異変

「ロイン様が消えたって……どういうことですか!?」



 フローラが思わずといった感じで声をあげる。驚いたのは、僕だって一緒だ。ロインが……? どうして?

 ふと、ブリスさんがレイナ様の後ろから出てきて、僕らに事情を説明する。



「実は、先日みなさんと会って帰ってきてから、なぜか見掛けなくて。お部屋におじゃましたら、いつの間にか……」


「…………」


「いや、レイナのせいじゃないさ。……それで、なにか手がかりはあるのか?」


「今のところは全くですね。……アリア様たちは、なにかご存じないですか?」


「いや……すまない。私も戸惑っているんだ。一体何が……ロイン様だって、一国の王だ。そんなに弱いわけでもないだろう?」


「ロイン様のレベルは54ですよ。騎士には劣りますが、弱くは決してないです」


「……そうか」



 なにか、大きな異変……。誰も何も言わないけれど、それをひしひしと感じ取っていた。



「……僕らに、なにか、出来ることはありますか?」


「ウタ」


「僕らにできることなら、お手伝いしたいです。ロインは……僕と、笑顔で話してくれましたから」



 ブリスさんは少し考え込み、顔をあげた。



「とにかく今日は、彼らを連れて帰りましょう。ロイン様ならきっとご無事です。慌てて遠回りになる方が良くない」


「……そう、ですね」


「お気持ちはわかりますが、ここはどうか、踏みとどまっていただければ。何かあれば、お部屋の方にお邪魔しますので」



 家臣たちが、男たちを連れて洞窟から出ていく。ブリスさんはそれに続いて出ていき、レイナ様も、それに続こうとし、足を止め、もう一度こちらに歩み寄ってきた。



「レイナ……? どうした、私たちなら大丈夫だ。早くしないと、置いていかれてしまうぞ?」


「…………」



 手話を交え、アリアさんが返すが、少しもじもじした感じで立っている。

 レイナ様は手話をしようとしたのか、すっと胸の前に手をあげ、それから、戸惑ったようにしつつ手を下ろし、アリアさんを見た。



「……レイナ?」



 それから、僕らをみる。



「レイナ様? 大丈夫か? おいらたち、なんか変なことしたっけ?」


「いや……していないと思うけど……。ウタさん、どう思います?」


「え……ドラくん、スラちゃん」


「自分で考えないのかいっ!」


「なにもしてないんじゃないか?」


「ならなにを……」


「というかこれ、聞こえてないですよね?」


「安心しろ、私が全部手話に変えてる」


「変えなくて良いです」



 そんな僕らのやり取りを見ていたレイナ様だったが、僕の袖を引き、それを止めさせる。



「あっ! すすすすすみません!」


「…………」



 レイナ様は伏せた顔をすっとあげ、僕らを見て、にこりと微笑んだ。



「……あ、り……がと」


「……え」


「ロイン、を……た、すけてくれ、よ、として、ありがとう」



 ――初めて聞いた、レイナ様の声。

 小さな鈴を、丁寧に丁寧に転がすような、淡い、小さな、優しくも響く声。少しイントネーションのずれた、耳の聞こえない人にとって、当たり前の話し方。そんな、美しい声に、僕らはそっと耳を傾けていた。



「……アリア」


「レイナ、お前……」


「ありがとう……また、ね」



 独特な発音。音が聞こえないのだから、言葉の発音も分からない。だからこそのものだろう。

 それでも、ら行とかや行とか、発音しにくい音もしっかりと聞き取れる。

 練習したんだ、きっと。


 その事に関して、僕がどうこう言うのは間違ってると思う。だから、この場では、僕は何も言わなかった。



「……あぁ、またな、レイナ」



 アリアさんは手話すると同時に、そう言う。そんなアリアさんに、ホッとしたようにレイナ様は微笑んで、たっと走っていった。



「……アリア姉、おいら、思うんだけどさ」



 ふと、ポロンくんが微笑み、アリアさんに笑いかける。



「レイナ様って、すごい人なんだな!」


「当たり前だろう? 自分の弱点をメリットに変えてる。無詠唱で魔法が使えるのだって、そうとう難しいんだぞ?」


「アリア、嬉しそうだね!」


「まぁな。……でも、喜んでばっかりもな。ロイン様が消えたとなると……何が起こっているんだろう。誰かに拐われたのか、自分からいなくなったのか……。

 しかし拐われたとすると……クラーミルの警備は厳重だった。あれを掻い潜ってなんて……」



 そもそも、なんの目的で? ロインを拐ってもなにか利点があるとは思えない。だって、国王に手を出した時点で大罪人だ。

 ロインが自分から姿をくらませたのならば、もっと意味が分からない。



「…………」


「……ウタ、アリアのこと、心配?」



 僕の腕にしがみつき、アリアさんに聞こえないように、スラちゃんがささやく。

 きっと、スラちゃんも気にしているのだろう。今……この状況は、アリアさんとディランさんによく似ている。



「……まぁ、ね。

 でも、アリアさんなら、大丈夫だよ。強い人だからさ、僕と違って」


「……ウタだって強いよ?」


「そういう強いじゃないんだよ」


「分かってるよ」


「……僕は、強くないよ」



 その後、僕らはやりかけだった依頼、薬草採取をこなして、宿に戻ることにした。

 ちなみにワイバーンは……使役することにした。今度他のワイバーンも含めて名前をつけよう。


 ギルドに行って、報酬を受け取り宿に戻ると、



「あっ」


「……やっと帰ってきたか」



 宿の前には、テラーさんとジュノンさんが立っていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る