シャキッとしろ

「…………」



 言った。言ってしまった。ついに言ってしまったのだ。

 僕がずっと隠していた秘密……大切な親友を信じられなくて、裏切って、その声すらも拒絶した、僕の過去。


 ……こわい。二人がどんな反応するのか、今、とても、怖い。



「…………で?」


「……え?」



 アリアさんから放たれたのは、「で?」という一言のみ。驚いて僕が顔をあげれば、吸い込まれるような赤い瞳と、目があった。



「で……って……?」


「で、それからどうしたんだ? なんかあったんだろ? 私たちに隠さなきゃいけないようなことが」


「え、えと……」


「そのあとくらすめーと? ってやつらとカツアゲしたのか? ミツキの母親を罵倒したとかか? まさかこれだけってことないだろう?」


「…………」


「……アリア殿、これだけみたいだぞ」


「これだけ……?」



 ……これだけ、ではない。こんなに、だ。

 僕は……ずっと、悩んでて……。充希が僕を追いかけてこなければ、僕が電話に出ていれば、僕が充希を信じていれば。そうやって……思い悩んで、ようやく口に出したというのに。



「……ウタ」



 アリアさんは、僕の様子に気がつくと、そっと優しく、僕に語りかける。



「……お前がミツキを殺した……というよりは、追い詰めたのは事実かもしれない。でもな? そんなこと、私達にとっては大して重要じゃないんだ」


「…………」


「何でか教えてやろうか?」



 僕は、そっとうなずいた。全部気づいていたのか……それとも、そもそもそんなに僕のことを信用してなかった……いや、それはない。と、信じたい。



「自分の身勝手のせいで、大切な人が死んだ。自分はその場にいられず、その死も、人伝いで知った。……どっかで聞いたことある話じゃないか?」


「聞いたこと……?」


「……ウタ殿、我らはお主のしたことを完全に白というわけではない。ただ、許すだけだ。お主がそうしたようにな」


「僕が……?」


「お前は、気づいてないんだな」



 アリアさんはふっと微笑み、小さく告げた。



「お前が今話したこと、お前が私たちに嫌われると思っている原因……それは、全部、マルティネスの一件で、私がしたことと同じだ」


「それはちが」


「違わない。身勝手な理由で国を出て、そのせいで父上は死んだ。側にいることだってできなかった。その事を知れたのは、エドが私たちを追いかけてきてくれたからだ。

 ……私は、そんな自分がふがいなくて、許せなかった」



 ……僕は、アリアさんほど立派じゃない。明確な理由があって、充希から離れた訳じゃない。ただ……逃げただけ。

 そんな僕と、アリアさんは違う。



「葬式に出ているときも、申し訳ない気持ちでいっぱいで、挙げ句に、あいつには私のために父上を殺したとまで言われた。……最悪だったよ」


「…………」


「……でも、お前は私を許した。私が許せていない私を、お前は許した。人を殺したという想いにかられて、いつまでも自分を許せないでいた私を、お前は許してくれた。……そうだろ?」


「そう……ですけど、でも、僕のこれは」


「私は許す。……ドラくんは?」


「聞くまでもなかろう」



 ドラくんは、その金色の瞳で僕を見据えた。……まっすぐな、強い瞳だった。



「我は、人が死ぬのをみているしか出来なかった。何人も何人も見殺しにした。逃げることすら出来なかったのだ。そんな我でさえ、お主は許しただろう? ならば、我もお主を許す」


「…………」


「……お前を許せないのは、お前だけだ。私たちはとっくにお前を許している。それだけの行いを、お前はしてきている。

 ウタ……だから、怯えるな。堂々としろ。分かったな?」


「…………でも」


「いい加減ヘタレを卒業しろ! 少なくとも……私たちにくらい、本心を見せてくれたっていいんだぞ?」



 ……いいのだろうか。こんなに、許されて。こんな大きな罪を背負ってるのに……許されて、いいのだろうか?

 小さくはない話だ。……それはみんな、分かっているのだ。しかし、それでも僕を許してくれる。受け入れてくれる。



「……明日、研究所に向かえば、きっと何かが分かる。そうしたらきっと、私たちは漆黒へと向かうことになり、そこで……ディランと戦うことになるだろうな。もう一つの勇気、『自己防衛』の勇気を持った、ディランとな」


「……はい」


「ディランは……ただでさえ、強い。それが、勇気の力を手に入れてさらに強くなってる。生半可な気持ちじゃ……まず、勝てないだろうな」


「……はい」


「だーからっ!」



 アリアさんは、僕の肩をばしっと叩く。そして、明るく笑ってみせた。



「シャキッとしろよ? リーダー! 私たちはお前についていく。お前がどんな判断をしようとも、お前にどんな過去があろうとも、私たちはお前についていく!

 ……だから、もっとちゃんと、自信持て。な?」


「……はい」



 自分に自信なんて、これっぽっちも持てない。でも……自分の仲間には、これ以上ないような自信を持てるから。



「……一緒に、頑張りましょうね、アリアさん。よろしくね……ドラくん」



 僕は、先に進むことを選んだのだ。

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