【龍皇杯】異世界でロリに甘やかされるのは間違っているだろうか【エントリーNo.1】
長岡マキ子/ファンタジア文庫
短編
いきなりだが、俺は今、女の子の胸に抱かれている。
この「女の子」というのは本当に「女の子」……つまり、アラサーOLが自称するような意味ではなく、まごうことなき女の「子」だ。
まだ十歳の女の子であるマミィは、俺を抱きしめ、頭を撫でてくれている。
「よしよし、アカちゃんはいい子だね~」
「マミィ~!」
「いっぱいナデナデしてあげるからね、アカちゃん」
「ウヘヘ~」
……って違う、そんな目で見ないでくれ! 俺の名前は
なぜこんなことになっているのか、順を追って説明していこう。
つい先日まで、俺はしがないサラリーマンだった。年齢は二十八歳、彼女いない歴も二十八年。残酷だ。
健康器具販売会社で営業をしていたが、成績は常に最下位。上司からはギュウギュウにしぼられ、実家の母からは「いつ孫の顔を見せてくれるの?」と電話攻撃の毎日。
仕事もプライベートもボロボロな俺は、ある日、過ってホームから転落して電車に轢かれ、死亡してしまう。
死後の亜空間で出会った女神に生き返りを願ったところ、次に目覚めたとき、俺は十五、六歳の頃の見た目に若返って森の中にいた……素っ裸で。
うろたえる俺の前に現れたのが、一人の幼女だった。
「あなた、一人なの? お母さんは?」
やわらかそうな金色のボブヘアに、愛くるしい大きな目、ふっくらとした薔薇色のほっぺた、みずみずしいさくらんぼのような唇……どこをとっても将来有望だが、まだほんの子どもにすぎない。その絶世の美女の幼体こそが、今俺を可愛がっているマミィだ。
マミィは全裸の俺に服を着せて、初めて会った人間とは思えないほど甲斐甲斐しく世話をしてくれた。
マミィはこの世界にいる人間のうち「ナニー族」という部族らしい。ナニー族の女性は、物心ついてから初めて見た人間に我が子のような愛情を抱く習性があるらしく、マミィにとっては俺がその「物心ついてから初めて見る人間」だったという。
小さい頃に家族や仲間と生き別れたマミィは、森で動物たちと暮らしてきたのだそうだ。
マミィからこの世界のことを聞くうちに、俺はワクワクしてきた。
「これって異世界転生だろ? だったらチート無双するしかねーじゃん!」
この世界にはおあつらえ向きに魔王がいるらしいし、魔王を倒して英雄になってやろうじゃないか!
だいたいの異世界転生モノでは、主人公はなんらかの能力を持っていて大活躍する。
俺にも秘めたチートスキルがあるに違いない! それを使い英雄になる!
そのためには、魔王を捜す旅に出なければならない。
「マミィも一緒に行く! だって、アカちゃんはマミィの赤ちゃんだもん」
マミィは無邪気に言ってついてきた。足手まといな気もするが、俺も不慣れな異世界で一人は心細いし、何よりマミィは恩人だ。その彼女が俺を可愛がりたいと言うのだから、少しは付き合ってあげなければならない気がする。俺は意外と義理堅い人間だ。
そうしてやってきたのが、今いる森だ。森の出口に近づいた俺たちは、ついに魔物に遭遇した――!
それは禍々しい生き物だった。今まさに崩れかけている途中のような醜い顔面、鋭い目つき……大きさは小動物サイズだが、異様なオーラでこちらを威圧していた。
「……よし、行くぞ……!」
俺は手にした棒きれをかまえて、一歩踏み出そうとした。そこで、後ろにいたマミィが俺の腕を取った。
「待って、アカちゃん!」
「いや、俺も男だ、キミを守らせてくれ。このモンスターは俺がやる!」
英雄になる、第一歩として――!
「違うの、アカちゃん!」
そこでマミィが走り出て、俺と魔物の間に立ちはだかった。
「この子、モンスターじゃないの!」
たっぷり数秒、沈黙が流れた。
「……モンスターじゃない?」
目を丸くする俺に、マミィは頷いた。
「グロブタリスっていう動物なの」
マジか。
「森の仲間にしては顔エグすぎだろ」
「そうなの。そのせいでよくモンスターに間違われるんだけど、本当は心優しい草食動物なの。好物はクルミだよ」
ファンシ~!
「でも……」
と、マミィは俺に微笑みかけた。
「マミィを守ってくれてありがとう。アカちゃんはとってもいい子だね」
天使のような微笑を湛えたまま、俺に向かって両手を広げた。
「そんないい子のアカちゃんは、マミィがいっぱいヨシヨシしてあげるよ」
なんて優しいんだ……!
失敗したのに褒めてくれるなんて……失敗しなくても上司に怒られていた俺には考えられない。
成人男性として築き上げてきたプライドが、その瞬間、音を立てて崩れていくのを感じた。
「マミィ~!」
気づいたとき、俺はマミィに走り寄り、その胸に飛び込んでいた。彼女の身長は俺よりだいぶ低いため、地面に膝をついてのダイブだ。
そうして、冒頭の状態になったというわけだ。
「よしよし、アカちゃんはいい子だね」
マミィは俺を優しく抱きしめてくれている。俺は彼女の胸に顔を埋める。
十歳のマミィだが、この部分の発育は普通よりやや……いや、だいぶいい。
めちゃくちゃに母性を感じるふかふかの枕のような感触に、脳みそがとろけて思わず赤ん坊に戻りそうになる。
「いい子、いい子~」
マミィが俺の頭を撫でてくれる。もっと撫でてくれ! 発火するまで!
「アカちゃんは本当にいい子だねぇ」
マミィの声は慈愛に満ちて、まさに赤子に話しかける母親のそれのようだ。
「強くて、勇敢で……アカちゃんはマミィの自慢の子だよ」
「うう……マミィ」
思わず目頭が熱くなってしまう。
前世では叱られてばかりで辛かった。こんなふうに褒められたことなんて、記憶を遡ってもここ二十年ほどない。
俺だって好き好んで「超ケンコー」なんてふざけた器具を売る仕事に就いたんじゃない。そこしか内定が取れなかったから入社したんだ。不向きな営業に配属され、コミュ障なりに頑張ってやっていたのに。
結婚できてなかったのだって、俺のせいじゃない。事務のオバチャンしか女性がいない職場と家の往復では彼女なんてできっこないだろ? 孫の顔を見せて親孝行してやれなかった両親には申し訳ないけど……。
「ごめんな、俺、何もできなくて……」
前世を思い出していたら情けなくなって、思わず懺悔が漏れ出てしまった。
「そんなことないよ」
俺の言葉を、マミィが優しく打ち消してくれる。
「アカちゃんは、こうして生きててくれるだけでいいんだよ。それだけで、マミィは幸せだから」
頭を撫でてくれる小さな手が温かい。
「マミィ……」
前世の辛い出来事が、一瞬にして消し飛んでいく。
ああ、俺、生きていてもいいんだな……。どんな俺でも、マミィはこうして優しく受け入れてくれる……。
そうしてマミィに甘えまくっていた俺は、そこでハッとした。
「な……何やってんだ、俺は!」
これでは変態じゃないか!
