第10話 匂い立つ惨劇の予兆
「さぁ、もう見えてまいりました。あちらの部屋でございます」
「なるほどあの部屋が……と、その前に質問があるのだが」
使用人たちの待機所、もとい接待を受けた広い場所から結構に歩いた。
さすがは王家別邸。それだけ広いことを身をもって知ったヴィクトル。これまでずっと閉じていた口を開いた。
「先ず貴殿のご主人のもとにはせ参じるのが先。我々も使用人の端くれ。何を押しても
回廊を行くはヴィクトルを含め四人。前に一人、斜め左右後ろに一人ずつ。
ちょうど正三角の形で先を進む他の者たちのその中心を、ヴィクトルは囲われ進んでいた。
「まぁお聞きくだされ。貴殿らは先ほど、『ご主人、ハッサン・ラチャニー様がお呼びです』と申しましたが……そんなはずはないのです」
「そんなはずがない?」
「我が主の名は山本・一徹・ティーチシーフ。招待を受けた方の代理として参加しましてなぁ。ゆえに私が、参加されなかったハッサン・ラチャニー様から呼びつけられる事などありえないのですよ」
質問をしたところで取り合わない者たち。そういいながら目指す部屋へと歩を早めるものだから、ヴィクトルはとうとうここに至るまでに感じていた疑念を曝け出す。
前方の、言葉を受け振り返った男。
感情の欠落した顔。
驚きでもない。怒りでも、困惑でもない。その表情は……
「斬り捨てるときの顔か!」
心得た様に、表情を目に叫んだヴィクトル。
背中に、バァッ! と膨れ上がった、二つの殺気を感じ取った……
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「そうか。そういうことかよ……」
立ち尽くすヴィクトルは呟く。
仕方のない、ことなのかもしれない。
さきほど「あと少し」だとされた部屋にたどり着き、中の光景を目に、自然と口をついで出た。
死屍累々。
その光景、驚き、そして得も言われぬ悪寒。
顔を拭うヴィクトル。手刀で空を切るが如く床に向かって振り切った。
弾けるのは、ベチャリという生々しく重い、鈍い音。
腕で擦るだけでは足りないから。手を持って細かく念入りに顔に付いた物を寄せ集め拭い去ったのだ。
そうして床に降ったもの。
ヴィクトルの身体中からツツっと途切れることもなく床に降り、流れたものと合流し、やがて、死屍累々が接面する床に広がる、同じ色、ヌメヌメとした光沢を放つ黒赤色の粘液と同化する。
「おかしいとは思っていた。使用人の待機場にしては、主が出席する会場とあまりに離れている。主が、使用人を呼びつけるだと? いや呼びつけるのはいい。だがこの建物に主がいるのがおかしい。パーティ会場から使用人待機所たるこの場所まで、わざわざ脚を運んでいる事になる」
同化したそれは……血溜まり。
「この光景、使用人たちや護衛の装備を預けさせた理由。それは……効率的な使用人たちの殲滅。そして主人級の孤立か! クソッ! 後手に回った!」
巨躯のヴィクトル。が、気付き、ここまで来た廊下を跳ねるように駆け出す
逆走ができるのは、もう、その場で生きているのはヴィクトルだけだから。
男たち三人に案内された部屋。そこには何体もの死体が転がっていた。
男も、女も、どちらも今日のため、主人の供としてついてきた従者ばかり。
もしヴィクトルが最後までその部屋についていたら、同じ道を辿っていたかもしれないと思うと、その胸中が穏やかであるはずがない。
ならば主人である一徹にも危機が迫っていることは容易に想像できる。
それが血にまみれた体のまま、その手に大ぶりの剣を握りしめた彼に全力で
それができるのは、先のヴィクトルの問いに反応し、殺気を膨らませた三人の
突然の命の危機を回避した……ということ。だが安堵は無い。
まずは、目指す元の使用人待機場所。遠くからは悲鳴と怒号が聞こえてきて……
駆けるヴィクトルがその距離を縮めるにしたがって、それらは、少しずつ大きくなってくるのだった。
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