それは真夜中、突然に。

京元

第1話 それは突然やってきた

 9月6日、午前3時8分。


 布団に入ってちょうど三十分ほど経ったとき、突き上げるような衝撃が来ました。

 地震だ、意外にでかい。

 台風のあとにこれかよ!


 長い揺れが収まった頃、寝坊防止に開けていたカーテンの向こうで、一斉に街灯が消えました。


 あう、真っ暗。


 停電したけれど、幸いなことに前夜の台風に備えて懐中電灯を用意してたので、とりあえず家のなかの移動は大丈夫でした。

 家人の無事と落下物を確認。壊れたものはなし。ガス水道はオッケー。猫のこーちゃんはケージの中で縮こまっていたものの、出してあげるとご飯を食いに走っていきました。さすがアホの子です。

 スマホでニュースを見てみると、震源地は北海道厚真町で震度7。厚真は海と緑のある穏やかな町です。そこから50キロ圏内の我が家は震度5弱でした。


 いやあ、いきなり来たな。まさか地震とは予測してなかったわ。


 断続的に続く余震に眠れないまま夜明けが来て、テレビも見られないし特にやることもない。そういや今日バイトなんだけど、店はどうなってるかな、もしかして開けられないかな? とか、ぶっちゃけ臨時休業を期待して(笑)様子見に行きました。


 午前五時半過ぎに店へ着くと、シャッター前には既に女の子二人が身を寄せ合い座っていました。

 しかしその表情は比較的明るくて、信号や街灯が消えていなかったなら、まるでコンサートのチケットのための徹夜組みたい。


 この、のんびり感がジャパニーズアラスカ(北海道)民クオリティかもしれません。


 そして続々と人がやってくる。ほとんど近所のお得意さんです。


「いやあービックリしたよねえ」

「おっきかったねえ」

「信号消えてるねえ」


 驚いたせいなのか、皆さん

 ちょっとぽーっとした感じ。

 一応安否の声をかけてから、店へ入って一旦シャッターを閉めました。


 うへっ、店内が酒くさい。


 陳列してたワインが三十本ほど割れて、欠片と中身が売場とトイレの中まで飛散っていました。


 もったいねえええ。


 朝一番レジのサバ藤くんが、ひきつった笑顔で必死に片付けてます。手伝いながら聞くと


「えーと、本部から開店しろと連絡入りました」


 あー、開店するのね。


 さすが本部、こんなときでも人使いが荒いな。しかも二番レジ来るまでの三十分間、レジはサバ藤くん一人じゃん。

 うちの店は店長が二年以上いません。本部からの応援はなし、業務に関する支援部も来ない、むしろこんな急な事態に来るわけがナイ。

 現場のスタッフで仕切らねばなりません。


 やべえ、見に来ただけなのに帰れねえ。


 開けるならまずこのワイン片付けなきゃ、と急ぐけど、何とも量が多い。そのうち開店時間の六時になり、お客さんが入ってきました。

 そこからはもう~戦場です。聖母たちのララバイです。最初からクライマックス、崖の上でポニョ自白です。


 あっという間に会計待ちの列が店内一周し、まず電池、モバイルバッテリーが完売。続けてカップ麺やパン、レトルト食品や栄養補助食品がどんどん売れて行きました。水やお茶、スポーツドリンクも棚からどんどん減っていく。

 サバ藤くんが必死にレジを打ち、私は必死にワインの掃除です。

 私は調理部門担当で、レジ訓練を受けてないので、まず出来ることをやるしかありませんでした。


 ドタバタしているうちに、二番レジの藤子さん(仮名)が焦りながら出勤してきました。

 藤子さんはレジと調理部門のどちらにも関わる、仕切りの上手いベテランスタッフさんです。


「ごめんねー! もっと早く来れば良かった!」


 いえいえ来てくれて嬉しいです神様!


 藤子さん参戦により、少しだけ潤滑に会計が出来るようになりました。

 レジ本体は停電で使用出来ないので、最近導入されたハンディ端末でバーコードを読み込んで会計しました。端末あって良かった、なかったら手書きだったわ。


 そのうち、近所に住むレジスタッフのケイちゃん(仮名)が彼ピッピと買い物に来ました。


「あー、良いとこ来たケイちゃん!」

「えー!(私今日休みなんですけどー!)」


 藤子さんがケイちゃんを捕獲し、レジへぶっこみました。

 ケイちゃんはレジ打ちがすんごい早くて、接客も上手いのです。

 私と同じく帰れなくなったケイちゃんは、彼ピッピに買い物を託してひたすらレジ打ちに入りました。

 これでサバ藤くんには藤子さんが補助で、ケイちゃんには私が補助で、というレジ二台フル稼働体制が出来上がったわけです。


 さあこい!

 どんとこい!


 みたいな感じではありませんでしたが、ひたすら会計&袋詰めをしました。


 一時間半もすると、ケイちゃんと同じように、近くに住む学生スタッフが買い物がてら様子見に顔を出し始めました。みんなすかさず藤子さんに捕獲され、レジや掃除、品出しへぶっこまれます。

 この頃になると私も補助から抜け、本来の仕事場で ある厨房へやっと入れました。


 厨房内は、棚に入れていた空カップなどが落ちていたものの、機材に損傷はありませんでした。

 しかし、フライヤーも炊飯器も電気式で役立たず。コッチで出来ることはないので、バックヤードからの品出しに回りました。

 バックヤードも、ウォークイン(飲料冷蔵庫内)も暗い。特にバックヤードは窓がなく真っ暗です。スマホのライトを頼りにカップ麺を全部コンテナにぶっこみ、そのまま売場へ。陳列なんて呑気にしてる場合じゃありません。

 飲料も最終的に箱ごとならべ、とにかく買いやすいようにしました。


 午前十一時を過ぎるころには、店内の八割の物が売れてしまいました。


「うわーなんもねえー」


 と苦笑いしながら帰っていくお客さんも出始めました。

 私も正直、こんな勢いで物がなくなるとは思ってませんでした。


 いやあ、びっくりしたー。


 だいぶお客さんも落ち着き、レジスタッフも揃ってきたので、本来の仕事がない私は、藤子さんと明日の打ち合わせを済ませて帰宅することにしました。


 疲れた~。

 明日は何が出来るかなあ。

 停電してたら何もできねー。


 とりあえず残っていた飲料のいくつかとタバコをゲットし、チャリこいで帰宅です。

 そういや余震も続いてるけど、家人たちは大丈夫かな。用意もしなかったけど、何か食べたりしてるかな?


 心配しながら家へ入ると

 ……


 全員ぐーぐー寝てました。


 くっそーお前ら!

 気持ちよさげに寝やがってえええ!


 ムカついたので私も寝ました。あっはっは。

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