「ち、違うんだマミィ。キミがナニー族としての母性を発揮したいというから、俺は仕方なく付き合ってだね」
慌てて彼女から離れ、かけてもいないメガネをエアーでくいっくいっと上げて真面目ぶる。
「いいんだよ、アカちゃん。マミィにいっぱい甘えて?」
マミィはふわりと笑い、俺は「そういうわけには……」と気まずい半笑いを浮かべた。そのときだった。
「きゃあああぁっ!」
絹を裂くような女性の叫び声が聞こえてきた。そう遠くない場所からだ。
「なんだ!?」
「鳥さんの鳴き声……じゃないよね」
「どう考えても人の声だろ、行くぞ!」
今しがたの醜態を取り繕うためにも、俺は決然と走り出す。
声の主には、すぐに出会うことができた。悲鳴が上がった方向に向かうと、やや木々が開けた下草の多い場所で、一人の少女がしゃがみこんでいた。
その目の前にいるのは、異様な動物だった。 体つきは二足歩行中の熊のようだが、頭部にはトサカのようなものがついている。眼光は邪悪に鋭く、赤い瞳が異様で不気味だ。
「あれがモンスターだよ、アカちゃん」
追いついてきたマミィが、小声で俺に教える。
なるほど……あの少女は魔物に出くわして叫んだのか。
少女は形のよい唇を噛み締め、悔しそうに眼前の魔物を見据えている。
「こんなときにMP切れなんて……わたくしともあろう者が、油断しましたわ……」
可愛らしい声で呟く彼女は、かなりの美貌の持ち主だった。
キリッとしつつも華のある大きな両目に、細く高い鼻梁、艶やかで品のある唇、光るように流れる銀色のストレートヘア。マミィと違って、こちらはほぼ完成された美少女だ。
ただし、胸部の方はマミィに比べて寂しい気がする。彼女が着ている白いワンピースのような装束は、襟からお腹までほとんど起伏なくストンと落下していた。……って、そんなことを観察してる場合じゃない。
「そこまでだ、モンスター!」
俺は颯爽と飛び出し、少女の前に立ちはだかって魔物を見据えた。
「あ、あなたは……?」
少女は驚いて俺を見る。
「俺の名はアカヤ・イマダ。この世界の英雄になる男だ」
そう、その予定だ。予定……ではあるのだが。
俺が手にしているのは、さっきから持っている木の棒一本。
対して、魔物は両手に鋭い爪を生やし、唸るような形に薄く開かれた口の奥からは光る牙がのぞいている。
やべぇ……こんな状況でも、転生チート能力者ならいけるのか? っていうか、俺ってなんの能力者だ? 女神からは何も聞いてないけど……。
「……アカヤ様?」
後ろから、少女の気遣わしげな声がする。不安がらせてしまったようだ。
と……とりあえず、ここは彼女を助けられればいいよな?
ということで、俺は身をかがめて地面に片膝をつき、背後にいる少女の方へ両腕を伸ばした。
「乗れ!」
「えっ? ええっ?」
少女は戸惑いながらも、俺の肩に手を乗せる。
「行くぞ!」
俺は少女をおんぶして立ち上がり、魔物に背を向けて一目散に走り出した。
すると、耳元を何かがヒュンッとかすめる。
「えっ!?」
木の枝のようなものが、前方へ飛んでいくのが見えた。振り返ると、モンスターが近くの木の幹に触れていた。どうやらやつが投擲してきたものらしい。
「マジかよー! モンスターが飛び道具使うのか!?」
早く逃げないと! たとえ木の枝でも、あのスピードで飛んできたら立派な凶器だ。
しばらく必死で走り、ふと後ろを振り返る。
「マミィ!?」
マミィがついてきていない。それどころか、まだ魔物の近くにいる。
「何してるんだ、マミィ! 早く逃げないと……」
ヒヤッとして叫んだ俺は、次の瞬間とんでもないものを目にした。
マミィが片手を高々と上げる。すると、彼女の周りに小さな光の玉のようなものがいくつも集まってきた。
「マミィのアカちゃんに、何するのーっ!」
魔物に向かって叫んだマミィの顔には、明らかな怒りの色が表れていた。
「そんな悪い子は、
セリフになんか物騒な漢字が見えた気がする……と思っているうちに、彼女の手に集まった光が一気に大きくなり、魔物に向かって飛んでいった。
「あれは……ナニー族の古代魔法ですわ!」
そのとき、背中の少女が声を上げた。
「えっ!? なんだそれ?」
「ナニー族は、自分の庇護対象に危険が及びそうになったとき、強力な魔法を無制限に使うことができますのよ。その力は母性に比例して、愛情が深いほど強くなるとか」
「へ、へえ~……」
魔物に向けて飛んでいった光は、しばらくまばゆい明るさで周囲を照らしていた。そしてその光が散り消えると……魔物の姿は跡形もない。
「え? 何? 消し炭どころか消滅!?」
マミィ半端ないってー!!
唖然として、その場に立ち尽くしていると……。
「……あのう、もう下ろしていただいても?」
背中から、遠慮がちな声がした。
「あ、うん、ごめん」
慌ててしゃがみ、少女を下ろす。
「いいえ、こちらこそ、あなた様を危ない目に遭わせてしまって……」
俺の背中から下りた少女は、なぜかモジモジしている。
「わたくし、神官見習いのジェシーと申します。もうすぐ独り立ちの歳の十六になるので、森で修行をしておりましたの。近くに回復の泉があるからと油断して、MP切れのままモンスターと遭遇して不覚をとりました」
「そうだったか。俺は魔王を倒す旅の途中なんだ」
そう言った俺を、ジェシーは目を丸くして見つめる。
「あの魔王を!? すごいですわ……!」
尊敬のまなざしをビシビシ感じる。照れる一方で「マジ? そんな強いの魔王?」とビビる気持ちも湧いてくる。
まあでも大丈夫だろ! 俺は異世界転生者なんだから!
「だからわたくしを助けてくださったのですね……。普通の人間は、魔物が放つ瘴気を恐れて、魔物に襲われている人を助けようとなどしませんもの」
え、そうなの? いや、それはこの世界のことを知らなかったからできたんだわ……と冷や汗をかく。
「素敵ですわ……アカヤ様」
すっかり憧れの的になってしまったようで照れ臭い。
「まあ、今度からMP切れには気をつけなよ」
「はい……本当にありがとうございました」
だが、彼女は立ち去る気配がない。気品あふれる美少女を前に、非モテコミュ障の俺は気まずくなって、自ら身を翻そうとする。
「……あのっ!」
すると、ジェシーが叫んだ。その頬は赤く染まり、両手を身体の前でもじもじと揉んでいる。
「もしよろしければ……わたくしをお供させてくださいませんか?」
「はい!?」
耳を疑って聞き返すと、ジェシーはうっとりしたまなざしを向けてくる。
「決めましたの。わたくし、アカヤ様についていきますわ」
「え? でも、修行は?」
「アカヤ様と旅をする中で、様々なモンスターと対峙することがあるかと思います。それも修行ですわ」
ジェシーは嬉々として答えた。
「そうなんだ。えーっと、じゃあ……」
断る理由がなくなった。彼女は回復魔法と少しの攻撃魔法が使えるらしく、仲間として心強い。何より、こんな美少女なら目の保養としてもありがたい。
「わかった、よろしくジェシー」
俺はジェシーを仲間にすることにした。チャンチャンチャンチャン~と脳内にメロディが流れる。
「ありがとうございますっ! わたくし、命の恩人のアカヤ様のために頑張りますわ」
ジェシーの大きな瞳はキラキラと輝いていて、照れ臭くて目を逸らした。
「命の恩人だなんてそんな……」
そのとき、向こうからマミィが走り寄ってきた。
「アカちゃーん、大丈夫!?」
そこで、マミィにジェシーが仲間になることを伝え、ジェシーにもマミィと旅をすることになった経緯を話した。
「……というわけでして」
「アカちゃんは、女神様がマミィにくれた大切な赤ちゃんなの」
俺のあとにマミィが言うと、ジェシーの顔が見事に引きつった。
だよね! お察しします!
