遅いよ

「…………っくそ!」



 きりがねぇや!

 おいらたちは、ずっとずっと、アリア姉とウタ兄を待ち続けていた。でも、いつまで経っても、二人は帰ってこない。

 何日経っただろう。二人は帰ってこない。


 おいらたちは……おいらたちの限界は、もうすぐそこに来ていた。


 テラーも含め、個性の塊'sはまだ戦ってる。やっぱり強いや。それは、ずっと分かってたことだけどさ? こうやって見せつけられると……やっぱしんどいや。



「フローラっ……!」



 フローラの『春の息吹』はHPやMPを回復させるスキル。……つまり今、ディランや魔王の力の前で、そのスキルを使うのは、かなりやばい。けれどフローラは、それを使った。思わずって感じで。

 なんでかって言ったら、おいらが怪我したからだ。ついさっきまで、足がボロボロで動かなかった。そしたら、フローラがスキルを使ったんだ。


 正直おいらたちは、ダメージを受けるかもしれないと思った。でも受けなかった。ちゃんと回復したんだ。代わりに、フローラはその場に倒れて動かない。死んだ……わけじゃ、ない。生きてる。おいらには分かる。でもどうしようもできない。フローラのHPはもう少ない。

 回復させてやりたいけど、フローラの『春の息吹』だからおいらたちがダメージを受けなかったのか、他人に向けて放った魔法だから大丈夫だったのか。それがわからない今、下手に魔法をかけるわけにもいかなくて、おいらはフローラを、とりあえずあの洞窟に担いでいくことにした。



「っ……ドラくん! スラちゃん! ちょっと頼んだぞ!」



 おいらはそう一言叫べば、『窃盗』を発動させ、フローラを連れていった。

 ……洞窟に入っても、外の激しい攻防の音は止まない。おいらはフローラをそっと寝かせ、頬を撫でた。



「……ごめん、フローラ。守らせちゃってさ」



 それから、その奥で寝ている、アリア姉とウタ兄に視線をやる。……ピクリとも動かず、その場に横たわっているその姿はまるで……まる、で…………。



「……ぁ、ちが…………」



 思わず、顔を伏せた。違う違う、二人は、ウタ兄もアリア姉も、まだ……いや、絶対、死んでなんかない。死んでなんかないんだ……あのときみたいに、おいらが置いていかれることは……ない、はず、なんだ……。



「ウタ兄っ……アリア、姉……っ……うっ、うぅ…………っ」



 ぼろぼろと溢れ始めてしまったら、もう、その涙を止めることは出来なくて……。



「…………ポロン?」


「……フロー、ラ……っ、おいらっ……!」


「……大丈夫、きっとね、アリアさんもウタさんも、帰ってくるから。大丈夫だよ」



 フローラはそう言って笑っているけど、でも……その顔はあまりにも悲しそうで、不安げだった。……おいらに誤魔化しが利くなんて思ってないはずなのに。ましてや、自分に対してなんて。



「おいらだって……! 信じて、ない、訳じゃないんだい……ただ……ただ、寂しくて…………おいら、不安で……っ……」


「そんなの、私だって…………」



 フローラは言葉をつまらせる。わかってる、おいらだって、分かってるんだ。フローラだって、大丈夫な訳ではないのだ。そんなこと分かってるけど……フローラに頼らずにはいられなかった。



「フローラ……! 頼むから、フローラはずっと、おいらの隣にいてくれよ。おいら、絶対守るからさ! 絶対大事にするから、だから、ずっとおいらと一緒にいてくれよ」


「う、うん……もちろん、いいけど……ね、ポロン?」



 なんだか歯切れの悪いフローラを見れば、ほんの少しだけ頬を赤くして、おいらを見上げていた。



「今の言い方、なんか……」


「……なんか?」


「……プロポーズみたい」


「えっ?!」


「なーんてね。……大丈夫、いこう?」


「ふ、フローラ!?」



 ……フローラ、なんかアリア姉に似てきた気がする。



◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈



 それからまた、時間が経った。まだ二人は、帰ってこない。



「……ポロンくん」



 ふと、ジュノンが声をかけてくる。……嫌な予感がして、そちらを向くことができなかった。



「今日中に帰ってこなかったら、これ以上待つことはできない。だから、可能性を込めて、最後の手に出る」


「最後の手……? なんだよ、それ」



 ジュノンは刺すような視線を、おいらに向けた。その眼は……否定の言葉を、否定していた。



「これでも私たち、ディラン・キャンベルって男を助けようとしてたわけよ。……でも、ここももう限界に近い。今日中に帰ってこなかったら、私たちはディランを殺す。それから魔王を」


「ま、待ってくれよ! 第一、なんでそれをおいらに言うんだよ」


「だってほら、ウタくんもアリアさんもいないじゃん? だったらポロンくんに言うしかなくない?」


「でっ、でも、殺すって……」


「……本気だよ?」


「っ…………」



 それから、時間が経つのは早かった。日が昇って、落ちて、そして……夜になる。

 ジュノンたちの眼に、殺意の色が宿る。

 もし戻ってきて、ディランが死んでるのをアリア姉たちが見たら?


 そんなことを思った瞬間だった。

 ふと目の前に迫る、闇に、おいらは気づいていなかった。



「ぁ……」



 そして



「セイントエレキテルっ!」


「…………! ……ははっ」



 遅いよ、ウタ兄。

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