鍵を手に取り、軽く上に放り投げて、キャッチをしようとするが手元が狂い地面に落とした。
周りを見当たし、誰にも見られていなかったことを確認し、颯爽とオートロックを解除する。
こういうところがおそらく人生が喜劇なんだろう。人生とはこういうドジの積み重ねなのかもしれない。そして、格好付けて失敗したところをたまに誰かに見られるのだ。
それはとても悲惨なことだ。
僕は夕飯を食べ、部屋に篭って難しい本を難しい顔をして読んでいた。
僕は難しいことが好きなのだ。僕はきっと難しい生き物なのだ。
僕の本棚は上段は日本文学、ロシア文学、下段にはドープな漫画の数々で埋め尽くされている。
これが僕のアイデンティティだ。おそらく僕は誰よりも難しい人となるだろう。
難解な問題を解き明かしていき、そしてノーベル賞とか取るような、そんな人になるだろう。などと考えながら、スタンドの電気を消す。一瞬にして暗闇。そして一瞬にして朝日。
人生はこれの繰り返し。
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