「そ、そうですの……。それであの魔法が使えましたのね……」
転生の瞬間を見たマミィは俺が異世界から来たことを知っているが、そうでない人には説明がややこしいので、俺は遠くの東の国から来たことにした。
「道理で、珍しいお名前だと思いましたわ」
ジェシーはすんなり信じてくれたようだ。
そんな彼女に向かって、マミィはふと顔を険しくする。
「あっ、でもジェシーちゃんが仲間になっても、アカちゃんのママはマミィだけだからね? アカちゃんを甘えさせちゃダメだよ?」
幼い野性的な嫉妬の混じったマミィの声に、ジェシーがげんなり顔になる。
「しませんわよっ!」
「約束だよ? もし破ったら……マミィ、ジェシーちゃんに何するかわからないからね?」
マミィはにこっと微笑む。
マミィ怖ぇ!
ジェシーもゾッとした表情で顔を大いに引きつらせる。
「き、気をつけますわ……」
ともあれ、こうして俺たちは三人で旅をすることになった。
ジェシーと共に、俺たちは再び森を歩き始めた。
見渡す限りずっと鬱蒼とした木々が続き、晴天か曇天かもわからないほど背の高い木が密に葉を茂らせている。少し湿った地面を、マミィが履かせてくれた革靴で踏みしめていく。
マミィが俺に着せてくれた服は、麻袋に首と腕を出す穴がついたような上衣と、おしゃれなステテコのようなパンツだ。上衣は革ベルトで動きやすく留めてあり、RPGの初期装備のようなファンタジー感あふれるいでたちだ。
マミィは、華やかなピンク色のストールを巻きつけてワンピース様にした服を身につけている。俺の服と同じく、森で拾ったものらしい。
「ここでモンスターに襲われたら、ちょっと怖いな」
しばらく森を歩き、俺は手にした木の棒を見て呟いた。
ジェシーには回復の泉でMPをフル充電してもらったが、戦闘では攻撃より回復役に向いているらしい。
マミィにはチート級の古代魔法があるが、あれはあくまでも「俺の身に危険が迫ったとき」に発動するもので、俺もできたら危険に晒されたくない。第一、マミィがモンスターを倒すのでは俺は英雄になれない。
「俺が戦うには、ちゃんとした武器を手に入れないとな……」
「武器でしたら、この森を抜けた先にある町に行けばあると思いますわ」
ジェシーの発言に、俺は「えっ」と食いついた。
「町? 近くに町があるのか」
「ええ。町には武器屋がありますもの」
「あ、マミィも聞いたことある! 町って人がいっぱいいるんだよねぇ」
マミィが目を輝かせる。こういうところは好奇心旺盛な子どもなんだよな。
「よし、じゃあ早くその町に行こう!」
俺たちは町の武器屋に向かうことにした。
「でもさ、マミィはずっと人間に会ってなかったんだろ? 町のことなんてどこで聞いたんだ?」
歩きながら素朴な疑問をぶつけると、マミィは微笑んで答えた。
「森にはいろんな仲間がいるんだよ。動物さんだけじゃなくて、ゴブリンさんとか人間の言葉をしゃべる仲間もいるの。マミィは森のみんなに育ててもらったんだ」
なるほどな、と納得していると、マミィが前方を見て声を上げる。
「あ、さっきの!」
見ると、そこには先ほど遭遇したグロブタリスがいた。俺が魔物だと思ったやつだ。
「さっきはごめんな」
俺が謝ると、グロブタリスは身を翻して木々の中に飛び込んだ。その行き先にひと回り大きなグロブタリスがいて、今飛び込んだやつはそいつの胸元に顔を埋めて、乳を吸うような仕草をする。
「お母さんだ! まだ赤ちゃんだったんだね」
よかった、と呟くマミィを見ると、彼女が今まで森の中で人間以外の生き物と仲良く暮らしてきたことがわかる。
「おっぱいか、いいな」
俺も微笑ましい気持ちになって、思わず呟いた。それは100%純粋な気持ちで、他意はゼロだったのだが。
「…………」
強い視線を感じて振り向くと、女性陣二人が俺を見てフリーズしていた。
「え、な、なんだよ!?」
動揺していると、ジェシーが口を開いた。
「サッ、サイテーですわっ! 何をおっしゃってますの!? おっ……『おっぱい、いいな』ですって!?」
「えっ、いや誤解だよ! 『いいな』は『可愛いな』って意味で……」
「わたくしは神官の卵、けがらわしいことを言う殿方は許せませんわっ!」
ジェシーは真っ赤になって聞く耳を持たず、自分のウエストポーチから小瓶を取り出して俺に振りかける。
「うわっ冷たっ!」
「聖水ですわっ! これで頭をお冷やしになって!」
「聖水って魔物に使うモンだろ!?」
「ですから、アカヤ様に取り憑きし破廉恥モンスターよ、今すぐ出て行きなさいっ!」
破廉恥モンスター呼ばわりか、俺!
「……アカちゃん!」
聖水をよけていると、背後からマミィに呼ばれて振り向いた。
マミィは頬を赤くして、もじもじとワンピースの裾を握っている。
「……気づいてあげられなくてごめんね。アカちゃん、ずっとそれを求めてたんだね……」
恥ずかしそうにそう言った。
「本物のママじゃないから、出るかわからないけど……アカちゃんが欲しいなら、いいよ」
「ちょっと待って! なんの話!?」
わかってるような気がするけど!
「だって……欲しいんでしょ?」
マミィは目の縁まで赤く染めて囁く。
「……おっぱい」
「違うんだ! ごめんなさい!」
いくら一回り若返って十代になったとはいえ、幼女のおっぱい吸ったらアウトだろ!
「遠慮しないで? マミィのこと、ほんとのお母さんだと思って甘えていいんだよ?」
マミィはそう言うと俺の手を取り、自分の胸に強引に押し当てた!
「……!」
ふよふよとやわらかい、温かな弾力……なつかしい感触だ……そうか、マミィは俺のお母さんだったのか……。
「って違う! 本物の母親だったとしてもヤベーだろ!」
こんないい歳して母の胸をわし掴む息子がいるかー!
