破滅

 ……どういう、ことだ?

 私の身体を抱く羽汰の背後には、ディランがたっていた。振りかぶった剣を、羽汰は避ける気も、受け止める気もないようで。


 もうダメだと思った。体は痛いし、血は出てるし、ディランは完全に向こう側へ『堕ちて』しまっているし。そんな心情のなかでそれを見ていたから、もういいかと、思ってしまった。もう……ここで終わりにしても、悔いはないんじゃないかって。


 しかし、剣は弾かれた。

 何が起こったのかと驚いて羽汰を見れば、羽汰は、小さくなにかを呟いていた。小さな声でしかしはっきりと、



「レイナル」



 と。

 そして、私の意識はどこかへとおちていった。



◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈



 そして次に目を覚ましたとき、私が最初に聞き取ったのは、小さくうめくような嗚咽だった。場所は、洞穴か洞窟か、そんなような場所。何処か薄暗く音が反響するそこで、

 身体をそっと起こして調べてみれば、傷ひとつないことに気づいた。……また長い間眠ってしまったのだろうか? だとしたら、ウタはどこだ? そんな思いから周りを見渡した。


 洞窟は入り組んでいて、外は見えない。嗚咽の聞こえる方へ、慎重に向かってみる。


 近づいてみれば、聞こえてくる鳴き声には、聞き覚えがあることに気づいた。ずっと一緒に行動してきたのだ。聞き間違えるはずがない。

 だとすると……だと、すると……。



「ポロン……フローラ、スラちゃん、ドラくん……」


「あ……!」


「……アリア殿」


「アリアさんっ…………」


「…………アリア姉……」


「……『それ』って、なんだ?」



 四人が囲んでいるのは、一人の人間。体格や体つきからは『ヤナギハラ・ウタ』を連想させ、その連想が現実になる。



「え……ウタ、なの、か……?」



 そっと近づいてみれば、その顔は青白く、目は閉ざされていた。恐る恐る頬に触れてみれば……ゾッとするほど冷たく、背筋が震えた。

 ステータスを見るのが怖い。それを見てしまったら、数値として受け入れてしまうことになるだろうから。



「…………い」


「……アリア殿」


「私は……認めない、からな」


「アリ」


「絶対認めないぞ! だって……刺されたのは私だ! ディランに殺されたのは私だ! ウタが……ウタが死ぬはずないだろう!?」



 思わず感情敵になり叫ぶ。みんな、認めたくないのは同じだというのに。なんでだ。だって、仮にそうだったとしても、ウタには『女神の加護』があるはずだ。こんなことで、あっさり…………そんなはずない。



「――理由は二つ」



 ふと、達観した声が聞こえた。反射的に、すがるようにそちらへ目をやれば、淡く紫に光る瞳と、目があった。



「ジュノン……!」


「まず一つは、あの瞬間に発動したスキル、『破滅』の効果」


「…………」


「『破滅』は、自分自身を犠牲にして、それ以外の全てを守る力。絶望し、生への希望が見えなくなった瞬間、発動する。自分自身の『生への執着心』を犠牲にして、どんな相手からも大切なものを守り、救う。……命が尽きていなければ」



 ジュノンは、そっと後ろを振り向く。そこには、個性の塊's全員が立っていた。……みんな、普通の目をしていた。あの、何かに取り憑かれたような目ではない。いつも通りの目だ。



「見ての通りなんだけど」


「私たちも助けられちゃったー」


「……たぶん、あの人も、助けられてる」



 あの人……ディランか。ディランも助けられてるのなら……正気に、戻っているのだろうか。



「で、もう一つの理由。『スキルは、その人の意思がなければ発動しない』」


「……どういうことだ」


「そのまんま。どんなスキルも、本能的に『生きたい』とか、『強くなりたい』とかいう気持ちがあるからこそ、そのスキルは発動する。

 『女神の加護』に必要な意思は、もちろん生きたいという、生への執着。ウタくんはそれを、直前に発動させた『破滅』で完全に失っていた。だから発動しなかった」



 ……ウタが、生き返らない理由はわかった。でも、なんでそもそも、ウタが死んでいる? ……ウタが最後に呟いた言葉のせいか?



「……ジュノン」


「『生命力の転化』……だよ?」


「…………ぇ」


「レイナルっていうのは、生命力転化の呪文。相手に、自分のHPを分け与える呪文。……カプリチオの傷を全快させる程度のHPっていったら……わかるよね」



 回復魔法の類いが全て意味をなさなくなるカプリチオ。大量のHPを付与すれば、そりゃ回復はするだろうが、微々たるものだ。

 ……つまり、ウタは自分のHPを全て私に付与して、そのせいで死んだということだ。



「……助け、られ、ないのか……?」


「…………」



 スラちゃんが、ぎゅっと私の手を握る。その手は、震えていた。……主人を失ったのだ。行く場所がなくさ迷うことになる。それは、ドラくんも同じだし、ポロンやフローラだって、大きなものを失ったのだ。

 ……私も。



「無くはないよ、助ける方法」



 ジュノンが言う。が、その方法を聞こうとした私を遮るようにして、こう付け足す。



「どうなっても構わないなら」

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