対面

「……っ…………!」



 逃げろ、逃げろ、捕まるな。

 僕はひたすらに、ドロウさんから逃げた。捕まるわけにはいかない。とにかく逃げるのだ。ここで捕まったら、なにも始まらない。それどころか、全てが終わりを迎えてしまう。

 そんなことにしてはいけない。僕らはここから先に進むのだ。そうじゃないと、ダメだ。



「サン、行って」


「っ、シエルト! フローズン!」



 吐き出される炎を受け止め、雷を氷魔法で受け流す。そしてさらにそのあとから襲いかかる水は、身をひねって避けた。



「……そう、その調子! ちゃんと避けて、Unfinishedのメンバーの方に行って!」



 ドロウさんの声。それを聞きながら僕は思う。……自我を取り戻す時間が、短くなっていっている。だんだんと、漆黒に飲み込まれていっている。

 僕がここまででなんとか掴んだ情報は三つ。一つは、個性の塊'sがすでに、危ない状況におかれているということ。二つ目は、僕らUnfinishedが集まれば、この状況をどうにか打開できるかもしれないということ。そして三つ目は……。



「…………」



 僕の視線の先、漆黒の中心。そこにいるのは、ディランさんだ。ディランさんが、この漆黒を作り上げていて、個性の塊'sをも飲み込もうとしているということ。

 つまりディランさんをどうにか出来れば……僕らは、この漆黒を消すことができる。



「ウィング!」



 風魔法を下に向け放ち、足元への攻撃を避ける。そしてその勢いのまま……黒い影に近づいた。



「ディランさん……!」



 声は、彼には届かない。

 振り向かれることはない。それどころか……もっと最悪なことに、僕は気がついた。



「ディラン……さん……?」



 その体には、操影で造り出したような黒い影が絡み付いていた。しっかりと立っているように見えたその人だったが、よくよく見ればそんなことはなく、どこかぼんやりと、遠くを見ているだけだった。

 その様子は……まるで『ただ力を奪い取られる』ためだけに、そこに存在しているようだった。



「…………」



 僕がなにも言えずにいると、不意に、ディランがこちらを向く。その、光のない瞳に、僕が映り込んだ。



「…………やなぎはら、うた……」


「でぃ、ディラン、さん……」



 ディランさんは、そっと右手を僕に向ければ、小さく微笑んだ。



「――殺す」


「っ……?!」



 避けようと思ったその瞬間、ディランさんが襲いかかる。闇魔法から取り出した剣が、僕の右腕を裂いた。激痛に耐えながら剣を左手に握れば、なんとか次に襲い来る剣を受け止める。

 魔力同士が反発する。ディランさんの顔を見れば、そこには苦しみも悲しみも喜びもない。ただひたらすらに深く、『無』が広がっていた。



「ディランさん……僕です! 羽汰です! アリアさんと、あなたを助けに来たんです!」


「…………ありあ?」


「そうですよ! あなたの、一番大切な人ですよね!? 自我を失っても、助けようとしていた人……!」


「アリア……」



 ディランさんは小さく呟き、僕を見た。



「そんなやつ知らない」



 剣ごと体は弾き飛ばされ、体を地面につけることなく、次の攻撃を受けた。止まらない攻防のなかで、うっすらと目を開ければ、やはりなにも映していない、黒い瞳だけが見えた。

 アリアさんのことも、忘れてしまったのか……?



「カプリチオ!」


「っ……?!」



 避けきれない。これを受けたらどうなるのか、僕にはよくわかっていた。回復薬すら効かなくなる。受けたらそこにあるのは……。

 覚悟した。……そのときだった。



「羽汰ぁっ!」



 強く、体が突き飛ばされた。なにかと気づくまもなく、無意識に視線をそちらに向ける。



「っああ!」


「……ぁ、りあ、さん……?」



 あぁ、いつかと同じ光景。あのときよりも、最悪だ。あのときはミーレスは、アリアさんを殺す気はなかったようだ。

 しかし今、ディランさんには理性がない。アリアさんを殺さないという選択肢がない。故に、その手が止まることもない。ディランさんは容赦なく、その細い体に剣を突き刺した。溢れる鮮血は、あの人同じ。真っ赤で、赤くて、紅くて……。


 …………あぁ。

 僕は……なにを、してきたんだろう。

 結局、繰り返しているだけじゃないか。全てを同じように、繰り返しているだけで……なにも、変わっていない。


 なにも。

 変えられなかった。



「――――」



 それは所謂『絶望』というもので。僕はなにも言葉を発することができなかった。地に落ちるアリアさんを抱き止め、抱き締めるくらいしか、出来なかった。



「……羽汰…………」


「…………なん、で……」


「……さぁ、な……『勇気』を、もらったから……かなぁ…………?」


「そんな…………」



 いやだ、そんなの、いやだ。

 背後で、剣を構えられる気配がした。……それを感じながらも、僕は避けることはしない。避けたところで……これ以上、アリアさんを傷つけられるくらいなら僕は、『最終手段』を。



「…………!?」



 アリアさんが、驚いたような顔をしている。理由はわからないけど、僕はそっと、呪文を口に出した。



「…………レイナル」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る