「サイテーですわ、アカヤ様! いくらそのちびっこが年齢不相応のバストを持っているからといって……ああっ悔しいっ!」
「違うんだ、今のはマミィが勝手に……!」
そうして俺を詰るジェシーと、執拗におっぱいを与えようとするマミィとの板挟み地獄でしっちゃかめっちゃかになりながら、なんとかして二人に誤解だと訴えた。
「……そっか。アカちゃん、おっぱいが欲しいわけじゃなかったんだね。勘違いしてごめんね」
ようやくわかってくれたマミィが、どことなく残念そうに言う。
ジェシーはまだプリプリしてそっぽを向いている。
俺を甘やかすためならおっぱいも辞さないマミィと、潔癖聖職者のジェシーという、なかなか難儀なパーティであることがわかった。
「いや、こっちこそごめん。本来ならマミィは村の赤ちゃんを可愛がってたんだろうに、それなら問題なかったのに……赤ちゃん役がこんなデカくて」
俺の身長は日本人男性の平均でガタイも普通だけど、マミィにしてみれば充分手に負えないサイズだ。
「そんなことないよ」
マミィはふんわり微笑んだ。俺の手を取り、慈しむように撫でる。
「マミィはね、初めて会うのがどんな子でも、心から可愛がってお世話しようと思ってたの。ずっと前から、アカちゃんに会えるのを楽しみにしてたんだよ」
それを聞いて、心がじんわり熱くなるのを感じる。
母親に「孫の顔も見られないなら育てて損した」と言われたこと、そのときの虚しい気持ちが浄化されていく。
気がついたとき、俺はマミィに抱きついていた。
「マミィ……!」
俺はキミに可愛がってもらうために生まれてきたのか……!
前世での辛いことも、きっとみんなそのためにあったんだ……!
「ちょ、ちょっと!?」
そこで、さっきまで背を向けていたはずのジェシーが、マミィに甘える俺を見てぎょっとしたように叫んだ。
「何をしてますのあなたたち、フケツですわっ!」
「アカちゃんは不潔じゃないよ~! 昨日も川で、頭からつま先までマミィがキレイキレイに洗ってあげたもんね~」
「はぁっ!? それって、それって……破廉恥すぎますわっ!」
「……ち、違うんだ!」
ハッとして、俺はマミィから離れる。おっぱいは回避したのに、結局こうなってしまった。
「マミィが勝手に洗ってきて! でも大事な場所は死守したから!」
「そういう問題じゃありませんわっ! あなたたち、変態ですわーっ!」
ジェシーの絶叫が森の中にこだまし、驚いた鳥たちがバサバサッと空へ飛び立った――。
そんなドタバタがありつつも、俺たちはついに森を抜け、町へやってきた。
そう大きな町ではないのは、遠目から見てわかった。
町外れから家々がポツポツと並び、しばらく歩くと町の中心と思われる商店街が現れる。家も店も煉瓦造りの三角屋根で、商店街あたりの道は石畳で舗装されていた。察するに、だいたい中世ヨーロッパくらいの発展具合なのかな?
「わ~これが町なんだね~!」
マミィは目を輝かせて、左右に連なる店を見ながら歩いている。
「すごーい! 人がいっぱいいる!」
とはいえ小さな町なので、新宿や渋谷に比べたら人通りはまばらだが、マミィには充分驚きなのだろう。
そんな商店街の一角に、武器屋はあった。
「ここですわ。武器のマークがありますでしょう?」
ジェシーが指差したのは、店の入り口の上にある金属製の看板だ。剣のような絵が浮き彫りになっている。
「……そういえばですけど、アカヤ様はこちらのお金をお持ちですの?」
店に入ろうとしたとき、ジェシーに尋ねられた。
「あっ……」
大事なことを忘れていた。裸一貫(文字通り)で転生した俺は、どちらのお金もお持ちではない。
「えーと、そうだな、うーん……」
一週間タダ働きで店番する……とかで許してもらえないかな? なんて甘いことを考えていると、ジェシーが急にモジモジし始めた。
「……わたくし、父が大神官ですの。正直、家は裕福ですわ」
「うん?」
なんだ自慢か? 感じ悪いぞ?
「修行中の身ですが、わたくしもお金には不自由しておりませんし、アカヤ様さえよろしければ、お支払いしてもよろしくってよ?」
「おお!」
そういうことか。妬んでごめん!
「助かるよ、ありがとう! 買った武器でモンスター倒しまくって、早く英雄になって返せるように頑張るな」
「いえ……返さなくても、けっこうですわ」
「え?」
いや、そんなわけには……と戸惑っていると、ジェシーは顔を赤らめた。
「わたくし、初めてでしたの。両親に大切に守られていたから、命の危険なんて、先ほどモンスターに襲われるまで感じたことなくて……」
それは平成生まれの日本人だった俺もすごく共感できる。
「だから、助けていただいて本当に感謝しておりますの……」
「つまり、助けたお礼に、武器代は返さなくていいと……?」
俺が問うと、ジェシーはちょっと困ったように視線を外す。
「と言いますか、わたくしの家計とアカヤ様の家計はいずれ一つになるかもしれませんし……」
小声で何かゴニョゴニョ言っているので、聞き返そうかと思った、そのとき。
「うちの店の前で何やってんだ、テメェら!」
背後から、男の怒鳴り声が浴びせられた。振り向くと、角刈りの中年男性がこちらをにらみつけていた。
「ゆうべの盗賊の仲間か!? 言っとくが、うちにはもう武器なんか一個もねぇぞ」
「えっ!?」
後半の内容に驚いていると、近づいてきた男は、俺たちを見て多少表情を和らげた。
「女子どもに神官様か……? どうやら盗賊じゃねぇみてぇだな」
「わたくしたち、武器を買いにきたのですわ」
そこでジェシーがすかさず言った。マミィもうんうんと頷く。
「お客さんだったか。怒鳴りつけて悪かったな」
武器屋の店主らしき男は眉を下げて詫び、再び厳しい表情になる。
「だが、今言った通りうちにゃ品物はねぇ。他を当たってくんな」
「他って……他の武器屋はどこにあるんですか?」
俺が訊くと、店主は首をかしげる。
「この町にはねぇから、よその町だな。丸一日歩けば隣町に着く」
「丸一日……」
丸腰で丸一日か……語呂はいいけど、不安なことこの上ない。
「なんとかなりませんの? 剣一振りでも」
ジェシーが食い下がってくれるが、店主は首を振る。
「悪いが根こそぎ持っていかれちまってな。飾り物の武器を含めて、弓矢一本残さず盗られちまった。この分じゃ当分店じまいだ」
「ひどい……誰がそんなこと」
マミィが心を痛めたように呟く。心優しい彼女のことだから、店主の気持ちになっているのだろう。
「盗賊団だ。『黒いイナズマ』と呼ばれてる連中だよ」
ふむ……なんか前世に似たような曲名があったな。覚えやすい。
「やつらは少し前から町外れにアジトをかまえて、ここいらで盗みを働いてやがるんだ」
「敵の居場所がわかっていますのに、取り返しに行きませんの?」
ジェシーが尋ねると、店主は顔をしかめて首を振った。
「連中は腕っ節の強さで有名だ。素人にゃ太刀打ちできっこねぇし、強者を雇う金もねぇ。それに……」
と店主は眉をひそめる。
「そのアジトは、昔ゴブリンたちの住処だった場所だ。ゴブリンには呪いをかける力があるというし、そんなとこ近づけねぇよ」
そこでマミィが驚いた顔になる。
「ゴブリンさんたちは呪いなんかかけないよ?」
店主は「ん?」とマミィを見る。
「なんだ? 嬢ちゃん、ゴブリンと友達みてぇな言い方だな」
マミィが頷きかけたとき、店主は首を横に振った。
「いや、そんな人間いるわけねぇか」
そして、改めて俺たちを見る。
「ともかく、そんなわけで、悔しいが泣き寝入りだ」
そう呟いた店主は本当に悔しそうで、他人事ながら気の毒になってしまう。
「……よし」
俺は低く呟いた。
「それなら、俺たちでその盗賊を退治しよう」
これこそが、今田赤哉が英雄になるための最初の試練だ。
「アカちゃん!?」
「武器もないのにどうやって立ち向かいますの!?」
マミィとジェシーが慌てた様子を見せるが、俺はもう決心していた。
「ここで武器が手に入れられなかったら、モンスターがいつ出るかわからない中を丸腰で丸一日歩かなきゃいけないんだ。やるしかないだろ」
「そうですけど……」
「俺がやられたときは回復を頼む」
俺の決意が伝わったのか、ジェシーは緊張の面持ちで頷く。
「……わかりましたわ、アカヤ様」
そうして、俺たちは店主から詳しい話を聞いて、盗賊のアジトを目指した。
町を出ると、枯れかけの下草が生えた平原が見渡す限り広がっていた。ここから小さく見える森の近くに、盗賊団「黒いイナズマ」のアジトがあるらしい。
太陽は高く昇り、上からジリジリと暑さが迫ってくる。この世界の四季や気候がどうなっているのかまだわからないけど、体感では日本の五月くらいの陽気だ。
「なんか喉渇いたなぁ。腹も減ったし」
何気なく呟いてしばらく歩いていると、ふと視線を感じる。
振り向くと、マミィが俺をじっと見つめていた。
「……おっぱい、飲む?」
自分の胸を押さえて、上目遣いにそう尋ねてくる。
「いや違うんだ!」
さっきのは誤解だから忘れて!
