裏側
「仮に裏があるとして、それはなんなんでしょうか?」
僕はアリアさんに訊ねる。日はだんだんと傾き、もうすぐ夜がやって来る。街はまだ先だし、どこかに泊まるわけにもいかない。野宿は避けられないだろう。
「そうだなぁ……連想ゲーム的に一緒に考えてみるか」
「はい」
「まず、そもそもあいつは私たちを皆殺しにするつもりだったんだから、確実に戦争を起こそうとしていた」
ペースを早めるでもなく、遅めるでもなく、僕らは街へ向かって歩きながら考えた。
「戦争が起こると……人が、死にますね」
「……そうだな。それも大量に」
「人が死ぬ。それが目的なんでしょうか?」
「利点はなんだ?」
「正直、思い付きません。単純に人が死ぬのが目的なら、それこそ、自分で殺した方が都合がいいはずです」
「大量に……ってのは、重要かもしれないな。普通ならほぼあり得ない。でも、戦争では簡単に起こり得ることだ」
大量に人が死ぬ……ってことは、単純に考えて、人が集まるってことだ。集まった人を、どうするつもりなんだろう? 戦争を起こして、殺し合いさせる? ……本当にそれだけなのか?
「……待ってください」
「なんだ?」
「僕らはアールと関わりました。それは確かです。だけど、ブリスはもっと前からクラーミルに潜り込んでいた。
僕らが二人に関わるか……そもそも、旅をしてここに来るかも分かっていなかったはずです」
「……マルティネスとの戦争じゃなくても、なにか騒ぎが起こせればよかったのか?」
「単純に、人を集めるのが目的……? そのついでの戦争ってことでしょうか?」
「……分からないな」
「……わかりません」
……個性の塊'sは、ブリスは漆黒を行き来していると言っていた。だから取っ捕まえて、その行き方を探りたい、と。
漆黒には、本当の魔王がいて、何かの感情を力に変えている……。
「……戦争をすることで」
「…………」
「一番多く生まれる『感情』って、なんでしょうか。
ブリスが仮に、あの四天王みたいに魔王に遣えてる身だとして、その力を蓄えさせるために、その感情を多く産み出せる方法として、戦争を起こす……。あるいは、人を大量に殺すんだとしたら」
「……『死』から生まれる感情か」
例えば……苦しい、痛い、辛い、怖いといった、負の感情。あたりまえだけど生まれる。だって死ぬのは、痛いし怖いのだ。
「……う……オト」
「はい」
「お前は……死んだとき、何を考えていたんだ?」
「僕が……?」
何を考えていたっけ……。とにかく、目の前の子を助けなきゃって、そればっかり考えていて、他のことは一切考えていなかった。
あんなに小さい子を死なせちゃいけないって、ただそれだけを考えていた。
「……ただ、」
「ただ?」
「助けたいって……思ってました」
「…………」
「他の感情が思い出せないんです。それしか思ってなかったのか……忘れちゃったのかもしれないですけど」
「……そうか」
「この感情……これが、魔王の力になってるんでしょうか」
「それはないな」
アリアさんは……そういうところは、しっかりと否定する。僕の自己否定を、しっかり否定する。
「第一、あいつらは、魔王を倒せるのは『自己犠牲の勇気』つまりお前だって言ってたわけじゃないか。
そのお前が、死ぬ瞬間に抱いた感情が、魔王の活力になるわけがない」
「…………」
「だから大丈夫だ。何が原因だったのか、ゆっくり探っていこう」
「……はい」
◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈
「……どういうつもりなんですか」
マルティネス・アリアとヤナギハラ・ウタ。そしてその後にサラ・ミネドール。三人がいなくなったその部屋に、別の声が響いた。それを聞いたジュノンはゆっくりと振り向き、微笑む。
「……どういうつもり、って?」
「分かってるくせに聞き返さないでください! ……どういうつもりなんですか」
「本当に来たねー」
「ジュノンの考察って、たまに恐ろしくなるよね」
そこに佇んでいるのは、一人の青年。灰色の髪に黒い瞳……。個性の塊'sは、それが誰なのか、しっかりと理解しているようだった。
「アリアたちを二人だけでクラーミルに放り込むなんて……二人に、死ねって言ってるんですか!?」
「そこまで性悪じゃないよ?」
「だったらなんで!? あんな小細工しただけのギルドカードで、どうにかなるなんて思ってるんですか!?」
青年がジュノンに詰め寄る。それにほとんど動じた様子も見せず、ジュノンはコーヒーを口に含んだ。
「どうにかなるとは思ってないよ。死なせる気もない。というか、死なれちゃ困るし」
「道具じゃないんですよ……? 二人とも、道具なんかじゃ――」
突然、声が止まる。それと同時に、個性の塊'sの纏う雰囲気も、がらりと変わった。
「…………」
テラーは無言で、まだ人が眠っているその部屋に、シエルトとガーディアを二重に張る。それがどういう意味なのか、その場にいる人間は、全員わかっていた。
「……僕は…………っ、」
――もう彼女を助けることが出来ないのに。
閃光のような闇が、その空間にこだました。辺りは一瞬にして闇に包まれ、青年は……。
「……放っておいても、心配になってこっちに来て、結果として、この『発作』が起きる」
息を切らし、うずくまる青年に、ジュノンは声をかける。あれだけの力が働いたにもかかわらず、家は、人は、無傷であった。
「確かに二人きりでクラーミルに向かわせるのは危険。でも……今この場にいた方が、危険だったんじゃないの?」
「……分かって、ますよ……そんなこと…………!」
次の瞬間には、彼の姿はなかった。
「……ジュノン」
「ドロウとアイリーンは残って。あっちが起きたら手当したげて。
……テラー、おさく」
「ん」
「行くよ」
「「了解」」
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