術はなし

「テラー……さん!?」 



 僕は慌ててテラーさんに駆け寄る。なにせ、個性の塊'sが膝をついたことなんてなかったのだから。僕らにとって個性の塊'sは最強であり、負けるなんて考えたこともない人たちだ。

 そんな人が、こうもあっさり倒れた。慌てないはずないのだ。


 テラーさんは倒れてはいたが、意識はあった。しかし、逆に言えば、意識があるだけだった。



「テラー!? おい、これはどういうことだ!?」


「まぁまぁ……慌てなーい、慌てなーい」


「慌てないでいられるわけないじゃないですか!」


「そう簡単に死なないって」



 そんなことをしている僕らを見下しながら、ブリスは一人、嘲笑う。



「あっははは! 弱いものを庇って戦力が減るんじゃ、意味がないじゃないか!

 なぁジュノン……やっぱり、『こっち側』に来たらどうだ? お前はこんなへま起こさない。こちらとしても、かなりの戦力だしな?」



 ……ジュノンさんが敵になる?

 そんなの、考えただけで恐ろしい。いや、恐ろしいなんて言葉じゃ足りない。個性の塊'sの中でもダントツの力。僕が例え『勇気』を発動させ挑んでも、勝てるか分からない……いや、きっと勝てないような人。

 おさくさんは、ジュノンさんをちらりと見てから、僕らの前に立つ。

 ジュノンさんは……一つ大きくため息をついて、テラーさんのそばにしゃがみこんだ。



「…………だーから、私は『そっち』には行かないって。あくまでも私は『勇者』なわけだし」



 そして、倒れたテラーさんの腕を肩に回し、ブリスに真っ直ぐ目をやる。



「……侵略す」



 一瞬にして黒い閃光に視界を奪われる。その向こうで、ブリスの声がした。



「っ……言ってたこととやってることが違うじゃねーか! Unfinishedの味方はしないじゃなかったのか?!」


「……正直な話、Unfinishedが死のうが何しようが構わないんだけどさ」



 僕とアリアさん、そして個性の塊'sの三人の足元に、大きな魔方陣が現れる。ジュノンさんが指を鳴らすと、徐々に僕らの視界は白い世界に落ちていく。



「他のみんなはそうじゃないみたいだし……。

 ――なによりお前は、私の仲間に手を出したよね? 今殺さないだけ感謝してよ」



 …………。

 ジュノンさんは、ぶれない。

 なにがって、軸が。一切ぶれない。

 ジュノンさんにとって一番大切なのは、僕らでも国でも世界でも、なんでもなくて。ただ一つ……個性の塊'sという、一見ふざけたようにも見える、自分の仲間だった。


 僕らが個性の塊'sの誰かに敵意を向ければ、ジュノンさんは一瞬にして僕らを葬るだろう。

 今だって、テラーさんが倒れてなければブリスと戦って、捕まえて、漆黒の場所を聞き出していたかもしれない。


 ……強いなぁ。

 そう思いながら、僕の意識は白に消えていった。



◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈



 目が覚めたのは、すぐあとのこと。

 場所は……どこかわからない。暗くて、でも明るくて、寒いところ。

 起き上がって隣を見れば、倒れたままのテラーさんを、おさくさんとアリアさん、そしてジュノンさんが介抱しているのが分かった。



「……ウタ、大丈夫か? 私もついさっき起きたんだが」


「はい。……て、テラーさんは、大丈夫なんですか?」


「んー、私? 大丈夫大丈夫。何も出来ないけど大丈夫ー」


「それ大丈夫なんですか?」


「あー……『空虚』って、説明しておけばよかったかな」


「『空虚』……ブリスが使っていたスキルですか?」


「仕方ないな! この侍が説明してあげよう!」



 おさくさんはそういうと、その場に座り、『空虚』についての説明を始める。



「まず、このスキルを発動させるには対象の一部が必要になるのさ」


「一部……って、血、ですか?」


「さっきのテラーの場合はそうね。なんだっていいんだけどさ、例えば血液、皮膚片、髪の毛……あとはその人が魔法で作り出した『実態のあるもの』とかね。

 水、氷、草木、土……この辺が実態のあるもの。光や闇、雷、炎は実態がない」


「で……その一部を手に入れると、具体的に、どんな効果があるんだ?」


「相手を完全に無力化する」



 完全に無力化……。あの時のテラーさんを思い出せばわかる。立つこと、動くこともできない。魔法なんてもちろん使えない。何も出来ない。……つまり、そういうことなのだ。



「テラーなんか喋れてるけどさ、それはあくまでうちらが勇者パーティーだからでさ。ウタくんのときはそうじゃなかったよね?」


「……え、僕?」


「あの遺跡でのこと、忘れたなんて言わせないよ?」



 ……そういえば、あのとき。僕は何も出来ない状態だった。

 立てないし動けない。魔法なんかもちろん無理で、しゃべることもままならない。意識を保つので精一杯。



「……あれは、『空虚』を使われていたんですね」


「そそ。このスキルの発動時間は1時間。その間、テラーはずっとこの状態」


「いえーい」


「いえーいじゃないだろ」


「ちなみに」



 ジュノンさんが不意に、口を挟んだ。



「このスキルを解く術はない。今回は私らがいたから大丈夫だったけど、普通は使われたら最後、殺されるだけだよ」



 そして立ち上がると、僕の手に何かを無理矢理握らせる。



「……え」


「これ、教えておく」



 握らされたのは一枚の紙……それをみた僕は、言葉を失った。

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