「でも……」
「マジで大丈夫だから! ほんとの赤ん坊じゃないし、俺にあんまり気を遣わないでくれよ」
ちょっと冷たい言い方になってしまったかと反省しかけるが、マミィにはこれくらい言わないと通じないのかもしれないと思い直す。
マミィは少しシュンとした様子になりつつも、
「わかった……」
と、おとなしく引き下がった。
「……そういえば、腹も減ったな」
気を取り直して、俺は呟いた。
「町で昼食をとればよかったかもしれませんわね。もうお昼ですもの」
ジェシーが高く昇りつつある太陽を見上げて言う。
この世界にきてから何度か食事をしたが、それは全部マミィが用意してくれたものだった。
マミィは森で採集中心の生活をしていて、俺に振舞ってくれたのも果実やキノコが多かった。あっさりメニューなので、すぐにお腹が減ってしまう。
「とりあえず飲み水を探すか」
「あそこに湖がありますわ。あそこまで行ったら少し休みましょう」
ジェシーが指したのは、森の手前にある小さな湖らしき水辺だった。そこまで行けばもうアジトは目と鼻の先だが、戦いの前にコンディションを整えるべきだろう。
湖に向かって歩いているとき、隣にいたはずのマミィが少し遅れていることに気づいた。
「マミィ? 疲れたか?」
振り返った俺の目に飛び込んできたのは、俯いてしゃくりあげるマミィの姿だった。
「うっ……ひっく……うっく……」
「どうした!?」
驚いて尋ねると、マミィは顔を上げた。涙にまみれた愛らしい顔を手の甲で拭い、口を開く。
「ふぇ~ん……もう我慢できない……アカちゃんを甘えさせたいよう~!」
俺とジェシーの目が点になった。
「……な、何を言ってますの?」
「もしかして、さっき俺が『気遣うな』って言ったからか?」
マミィが頷く。
「こんなにアカちゃんを甘えさせたいのにぃ~何もできないなんて~!」
「わ、わかった、わかったよ! 甘える! 俺を甘やかしてくれ!」
幼女をいじめているような図に耐えきれず叫んだ。すると。
「……ほんと?」
マミィはぴたっと泣き止み、嬉しそうに両手を広げる。
「わーい! おいで~アカちゃん!」
「お、おう……」
ジェシーの目を気にしつつ、ここは仕方ないよなとマミィに抱きつく。
「アカちゃん、いい子いい子~よしよし~」
マミィが俺の顔を強く抱きしめ、ふかふかな胸に顔がめり込む。
「ちょっ、マミィ、息が苦しい……」
死因が「幼女のパイ圧で窒息」なんて、前世に比べて大出世の感があるが、魔王を倒すまでは死ぬわけにいかない。
「息が苦しい!? 大変、アカちゃんに人工呼吸しないと……!」
「って、さすがにそれはわたくしが許しませんわよ! お離れなさいっ!」
ジェシーが割って入り、なんとか俺の唇は守られた。
そんなタイムロスがありつつも湖に到着した俺たちは、まず湖水で喉を潤した。次いで、マミィが湖のほとりで食べられる果実を探して持ってきてくれる。
「いただきまーす! ……うまい!」
マミィが採ってきたのは、ラズベリーやさくらんぼを思わせる赤い果実だ。噛むと外側の皮がプチッと弾け、ハチミツのように甘くジューシーな果肉が現れる。食べたことのない味の果物だった。
「ハニーグレープの実だよ」
マミィは、がっついて食べる俺を見て、嬉しそうに微笑んだ。
「マミィの分も食べていいよ、ほら」
「え、でも」
「また採ってくるから」
そう言って、俺の手にどっさりハニーグレープを載せる。
「いっぱい食べられて偉いねぇ」
愛おしそうに目を細めて、マミィは俺の頭を撫でる。
「いい子だね~アカちゃん」
「や、やめろって……」
とは言いつつも、ヨシヨシしてくれる手が気持ちいいのは否めない。
「過保護ですわ! 幼児でも自分で採れますわよ!」
ジェシーはツッコミながら、自分で摘んできたハニーグレープを上品に食べている。
そこで、マミィが俺の顔を見て「あっ」と声を上げた。
「口の横に赤いのついてる」
ハニーグレープの実は真っ赤だから、食べているうちに汁がついたのだろう。手でこすろうとしたとき、マミィが俺の顔に手を伸ばしてきた。丸いやわらかな指先が唇の端を拭ってくれる。
こうして近くで見ると、マミィはやっぱり可愛い。甘やかし方には問題があるけど、見た目は天使そのものだ。
「はい、取れたよ」
そう言うと、マミィは自分の指についた赤い汁をペロッと舐める。
「うん、甘いっ!」
「ちょ、マミィ……!」
自分の口の端についていたものなので、恥ずかしくなってうろたえてしまう。そんな俺を見て、マミィはますます笑顔になる。
「ちゃんと拭いてあげないと、かっこいいお顔が台無しだからね」
「いや、そういうことじゃなくて……てか何言ってんだよ……」
昔から容姿にまるで自信がないので、褒められると照れてしまう。
絶望的なブサイクではないと思うが、特に褒めるべきところも見当たらない平凡な顔立ち。それくらい自覚してる。
「だってアカちゃん、とってもかっこいいもん」
「んなことないよ」
「マミィ、嘘は言わないよ。アカちゃんのお顔はとっても素敵。ちゃんと見てごらん?」
マミィは真剣だ。嘘やお世辞ではなさそうな気がして、つい「もしかしてそうなのか?」と思ってしまう。
すでに水たまりや川の水面で何度も確認して(そこで若返っていることに気づいた)、イケメンに生まれ変わっていないことは百も承知だけど、一縷の望みを抱いて湖に近づいた。
だが、湖面をのぞきこんでみると、そこにあった顔は、見慣れた顔とは似ても似つかなかった!
