ふざけるな
「……ふざけるな」
私は、弱々しく泣くレイナに、それまでとは別の感情を向けた。それは、レイナに過去の自分をつい重ねてしまったからなのかもしれないが。
生まれた感情は、『怒り』だった。生まれなければよかったと、そう言った彼女にたいする怒りが収まらなかった。
私はレイナの両肩をつかみ、無理やり視線を合わせた。多少、乱暴になってしまったかもしれない。だけど、私と同じ過ちをさせるわけには、絶対にいかなかった。何よりここで選択を間違えたら、私もレイナも死ぬ。羽汰とドラくんとロインも死ぬ。マルティネスとクラーミルは戦争になり、もっともっと多くの人が死ぬ。
……させない。
「ふざけんな! 自分勝手な主観だけで、命の価値を決めるんじゃねぇ!
いいか? 聞こえなくて良い。分からなくて良い。でも、私の目を見てくれ。なぁ、レイナ!」
レイナは、羽汰とは違う。聞こえなくちゃ、読まなくちゃ、手話を見なくちゃ、言葉は分からない。それでもいい。届かなくて良い。ただ、気づいてほしい。
今、私がちゃんとした手話を使えないほどに、目の前のことに必死になっているということ。そしてその後ろでは、羽汰が、ロインが、ドラくんが、必死になって戦っていると、気づいてほしい。
「なぁ、分かるか? お前が今、口にしたことの意味が判るか? もし、もし本気で自分が必要ない人間だと思って、本気で死のうと思ったらな、ここでは簡単に死ねるんだよ。ここじゃなくても、どこでも、すぐに、簡単に死ねるんだよ」
死にたいって気持ちは、思ってるよりも簡単に抱くものだ。死にたくなくても、死にたいって思って、死んだあと……きっと、後悔するのだ。
「でもな……それは本当に本心か? 本気で、自分は生まれてこなければよかったと思ってるのか? だとしたらお前はバカだ。生まれてこなければよかったなんて、そんなことあるもんか……あるわけないだろう?!
だって……お前がいなければ、マルティネスとクラーミルは、和解の糸口さえ掴めずに、必要なかった戦争をいつまでも引きずって、お互いを偏見でしか見れない関係のままだった。違うか!?」
レイナは何も答えない。……当たり前か。だって、レイナから見れば、私が何を言っているのかも分からなくて、困惑しているはずだ。でも…………
「なんで……なんでそんなこと言うんだ。私は、お前に生きていてほしいのに……なんでそんなこと言うんだ。お前は、生きたくないのか? ここから出たくないのか? クラーミルとマルティネスの戦争、止めたくないのか?」
辛い……。でも、この辛さは…………。
「……あ、りあ…………」
「レイナ……」
不意に、レイナが私を呼んだ。ずっと、どこか遠くに感じていたその存在が、ぐっと近くに戻ってきてくれた気がした。
「……泣かないで」
「え…………」
自分の頬に手をやる。そこは、わずかに濡れていた。いつの間に涙を流していたのか……それに全く気づかなかったことに驚いていると、ふわっと優しいあたたかさが、私を包み込む。
「……ごめんね」
「――――」
「泣いてるの、私のせい?」
……違う。と、思う…………。
そうは、答える余裕がなかった。私は何も答えられず、ただ、レイナを見つめた。
……やっぱり、私の『勇気』は、『分け与えられた勇気』なのだ。誰かに分け与えられて、初めてその力を使うことが出来る。一人では使うことが出来ない、勇気なのだ。
「……何て言ってくれてたの、アリア……」
「レイナ……」
「教えて、アリア。聞こえない私にも聞こえるように、教えて……」
中途半端にイントネーションがずれた声、言葉。私は、それを聞いて……何も言えなくなって、一言だけ、手話で伝えた。
「…………」
「……うん、分かったよ」
私は……無意識に、過去の自分とレイナを重ねていた。それは分かっていた。
それと同時に……彼女は自分とは違うのだと、分かっていた。はずだった。
「レイナ……お前は強いなぁ。本当に、強い……」
私は、聞こえないと、伝わらないと分かっていながら……いや、分かっているからかもしれない。少し恥ずかしいから……レイナの体を再びしっかりと抱き締めて、小さく呟いた。
「……私はレイナのこと、大好きだからな。大切だからな。だから……自分の存在を、否定しないでくれ。私は……レイナ・クラーミルは、お前じゃなきゃ嫌なんだ」
不意に、はっと息を飲んだ音が聞こえる。私に抱き締められたまま、レイナは私の体に細い腕を回す。そして、強く抱き締め返しながら、震えた声で呟く。
「……ありがとう、アリア…………」
「…………」
「――今、聞こえたの……アリアの声…………」
「……ぇ…………」
この空間だから。闇の中であり、非現実的なことが起こるこの空間だから。きっとそうだろう。レイナの耳は、誰にもなおせない。だから、きっとこの一瞬だけのことであり、偶然であり、もう『次』はないのだろう。
……だけど、この瞬間、私の声が聞こえたということは、その事実は、まさに『奇跡』というものではないのかと。私は、思ったのだ。
「アリアの声……優しかった」
「……戻ろう、一緒に」
レイナは、小さくうなずいた。
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