声
『それから』
と、レイナ様はさらにスケッチブックに文字を綴った。
『実は今日、誕生日なの』
「そうなんですか!?」
「私と近いんだな……おめでとう」
『ありがとう』
「え、アリアさんいつなんですか? 誕生日」
「6月8日だ。今日は16日だろ?」
「アリア姉結構早いんだな。おいら9月だぞ!」
「私は7月ですよ! ウタさんは?」
「んー……死ぬ前の誕生日とか暦とかを採用すると、6月19日だよ」
「過ぎる前に共有できてよかったです」
それで、と、アリアさんはレイナ様に向き合う。
「誕生日、なにか私たちにして欲しいことがあるのか?」
するとレイナ様はこくっとうなずき、スケッチブックに文字を書く。少し遠慮がちに、ゆっくりと。
『あの、アリアたちと一緒に街に行って、なにかお揃いものが欲しいの』
「お揃いの物って、髪飾りとか? かなぁ? ……あ! そっか!」
スラちゃんは口にしたことをスケッチブックに書く。
『なんでもいいの。クラーミルの女王と、マルティネスの姫たちじゃなくて、レイナ・クラーミルとUnfinishedとしての繋がりが欲しいの。
付き合ってくれる?』
「……明日からは遺跡に向かう。今日息を抜いておくべきだな。みんな、すぐ支度できるか?」
「我はすぐに出れるぞ」
「私も出られます。ポロンも、大丈夫だよね?」
「うん! おいら平気だよ!」
「じゃあ……っと、今からでも、行きますか? お昼前なんで、一緒にお昼も食べましょうよ」
僕はペンを取り、スケッチブックにそう綴った。それを読んだレイナ様は、少し驚いたように目をぱちくりさせて僕らを見て、それからふっと笑顔になった。
そして、大きくうなずいた。
◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈
昼前で、人は増える時間帯だ。辺りは人で溢れ、歩くのも少し難しくなるくらいの人混みだ。そんな中、僕らは食事をとれるお店を探していた。
「なにかいいお店ありませんかね……」
「あっても、こんな状態じゃ入れないね」
「ま、店は多い。探せば、入れる店の一つや二つあるだろう。大丈夫だ」
人は多い。気をつけていても、誰かしらとぶつかってしまうくらいには多いのだ。
そこに関して、気になることが一つ。マルティネスでは、アリアさんが帽子をはずした瞬間、人だかりが出来て、身動きが一気にとれなくなった。しかし、レイナ様は帽子もなにも被っていないし、顔は見ればバッチリ分かるのだ。
確かに僕らは『レイ』と呼んだりしてごまかしてはいるが、クラーミルの国民ならレイナ様の顔に気づくだろう。それなのに、声をかけるはおろか、ほとんどの人はスルーし、一部の人が軽く会釈をするだけなのだ。
……耳の、影響か。
「わっ……」
その時、一気に多くの人がなだれ込んだ。僕の視界の端で、レイナ様がよろめくのが分かる。
「レイさん……っ!」
僕は咄嗟にその手をつかみ、少し強い力で引き寄せる。体勢を立て直したレイナ様は、少し気まずそうに僕を見上げた。
「大丈夫ですよ! 気にしないでください!」
言ってから、声が聞こえないことに気づく。手話は完璧じゃないし、でも、この状況じゃメモも……うーん。
ふと、単語帳が光る。今!?
「ウタ! 一回端に避けよう!」
「アリアさん……はい!」
手で何となく、向こうにいく、と示すと、レイナ様はこくんと頷いた。手は離さないまま、僕は路肩の方に避け、それからレイナ様から手を離し、単語帳を取り出した。
……光ってるのは、いつもと違い部分だ。見出し語のところじゃない。signという単語の、連語のところだ。語呂合わせはない。しかし僕はそれを見て、即座に読み上げていた。
「the sign language」
……よし。
試しに僕はレイナ様に、僕が思うように手話をしてみた。
「大丈夫でしたか?」
それを見たレイナ様は少し驚いたように、手話を返す。
『大丈夫です。ありがとう。手話、いつ覚えたんですか?』
「お前、手話いつ覚えたんだ? そんなに教えた覚えはないぞ?」
「ウタさんすごいです!」
「いや……実は、ズルしててさ。これ」
「単語帳……あぁ、なるほどな」
よく分かっていないはずのレイナ様に、僕は手話で『この単語帳は不思議で、ここに書いてある単語や語呂合わせを詠唱すると魔法が使えるんです』と説明した。
『なるほど。それは便利ですね。さすが個性の塊'sの道具です』
「レイナ様とお話しできて嬉しいです」
『様は、いらない。堅苦しいからやだ』
「あっ、じゃあ……レイナさん、で」
『うん』
優しく、柔らかく微笑んだレイナさんを見て、ふと、思う。
個性の塊'sは……本当に、レイナさんやロインを疑っていたのだろうか、と。
今まで、レイナさんもロインも、僕らにそんな素振りは一切見せなかった。それはきっと、個性の塊'sに対しても同じこと。そしてなにより、レイナさんがどうとか、ロインがこうとか、個性の塊'sは一言も口にしていなかった。
『一歩引いて』……その言葉が思い出される。僕らは、レイナ・クラーミルとロイン・クラーミルという二人しか見ていない。
もっと広く見れば? クラーミルの城にいる人、王都の人、あるいは、クラーミル全国民……。全国民はないな。僕らにそこまでの敵意を示すような目はなかったし、声も聞こえなかった。
――声?
……僕は、なんの声を聞こうとしていたんだ?
「お、丁度いいところに……ここ空いてるな。レイナ、ここでいいか?」
レイナさんはこくりとうなずく。そこで、僕の思考は途切れた。
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