刻み込んだような皺が幾重にも現れた肌、ギョロリと大きな目玉、醜い造作、そして……緑色の皮膚。
「ギョエ――――ッ!」
卒倒しそうな衝撃を受けて、奇声を上げてその場で跳び上がった。
「アカちゃん!?」
「アカヤ様!?」
マミィとジェシーが駆け寄ってきたとき、俺は尻餅をついてブルブル震えていた。
「バケモノ! バケモノになっちまった、俺!」
ところが、湖面に映ったバケモノの顔は、そのままにゅっと水面から浮かび上がった。
その顔が、こちらを見て口を開けた。
「やあ、マミィ」
バケモノの俺が喋り出した!?
それを見たマミィは声を上げる。
「ゴブリンさん!」
ゴ……ゴブリンさん!?
「じゃあ、この人(?)が、マミィが森で友達だったゴブリンなんだな」
落ち着いた俺は、目の前の生き物を見る。二足歩行で、木みたいな茶色の服を着たそれは、遠目なら人間の子どものように見えなくもないが、それゆえ緑色の肌が違和感だ。
「マミィが盗賊退治に行くって聞いて、アドバイスにきたんだよ」
ゴブリンはそう語った。
「盗賊がいるのは僕たちの昔の家だっていうからね」
「聞いたって、誰から?」
ここにはスマホもパソコンもないのにと不思議に思う。
「森の鳥からさ。マミィが森を出たのが心配で見にきたんだって」
森の仲間ネットワークすげぇ!
「ありがとう、ゴブリンさん」
マミィは嬉しそうに言って、俺の腕をぐいっと引き寄せる。
「マミィの大切な赤ちゃん、ゴブリンさんに見せられて嬉しいよ」
「元気そうな子じゃないか。幸せになれよ、マミィ……」
「いい話風になってますけどおかしいですからね!? この方赤ちゃんじゃありませんし!」
ジェシーがツッコむが、マミィもゴブリンも涙ぐんでいて聞いちゃいない。
「いつも言ってたもんな、マミィ。『赤ちゃんができたら、たくさん甘えさせて、おっぱいもあげたい』って」
言ってたのかよ!
「その夢が叶ったんだな……」
「うん……」
「いや、まだ叶えさせてねーからな!?」
そこはツッコんでおかないといけない気がした。
「……そういえば、ナニー族は『物心ついて初めて見た人間』を可愛がるんだろ? なんで、ゴブリン……さん、じゃなくて俺だったんだ?」
マミィと仲睦まじげに話すゴブリンを見て疑問に思ったことを尋ねる。
「それは僕らが『人間』じゃないからだよ。見てわかるだろ?」
ゴブリンが当然のように答えた。
あ、なるほど……「人間」ってほんとに厳密に「人間」なのね。
納得した俺は、ふとマミィからの強い視線を感じる。
「……なんだ?」
「アカちゃん……」
マミィはなぜか頬を染め、目をうるうるさせている。
「もしかして、ゴブリンさんにヤキモチ焼いてるの?」
「はい?」
「大丈夫、マミィはアカちゃんだけのママだよぉ~っ!」
そう言うと、マミィは俺に抱きついてきた。
「うわっ!?」
勢い余って地面に倒れ、俺はマミィに押し倒される形で横たわる。
「ヤキモチ焼きなアカちゃんも可愛い可愛いだよ~!」
マミィがぎゅっと抱きついてくる。
「いや、違うって……!」
「大丈夫、ゴブリンさんもグロブタリスさんもブスクマザルさんもお友達だから! マミィの赤ちゃんはアカちゃんだけだよ~っ!」
っていうか森の仲間ブサそうなやつ多くない!? ゴブリンの手前言えないけど!
「ちょっと! 何してますのあなたたち! い、いかがわしいですわーっ!」
「違うよ、お嬢さん。これは美しい母子のたわむれなんだ」
俺たちを見てわなわな震えるジェシーに、ゴブリンの謎のフォロー。
敵のアジトを目の前にして、パーティはなぜか混沌としてきたのだった。
そんな一悶着のあと、ゴブリンは俺たちにアジトの構造を教えて帰っていった。それを参考に、俺たちは突入作戦を立てる。……と言っても普通に正面突破だけど、中がわかっているのといないのとでは心構えが違う。
「よし、これで万全だ!」
勝てる気しかしない!
自信をつけた俺は、最後に準備運動に取りかかった。だがアキレス腱を伸ばしているとき、はりきりすぎて足首がグギッとなってしまう。
「イテッ……!」
するとマミィが走り寄ってきた。
「大丈夫!? アカちゃん!」
こちらが答える間もなく、俺を草むらに横たえる。
「よしよし、今手当てしてあげるからね~っ!」
どこから取り出したのか、マミィは包帯で俺の足首をグルグル巻きにした。
「えっ!? いや大丈夫だって! 捻挫にすらなってねーし!」
「ふぇ? そうなの?」
マミィは泣きそうな顔だ。
「何やってますの? 軽い怪我くらいなら、わたくしの魔法で治せますわよ」
ジェシーが呆れたように言い、 俺たちは仕切り直して作戦決行に向かった。
盗賊団「黒いイナズマ」のアジトは、土を盛り上げて作った茶色い巨大なかまくらのような外観だった。その巨大かまくらの端に、人が這いつくばってやっと通れるくらいの穴がある。
「あそこが入口だな」
作戦通り、俺たちは入口に向かった。
「……暗いな」
中は、人気も灯りもなく視界が悪い。ぼんやり光を感じる方を見ると、下へ階段のように続く土の道があったので、マミィたちと目を合わせて無言で向かった。盗賊は広い地下の部屋にいるだろうというのが、ゴブリンから聞いた話だ。
「……あれが盗賊か」
階段の終わりは、洞窟のような広い空間に続いていた。そこに大勢の人間がいるのは、灯りと、男たちの荒っぽい談笑の声から明らかだ。
ここまでおよそ一分。首尾は完璧だ。
「よし、行くぞ……」
息を呑み、固く拳を握る。
そこで、後ろのジェシーがウエストポーチから何かを出して顔につけたのに気づいた。
「なんだ、それ?」
「スキル・スコープですわ。これをつけていると、戦闘中に相手が特殊能力を使った場合、その能力の名前や特性がわかりますの」
よく見れば、それは確かにメガネのような形のものだ。
「へえ、便利だな」
そこで俺はふと思いついた。
「それで、俺のことも見てくれよ」
俺の言葉に、ジェシーは意外な顔をする。
「アカヤ様は能力をお持ちですの?」
「わからないけど、何かすごい力を持ってる気がする」
なぜなら、俺は異世界転生者だから。チート級の能力者に決まってる!
