救世主

「っ…………、……う、わぁ……」



 核に飛び込みゆっくりと目を開けば、そこは暗闇だった。伸ばした手の先さえ見えないような空間。しかし意識ははっきりしていて、他のみんながどこにいるのかは、なぜかハッキリと分かる。



「大丈夫か? みんな」


「おいら平気だよ!」


「ぼくも大丈夫!」


「私も大丈夫です。ドラくんと羽汰さんは?」


「問題ない」


「大丈夫だよ。……さて、ここからどうやってディランさんを見つけようか」


「ディランはこの『漆黒』の核として存在している。……ということは、中心部辺りにいるのだろうが……」


「そもそも、ここが『漆黒』のどの辺りなのか分からないね」



 この核の空気。今は大丈夫だが、おそらくこのまま留まれば、いずれ外に弾き出されてしまうだろう。それまでに何とか見つけなければ。



「……我に考えがある」


「ドラくん?」


「……『道標』」



 ドラくんが小さく詠唱する。すると、細い一本の光の道が現れた。同時に、あるものが目に飛び込んでくる。



「紫の、蝶……」



 蝶は、その光に照らされてようやっと見れるような淡い光を纏っていた。そして、その光の道に沿うようにしてヒラヒラと、先へ飛んでいくのだ。



「……アリアさん」


「……追いかけてみよう」



 蝶を追い、光の方へ。

 ゆっくりと歩みを進めていけば、道は途中でプツリと途切れた。ドラくんの力が切れたわけではない。それはすぐに分かった。

 なぜならその先に、一人の人が、倒れていたからだ。



「…………」


「……あれって…………」


「……でぃ、らん…………?」



 アリアさんはゆっくり、一歩二歩とディランさんに近づき、駆け寄り、抱き締めた。



「ディランっ、ディランなんだな!? ディラン、大丈夫か、返事を――」



 そして言葉が途切れる。それは、ディランさんの身体の『異変』を感じたからだろう。

 心臓辺りで仄かに光る黒い紋様。どこか毒々しい雰囲気を漂わせるそれに、僕らはみんな、言葉を失った。


 これが『自己防衛の勇気』だ。


 僕は瞬間的にそう察した。そしてその紋様は、ディランさんの命をゆっくりと蝕みながら脈打っている、ということに、否が応にも気づかされる。



「――――」



 アリアさんは、言葉を失っていた。それは僕もそうだ。なにせ……助ける手段が、思い付かないのだ。今のディランさんは、意思がないどころか、ただひたすらに力を奪い取られるだけの存在。



「どうすれば…………」


「…………」


「……光の意思」



 ふと、スラちゃんが呟く。その声に返事をするように、周囲が明るく輝く。その光は紋様に吸い込まれ、ほんの少しだけ、その色を薄くした。



「……はぁっ…………」


「スラちゃん!」



 ふらつき倒れかけたスラちゃんを抱き止める。困ったようにえへへと笑いながら、スラちゃんは僕をみた。



「疲れちゃった……えへへ」


「無理しすぎだよ……」


「…………ぅ……」



 小さな呻き声。ハッとしてそちらに目をやれば、その声が……ディランさんのものだと気づく。



「……ディラン? ディラン! 分かるか!? 私だ、アリアだ! ディラン……!」


「…………あぁ……アリア……なん、で」


「ディラン! 助けに来たんだ、もう大丈夫だからな、絶対に助け」


「アリア。……羽汰。お願いがあるんだ」


「……待て、やめてくれ、言うな!」



 そんなアリアさんの必死の願いも聞かずに、ディランさんは、優しく微笑んで……あまりにも残酷な言葉を、そっと紡いだ。



「僕を、殺してほしい」


「……っ、ディラン……! そんな、そんなの……出来るわけないじゃないかっ!」


「申し訳ないんだけど、僕のこの『勇気』は自己防衛。……自分を傷つけることができないんだ。だから、誰かに頼むことでしか、この命を終わらせることが、できない……」


「……終わらせなくたって、いいんじゃないですか?」


「いや……ダメなんだよ、羽汰」



 ディランさんはそう呟き、悲しそうに笑っていた。自分を抱き抱えるアリアさんの体をそっと押し返し、よろよろと立ち上がる。



「僕のこの体は、もう完全に『漆黒』にのみ込まれようとしてる。その前に、僕を殺してほしいんだ。今ならまだ、僕は自我がある。その攻撃を、甘んじて受けることができるんだ。

 でも、あと数分がたてば、それが出来なくなる。そうしたら僕は、暴れまわって、攻撃して、羽汰やフローラ、ポロン、スラちゃん、ドラくん……そしてアリア。きっとみんなを傷つけてしまう」



 だからそうなる前に、殺してくれ。

 ディランさんの瞳は、そう訴えていた、苧あまりにも悲しく、暗く、しかし決意のこもった願いだった。



「…………」



 僕はそっと、剣を抜いた。



「羽汰……?!」


「う、ウタ兄……!」


「まさか、殺さないですよね……? ウタさんっ!」



 僕はゆっくりと、一歩ずつ、ディランさんに近づく。どこか安心しきったような表情で、ディランさんは僕を見ていた。



「ウタっ!」


「ウタ殿! ダメだ、殺しては必ずお主が後悔する!」


「…………」



 僕は剣をゆっくりと振り上げ――



「……終わらせましょう」


「そうだね」



 勢いよく、振り下ろした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る