一徹と三人の女性

第1話 全面的圧倒的場違い感

「ぬーん……」


 数時間後に惨劇が起きようなど、とても思えないほど気の抜けた情けない声が一つ。

 目に映る煌びやかな光景に、そして視線の先の大きな入り口に、次々と入っていく者たちを認めた彼は、頭を抱えてその場でしゃがみ込んだ。


「ヴィクトルゥ、俺ぇ……場違ぁい」


「でしょうな! だから申し上げたでしょう? そのような格好で夜会に出る者など、どこの家を見てもいないと!」


 弱弱しい声に対し、ピシャリと返され、クシャッと顔をしかめた彼は、手元の招待状を眺めて項垂れた。

 自分に対して送られたものではない。「私に代わって代理の者が出席いたします」と、招待状に書かれていることが、《タベン王国》王家別邸を使った、今日の仮面舞踏会マスカレード会場入り口の前で、彼、一徹が突っ立っている理由だった。


「お、お前は、アイツも、『俺に貴族家から嫁を取れ』っていうのか? どう見ても周り全員、俺と生きる環境セカイが違うだろう?」


「僭越ながら、なぜ夜会に出ざるを得なくなったかお忘れなく。旦那様が婚活に対しここまで目立った成果が出なかったからです」


「ウグッ!」


「別に貴族でなくても良い。町娘やどこぞのたなのご息女でも良かったでしょう。ですが旦那様は婚活を始めて四、五か月、出会いの芽すら見つけられなかった。だからせめて出会いの場を提供しようと、あの方は出席の機会を譲られた」


「趣旨を見ろ会の趣旨を! 《タベン王国》の、《ルアファ王国》、《タルデ海皇国》三国同盟に向けた、各国重要人物親睦の場って言うじゃねぇか! だったら本来はアイツが……」


「旦那様」


「んな政治の場、俺はっ……!」


「旦那様? ご親友であられるあの方のご好意を、無になさるおつもりですか?」


 いつまでたっても《まな板の上の鯉》にならない、往生際の悪い一徹。しかし抵抗するたび、この会場まで馬車を御し、一徹を送迎した赤髪短髪の大男に、理路整然と論破された。


「では、未来の奥方をお目に掛けられることを楽しみにしております」


「いーやーだー! ずっと部屋でゴロゴロしていたい。酒飲んで飯食って寝て。いいじゃないか! 別に、蓄えはあるんだから!」


「蓄えがあることが、スローライフの理由にはなりません。もっと人生を有意義なものにしたいとは思わないのですか! 愛する女性と結ばれ、お世継ぎを作り」


「お世継ぎってお前、別に俺はただの無職だってのに……」


「守るべきものが出来ますれば、その環境が旦那様を自堕落にはさせなくなりますな!」


「うっ! それに……わかるだろう? ただの女じゃ、ウチに入るのは無理がある」


「フム、そういう困難な壁を打ち破るものが……《愛》という力でございます」


「お前……40も超えた、ガチムチマッソーが変にロマンチストになるんじゃないよ」


 ヴィクトルという名の、四十も半ばに入った彼は一徹の使用人。

 少し楽しげに歯を見せ、頭を下げるヴィクトルの言葉に、嫌そうな顔した一徹は押し黙るしかなかった。


「期待はすんなよ? 貴族のパーティは三度目。そしてこれまで二回とも、いい目にあったことがない」


「《三度目の正直》という言葉がございます」


「《二度あることは三度ある》ともいうぞ?」


「旦那様、そろそろご入場いただきませんと……《私の顔も三度まで》となります。寧ろ三度目などとうに……」


「い、行ってくる!」


 トンチの効いた口上を述べてみたが、逆手に取られた格好。

 また、ヴィクトルの怒ったときの恐ろしさを知っていた一徹は、しれっと、ヴィクトルの顔を見ようともせず、そそくさと会場入り口へと歩みだした。


「旦那様っ!」


「わかった! ゴメン! もう観念するって!」


 その途中、背中に一喝がぶつけられたから、驚きに飛び上がった一徹は、恐る恐るヴィクトルに振り向いた。ヴィクトルと言えば、右手人差し指をもって、顔の周りで円を描いていた。


仮面舞踏会マスカレードですぞ。旦那様」


「あ、そうだった」


 恥ずかし気に笑って面を取り付ける、いろいろ抜けのある感じが否めない一徹に、ヴィクトルは呆れた顔を見せる。換言かんげんも止まらなかった。


「本当、旦那様も三十を超えて久しい身。もう少ししっかりしてほしいですな。今日だって本当は、もっとちゃんとした装いでパーティにご出席いただきたかったのですが」


 あぁ、ヴィクトルガミガミバーサン仕様に入ってしまった。そう思った一徹の聞く耳は、話半分程度。


「まったく。どこの世界に社交界ほどにフォーマルな場において、そんな黒一色のお召し物で出席する者がおりましょう」


「ん? んー……」


 だが、最後の質問だけは、妙に面白かったからか……


俺の世界・・・・?」


 返した一徹が浮かべたのは、人の食ったような笑顔。

 そうして踵を返し、入り口へと進んでいく一徹。

 ヴィクトルは、一徹が建物へと入り、姿が消えゆくまでその背中を眺めた。


「お気張りなさい。何があっても」


 ため息交じりの声。聞こえないほどかすれた声でつぶやいた。それは一徹ですら知らない、このパーティで起きうるであろうこの後を、ヴィクトルは予測できたからだった。

 隣国からの来賓が集まるこの催し。ならば三年もの間、一徹を探していた、とある一人の女性と出会うことになるはずだから。


 ……やがてヴィクトルは、次の到着客の乗る馬車に、乗降スペースを譲ろうと、己の馬車を動かそうとした。

 今回の夜会は、《タベン王国》公爵家が他家と共同開催することもあり、パーティ終了まで待機する各家の使用人たちに対しても、もてなしをするほど規模が大きい。

 だから、案内の者に話を聞いたヴィクトルも、使用人待機所へと向かうべく、その場を後にした。

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