不安な気持ちも確かにある。でも、それ以上にワクワクしていた。
日本にいた頃、日々の憂さを忘れるためにネットで読んでいた異世界冒険譚の数々が思い出される。
俺は今、あの主人公たちと同じ英雄になるんだ!
「そこまでだ!」
俺は階段の陰から勢いよく飛び出た。
叫んだ声は、洞窟の中で思った以上に通った。談笑は止まり、男たちの視線が一斉にこちらへ集まる。
盗賊たちは酒盛りの最中だったようで、それぞれがジョッキらしきものを持って、日焼けした顔を赤くしていた。
「……なんだぁ?」
ガラの悪い屈強そうな男たちの中で、ひときわ存在感を放つ男がこちらへ一歩進み出た。
タンクトップのような上衣から出た、ボンレスハムのごとく発達した上腕二頭筋。そこに描かれた稲妻模様の黒いタトゥーを目にして、思わず足がすくむのを感じた。
「アカちゃん、辛いときはいつでもマミィが抱っこしてあげるからね!?」
マミィの声で、緊張感がちょっと緩む。でもここでマミィに抱っこされてるわけにはいかない。俺の勇姿を見てろよ、マミィ、ジェシー!
「はぁっ!」
俺は気合の声を上げ、拳を振り上げて走り出した。だが、盗賊の視線に威圧されて、微妙に進路が逸れて壁にたどり着いてしまう。
「やーっ!」
再び走り出し、今度こそ盗賊へまっしぐら……のはずが、やっぱり気づくと壁の前にいた。
「……何やってんだ、あいつ」
「さあ……新手のパフォーマーか?」
盗賊たちがざわついている。
「くそっ! 今度こそ!」
そんなことを何度かやっているうちに、戦う前からヘトヘトになった。片膝をついて休んでいると、目の前に大きな影が立ちはだかる。
見上げると、稲妻タトゥーのボスが、邪悪な笑顔で俺を見下ろしていた。
「どうした小僧? へなちょこ踊りはもうおしまいか?」
そして、周りの子分に命令する。
「こいつらをつまみ出せ!」
子分の数人が、入口近くにいたマミィとジェシーの方へのそりと向かった。
「なんだ、ガキじゃねぇか」
「おっ、こっちのお嬢ちゃんは上玉だな。俺たちと遊ぼうぜ」
マミィをスルーした子分たちが、ジェシーに目をつけて彼女の手を掴む。
「何ですのっ! わたくしは神官の卵ですわよ!? おやめなさい!」
「いいねぇ、汚れなき女神官なんてそそるじゃねぇか」
ジェシーの抵抗も虚しく、屈強な男たちに連れていかれそうになる。魔物ではないので攻撃魔法を使うわけにもいかず、ジェシーは泣きそうな顔で俺を見た。
「アカヤ様……!」
「やめろっ!」
俺はそちらへ駆けつけて、ジェシーに触れている男たちに向かって叫んだ。
「おっと、なんだ小僧」
「やるのか?」
男たちが、人相の悪い顔で俺にすごむ。だが、ここで引き下がったらジェシーがさらわれてしまう。
「俺の仲間から手を離せ! 彼女はお前らみたいな汚いやつらが触れていい人間じゃない」
勇気を振り絞って、そう言い放った。
「アカヤ様……」
ジェシーは俺を見つめ、嬉しそうに呟いた。その瞳は潤んでいる。
子分たちは彼女から手を離し、憤然とした表情で俺を見た。
このまま引き下がってくれ……祈るような気持ちで、やつらをにらみつけていたのだが。
「……おい、クソガキ」
背後から殺気を感じ、振り向いた瞬間、左頬に鈍い痛みと衝撃を感じて、地面に倒れ伏した。
殴られたのだとわかったのは、やっとのことで身を起こして、目の前に仁王立ちしている盗賊のボスを見上げたときだった。
「その侮辱、聞き捨てならねぇなぁ。わかるだろ? こいつらは『俺の仲間』なんでね」
ボスは凶悪な微笑を浮かべ、握り拳をバキバキと鳴らしている。
もうダメだ、絶体絶命だ、前世で友達と口喧嘩すらしたこともない俺は、ここでバチボコ殴られるしかない……そう思って目を閉じた。そのとき。
「アカちゃん!」
背後から軽い足音が聞こえてきて、目の前で止まった。
「マミィのアカちゃんにひどいことしないで!」
目を開けると、マミィは俺とボスの間に立って、俺を庇うように両手を広げていた。
「マミィには何してもいいから! アカちゃんにだけは……お願い!」
「……な、なんだ?」
盗賊のボスはひるんでいる。その隙を見て、マミィは俺を抱きしめた。
「アカちゃん、大丈夫? 痛かったよね、マミィがついていながらごめんね」
マミィは俺の顔を包み込むように抱きしめ、頬を撫でてくれた。
「よしよし、アカちゃんは勇敢だね……いい子いい子だよ」
俺を抱く手に力が込められる。
「アカちゃん、すごいよ……かっこいい。よく頑張ったね」
マミィは俺の耳元に口を寄せ、温かな声色で囁く。
「そんな……ことないよ、俺……」
ジェシーを救おうと敢然と飛び出したのに、ボスに一発殴られただけで戦意喪失してしまった。それなのに、マミィはこうして労ってくれるのか。
「マミィはアカちゃんが大好きだよ」
マミィのやわらかい胸の感触を顔面に感じる。俺が膝立ちでマミィが立っているから、抱き合うとちょうど顔の位置にマミィの胸がくるのだった。
「でも、こうしてアカちゃんをいい子いい子してると、ちょっぴり胸がざわざわするの……」
「えっ……?」
顔を上げると、マミィは愛らしい目を細め、ほんのり頬を赤くして俺を見つめていた。
「これってなんでかな? 村のお姉さんたちは、そんなことは教えてくれなかったけど……」
そう言って、くすぐったそうに微笑む。
「アカちゃんがほんとの赤ちゃんじゃなくて、かっこいいお兄さんだからかな?」
「マ……」
マミィ!
決めた俺、マミィが大きくなったら結婚する! 孫の顔を見せてやれるぞ母ちゃん! どうにかして会いにきてくれ異世界へ!
さすがに今はまずいけど、あと五年もすれば問題ないよな!?
「ちょっと! 何やってますのあなたたちっ! 敵の前ですのよ!?」
ジェシーが焦ったような声を上げ、俺は我に返った。
「うわっ、マジだ!」
ってか俺ヤバくない!? 何考えちゃってんの!?
