第三勢力
足元の魔方陣から、凄まじい閃光が放たれる。ドラくんはそれが僕らに届くまでの一瞬の間に姿を元に戻し、僕らを背に隠す。そして、ガーディアを張って魔法を防いだ。
「っ……怪我はないか!?」
「うん、大丈夫。ロインは?」
「僕も大丈夫。……本当にドラゴンなんだ」
人の何倍もあるドラゴンの体に驚きつつ、ロインは目線をブリスに戻す。
「……いいか? どれだけ心が強くなっても、どれだけスキルで量増しされても……死ぬときはなぁ? 一瞬で死ぬんだよ」
言いながら剣を振りかぶり、こちらへ向かってくるブリス。僕はそれをあまり気にせずに、ドラくんとロインに声をかける。
「ドラくんは、ロインを守っててくれるかな。ロインに、お願いしたいことがあるんだ」
迫ってきた剣を、片手に光魔法を宿らせて止める。そしてそのまま弾き返した。
「っ……?! くそっ……ただの人間のくせに……!」
「ウタ……?!」
「あのねロイン。多分、すぐにアリアさんたちはあそこから出てくるよ。そうしたらね……」
そして、小声で告げる。……きっと、ロインならこれくらい出来るはずだし、アリアさんとレイナさんなら、その意図に気づいてくれるはずだ。
「……分かった、やってみるよ」
「ありがとう。……ドラくん、こっちは任せるからね!」
「心得た」
「バーニングチェイン!」
ブリスが炎の鎖の先に刃をつけた……前にテラーさんがやっていた、いわゆる魔法で出来た鎖鎌を振り回し、真っ直ぐこちらに投げてくる。
「シエルト!」
それを受け止め、魔法の形が歪む。僕はその魔法の鎖鎌を剣に引っ掻けて巻き付け、ぐっと引き寄せ、ブリスに近づく。
「人を陥れるのは、楽しいの?」
「あ? ……そうだなぁ。楽しいよ。バカみたいに喚きながら俺の罠に踊らされる人間を見るのはな。
それよりお前忘れてねーか? この距離ならお前の髪を一本取るくらい」
「僕は何も楽しくない」
髪の先にブリスの手が触れる、その寸前で、僕は身体を後ろに引いた。伸ばされたブリスの手はむなしく空をつかむ。
「誰かが傷ついてるのを見て楽しむって……僕には、わからないよ」
後ろで、僅かに気配が揺らぐのが分かった。……アリアさんたちだ。そろそろ僕らも、準備をしないとかな。
「出来るかな……」
「あ?」
僕は片手に力を強く込め、形を、精一杯創造する。確かに難しい。でも、出来ないこともないはずだ。
「セイントチェイン!」
現れた光の鎖。それをブリスの足に絡め、動きをある程度封じる。これで十分だ。
「なめた真似しやがって……ダークネス」
「させない!」
瞬間、ロインがブリスの背後に立つ。
「なっ、お前……!」
「フラッシュランス!」
光の槍は、正確にブリスを捉える。それにブリスが怯んだ隙に、僕は後ろを振り向いた。
「……お疲れ様です、アリアさん、レイナさん」
「……ただいま」
そうして顔を見合わせて笑う二人は、どこか吹っ切れていて、レイナさんの顔は、ちょっとだけ嬉しそうだった。
「……大丈夫だったみたいですね」
「そっちもな」
『みんなでなら、倒せる』
「当たり前ですよ」
二人が闇から出てきたのに気がついたのか、ブリスはこちらを強く睨み付けた。そして、再び影を操る。
「くそっ、くそっ……なぜ俺の時のようにならない!」
そうして襲いかかってきたトゲを見て、レイナさんはフッと目を閉じた。そして、開く。
――影は一瞬にして凍りつき、砕ける。ステータスが上がっている? いや違う。これは……単にレイナさんの気持ちが、変わっただけだ。そもそもレイナさんは、これだけの力を発揮できるんだ。
武器を砕かれたブリスを、アリアさんは真っ直ぐに見ていた。そして、僕に言う。
「……気絶させるか?」
「いや……聞きたいことがあります」
「分かった」
そして、叫ぶ。
「セイントエレキテル!」
白い閃光が落ちる。雷はブリスを正確に捉え、その身体を麻痺させる。動けなくなったブリスに僕はゆっくりと近づき、剣をおさめた。
「……はっ。ずるくねぇか?」
「ずるいと思います。5対1ですから」
「何が言いたい?」
「聞きたいことがあります」
僕は、思い出していた。ブリスの言葉の、一つ一つを。
「あなたは……人に、なろうとしていたんですか?」
「……はぁ? 人に? 何言ってんだお前は。人になんてなれっこない。望むのがそもそもバカってもんだ」
「…………」
「……どうしてそう思った?」
「本当に戦争を起こすつもりなら、僕がこっちの世界に来るよりずっと前に、動いていたんじゃないかなって」
「だから何十年か前に」
「そうじゃなくて。クラーミルにもぐり込んでから、かなりの間嘘をついて過ごしていたんですよね? そんな時間があるならもっと早く」
「違う! 俺はなぁ!? ……俺はな、悪魔なんだよ。人に恨まれてなんぼの悪魔なんだよ。人になりたい? そんなわけない。ありえないさ。
ふざけるのも大概にしろよ? たったそれだけの理由で」
「それだけじゃないです。あなたは、本気で戦っていない」
「手加減してるってのか?」
「髪一本、血一滴、魔法の欠片。きっと、何かしら奪えたはずです」
「ずいぶんと確信がねー話だな」
……言いつつも、ブリスは僕と目を合わせようとしなかった。もしかしたら……いや、きっと、そういうことなのだ。
「……でも僕は、そう思います。あなたが自覚していなかったとしても、そう思っていると、思います」
「…………」
ブリスは何かを諦めたようにため息をついた。
「俺はその『人間らしい』勘違いや偽善が、大嫌いなんだよ。だか――」
その時だった。
一瞬……本当に一瞬、違和感を感じた。目の前の空間がぐにゃりと歪むような、そんな感覚。そして、ハッと気がついたとき、僕の身体があたたかいもので濡れた。
「…………ぇ……どう、いう……」
目の前にいた、ブリスの首が、なかった。
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