蝶
「…………あの」
「ん?」
僕はこの機会に、ずっと気になっていたことを訊ねてみることにした。声をかければ、アリアさんは柔らかく微笑みながら振り替える。その髪に光るものを、僕はずっと追いかけていた。
「その、蝶の髪飾り……」
「ん……あぁ、これか? これがどうかしたか?」
「いや……単にお気に入りだとかだったら僕の検討違いになると思うんですけど、なにか、大事なものなんですか?」
「…………」
アリアさんは質問にすぐには答えない。少し黙って微笑んで、いたずらっぽく髪をほどいた。
ふわり、と、自由になった髪が夜風に吹かれて舞い上がる。その一本一本がキラキラと反射していた。そしてアリアさんは、髪飾りを手に持ったまま、赤い瞳を僕に向けた。
「……お前は、どう思ったんだ?」
「僕は…………」
紫色だったのが、気になっていた。というのも、紫というのは少し特殊な色だと聞いたことがある。
高貴で、神秘的な色。そしてそれは……
「……アリアさんのお母さんに、関係のあるものなんじゃないかと」
時に、不死や、輪廻転生を意味すると。
アリアさんはそんな僕の言葉を聞いて、クスリと笑った。そして、髪飾りを月明かりに照らした。
「そうだな……。母上の形見……のようなものだ。だが、今となっては父上の形見だな」
「…………」
明るく言ってみせるが、その声はどこか暗かった。僕には分かっていた。アリアさんがわずかに目を細めたのは、月明かりが目に染みたからではないと。
「……母上が死んで、もう帰ってこないことを理解した。その時私は……どうしたらいいのか分からなくなって、泣くにも泣けなくて、塞ぎ込むことも出来なくて、周りを慰めていた。慰めながらずっと……自分を責めていた。
なにがどう悪かったのかもわからないが……それでも、きっと自分が悪い子だからって思い込むことにしたんだ」
きっとそれは……大切な人の死を受け入れきれなくて、逃げたくて、逃げたくて逃げたくてたまらなくなって、逃げ口として、恨みの捌け口として、自分自身を選んだということだろう。
「私は……一人でいるのが、怖かった。聞こえないはずの国民の声が聞こえてくるみたいだった。お前のせいで女王は亡くなったんだ。マルティネス・アリアさえいなければ……なんて。
……国民がそんなこと言うわけないのにな。だって、誰を責めようと、母上は帰ってこない」
しかし、聞こえないはずの声が聞こえるのは、聞きたくない声が、いつまでもいつまでも、耳を塞いでも聞こえるのは……辛いものだ。
特殊職として、この力を手に入れて……僕は痛いほどそう思った。
「そうやって、だんだん、徐々に『自分』を閉ざすようになっていった私を心配したんだろうな。ある日父上がこの髪飾りをくれたんだ。この、紫の蝶を」
アリアさんはそう言いながら、僕に、その髪飾りを手渡す。……見た目よりも重たくて、冷たくて、キラキラで……きらめきの向こうに、なにか、別のものがみえるような。
「母上の持ち物だったらしい。それをくれたんだ。
……蝶は、輪廻転生や不死を象徴するらしい。そして紫もまた、それを意味することがある。……すぐには分からなかったよ、父上が、これをくれた意味が」
きっと……蘇らなくても、生き返らなくても、いつかきっと、アリアさんのもとにお母さんが戻ってくると……ずっとそばにいるはずだと、伝えたかったのだろう。
普通の子供なら理解できるか分からないところだが……相手はあのアリアさんだ。きっと、その意味を考えて、調べて、理解して、自分のものにしたのだろう。
「……でも、理解したんですよね」
「まぁ、私なりにはな。だから……これは、大切にしようと思った。何よりも大切に……形見でもあるから、大切にするのは当たり前なんだが、それでも……大切にしようって」
そして、僕の手から髪飾りを受けとると、それをぎゅっと握りしめ、柔らかく微笑んだ。
「……さ、今度こそ寝ようか。明日は大仕事が待ってる」
「ですね。……でも僕は、もうちょっとだけ夜風に当たっておこうかなって」
「いいけど、早めに寝ろよ? あと風邪は引くな。……おやすみ」
「おやすみなさい」
アリアさんが部屋に入っていくのを見届けて、僕は一つ息を吐き、空を見上げた。そういえば……と、気になることがあったのだ。
特殊職としての力……それを手に入れてから、僕は、仲間の声を聞いたことが多々あった。まぁ、秘密とかそういうものではなくて、ただ口に出していない「お腹すいたなー」とかそういうものばっかりだったけど。
……しかし、僕は、アリアさんの声だけは聞いたことがなかった。
あのとき、声が失われたときは、確かにその言葉がわかった。それに、特殊職の力は個性の塊'sにすら通じるのだ。アリアさんが強いから……という理由は当てはまらない。
ただ思ったことをずっと口に出している……にしても不自然だ。
だって僕は今……アリアさんの声を、あえて聞こうとしていたのに、聞くことが出来なかったのだから。
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