「ち、違うんだ、これはあの、その! 孫の顔がアレでソレで!」
「何をおっしゃってますの!? あなた変ですわ、熱でもありますの!?」
「お熱!? アカちゃん、大変!」
心配したマミィが俺におでこコツンしてきて、場はますますカオスになる。
「よしよし、お熱はないですね~。ぽんぽんは? 喉は痛くない?」
「いや違うんだ、これはその! 引くなジェシー! 俺は巨乳の成人女性が好きなんだーっ!」
するとジェシーの顔色が変わる。
「サッ……サイテーですわっ! なんて破廉恥ですのーっ! ひどいっ!」
そう叫び、自分の胸を押さえて泣き崩れてしまう。
「えっ!? いや、違うんだ!」
よくわからないが「巨乳」のワードが彼女を傷つけてしまったらしい。
「ジェシーはほら、顔はいいから! 胸は伸びしろだって!」
「アカちゃん、大きいおっぱいがいいの!? マミィのお胸がもっと大きくなったらおっぱいしてくれる!?」
「いや、そうじゃないしキミはそれで充分だマミィ!」
もう誰をどうフォローしていいのかわからず右往左往する。
盗賊たちもまた、そんな俺たちを見てざわついていた。
「なんだあいつ……」
「幼女に守ってもらったかと思ったら、抱きついて赤ちゃんみたいに甘え倒してやがった……こんな場所で」
「大声で巨乳好き宣言もしてたぜ」
「完全にやべぇやつだ……怖ぇ!」
「そういえば、ここは昔ゴブリンたちの巣だったそうだな……」
「もしかして、これはゴブリンの呪いか!?」
「おっかねぇ! こんなところもういられねぇよ!」
「今すぐ逃げよう! 武器なんかまた盗みゃいいさ!」
雪崩のような音を立てて、男たちが一斉に地上へ向けて走り出す。
気がついたとき、地下空間には俺たち三人しかいなかった。大量の武器も食事の残骸もそのままで、盗賊だけが姿を消している。
「…………?」
これってどういうことだ……?
よくわからないけど盗賊がいなくなってるってことは、俺が盗賊を撃退したんだよな!? やっぱ俺、能力者なんだ!?
「アカヤ様」
興奮する俺に、ジェシーが近寄ってきて声をかけた。
「あの……嬉しかったですわ。わたくしのこと……『可愛い』って」
伏し目がちに言ったジェシーは、赤い頬を両手で押さえた。そして、自分の胸の方をそっと見る。
「……伸びしろ、頑張って育てますわね。今回も助けてくださって、ありがとうございました。心から感謝いたしますわ……」
ジェシーのことを「可愛い」と言ったかどうかはよく覚えていないが、機嫌を直してくれたようでよかった。
「いいっていいって」
そんなことよりも、気になって仕方ないことがある。
「で、俺のスキルを教えてくれよ! 俺、どんな能力を使った!?」
すると、ジェシーは「うっ」と言葉に詰まった。
「……どうしよう……何のスキルも見えませんでしたわよ~……」
何か呟いているが、小声すぎて俺の耳には届かない。
珍しい能力だからもったいぶっているのかジェシーはしばらく黙っていたが、俺の期待に満ちた熱視線に負けたらしく、弱りきったように眉根を寄せ、視線をさまよわせて口を開いた。
「……ず……」
ず!?
「……『(無敵の赤子王)ズッコケ・アマエ・ムソー』……幼女に甘えることで敵を撃退するスキルですわ……」
「……マ、マジか!」
すごいじゃねーか! 「ズッコケ」がちょっと気になるけど、なんかいい! スタンド名みたい! やっぱ俺、能力者だったんだ!
異世界英雄譚は俺のものだぞーっ!
町へ戻って盗まれた武器を返すと、武器屋の主人は狂喜乱舞の様相で喜んでくれた。
「ありがとうな、ボウズ! お礼といっちゃなんだが、この中の武器でなんでも好きなのを持っていってくれ!」
「マジっすか!?」
俺は小躍りして、一本の剣を選んだ。柄と鞘に紋章のようなデザインが刻まれた、盗まれた武器の中で一番かっこいい長剣だ。
「ああ、それは伝説の勇者が持っていたとされる剣だ。うちの目玉商品だったけど、いいよ持ってきな!」
「やったー!」
伝説の勇者!? かっこいい! 英雄への道をまた一歩進んだ気がする!
そうして、俺たちは改めて旅に出た。
「よかったね、アカちゃん。それに、マミィのお友達がいたお家から悪い人たちを追い出してくれてありがとう」
枯れ草の平原を歩きながら、隣のマミィがそう言った。つぶらな瞳が、俺を見上げてキラキラと輝いている。
「これからも、マミィといろんな場所へ冒険しようね。どこへ行っても、マミィがアカちゃんを守るから」
「マミィ……」
その母性あふれる瞳を見つめていると、また甘えたい気持ちがこみ上げてきてしまう。しかし、ここはぐっとこらえた。俺はロリコンでも変態でもないんだ、気をしっかり保たねば。
「うん。俺、こうしてマミィと二人で世界中を旅して、いつか魔王を倒す。そして、平和な世界を作るよ」
「って、さっそくそのチビッコに籠絡されてますわよ! わたくしの存在忘れないでくださる!?」
ジェシーがすかさずツッコミを入れ、小さくため息をついた。
「はぁー……わたくしを助けてくださるときは素敵な方なのに……」
そんなジェシーと反対側の隣で、マミィは嬉しそうに微笑んでいる。その瞳には光るものが浮かんでいた。
「アカちゃんがそんなこと言ってくれるなんて、マミィ感激だよぉ……大きくなったねぇ! いい子いい子!」
マミィは背伸びして俺の頭を撫でようとしてくるが、その手は背中のあたりまでしか届かない。
「あなたたち出会ったのつい最近でしょう!? そんな成長しました!?」
そんなマミィにジェシーがツッコむ。
二人の半歩前を歩く俺は、意気揚々と手に入れたばかりの剣を振った。
「どんな敵でもかかってこい! この勇者の剣のサビにしてやるぜ!」
だが、思ったよりも剣が重く、振り上げた衝撃で手首がグギッとねじれた。
「うわイデッ!」
「大丈夫!? アカちゃん!」
その場にしゃがみ込んだ俺を、マミィが膝枕して慰めてくれる。マミィのふとももは子どもながらに女性のやわらかさで、ふかふかして気持ちいい。
「痛いの痛いの、ゴブリンさんのところへ飛んでけ~!」
「ちょっと、こんな野っ原で何やってますの!? っていうか友達に痛みを飛ばすのおやめなさいね!?」
「わっ、間違えた! 盗賊さんへ飛んでけ~!」
「それも人としてどうですの!?」
「わーん、どうすればいいの~!?」
わたわたしながらも、マミィは俺を可愛がる。マミィが撫でてくれるたびに、手首から痛みが引いていくようだ。
「すごいな、マミィ……もう治ったよ」
「わたくしが回復魔法かけたからですわっ! さあ、行きますわよっ!」
そこで俺はハッとして、慌てて起きて立ち上がる。
「ち、違うんだ、ジェシー! マミィは恩人だから仕方なく! それに、俺のスキルを発動させるためにも!」
「やかましいですわっ!」
ともかく、こうして俺の旅は続いていく。いつか伝説の英雄として、歴史の一ページに名を刻むため――。
「伝説の変態として名を刻まないよう、お気をつけあそばせ!」
ジェシーのツッコミが聞こえる。どうやら俺はモノローグを口に出してしまったらしい。
「大丈夫だよ。アカちゃんは、マミィの心にはいつでも刻まれてるからね」
優しい声に振り向くと、マミィが慈愛のこもった微笑を向けてくれている。
「これからもマミィにおっぱい……いっぱい甘えてね?」
「サブリミナルおっぱいやめろ! 俺は吸わんからな!」
と、一応ツッコんでみるものの。
この笑顔のためなら、どんな試練も乗り越えられそうな気がする――俺はまともなはずだけど、今は少し……そんなふうに思ってしまうんだ。
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