失敗

 僕とスラちゃんが攻防を続けていた間、アリアさんたちは、簡単に敵を追い詰めていた。



「ドラくん! 応援は……必要ないな」


「あぁ、問題ない。ワイバーンは任せてくれて良い。……あちらも、ウタ殿なら上手くやるだろう。お主らは男の相手にだけ集中すればよい」


「……了解」



 男は三人。……自分達とワイバーンだけで僕らに勝てると思っていたようだが、ドラくんがワイバーンの攻撃を片手で止めたことで、完全に腰が引けてる。



「……どうする、アリア姉? おいら、結構怒ってるんだけど?」


「そうだなぁ、私もかなり怒っているんだな、これが。……フローラはどうだ?」


「怒ってるに決まってるじゃないですか。少し痛い目に遭ってもらって、スラちゃんを元に戻してもらわないと納得できません」


「……そうか。なら、全力でかかろう」



 それからほんの数分で、アリアさんたちは男を倒してしまった。僕が言うのも変かもしれないが……すごい。



「リヴィーっと……ウタ兄は……終わった感じだな」


「うん、終わったよ」


「我も終わった。……よかったなウタ殿、召喚できるワイバーンが一体増えたぞ」


「……え?」



 ドラくんの視線の先には、ぐったりとして地面に丸くなるワイバーンの姿があった。



「スラちゃんと同じ状態でな。正気は取り戻したようだが、力が抜けて動けないと」


「……僕に使役されるって?」


「言っておるぞ。我と同じ者に遣えたいとな」


「なんと……」



 不意にフローラが、僕にしがみついたままのスラちゃんに歩みより、空色の髪を撫でた。



「スラちゃん……大丈夫?」


「うん、大丈夫だよ、フローラ。ちよっとフラフラするけど、ウタに寄っ掛かってるし」


「さてと……」



 アリアさんは鋭い視線を男に向ける。



「スラちゃんを、元に戻してもらおうか?」


「…………ははっ」


「何を笑っているんだ。早く元に戻せ!」



 すると、男は意外なことを口にした。



「実験は失敗だったか」


「……え?」


「どういうことだ?」


「そもそも、この、二段階目の実験は、魔物の脳の大半を改造し、戦闘にしか興味を持たないような、そんな状態にすることでステータスをあげる実験だ」


「だが、今は完全に、戦いから目を背けている。成功していたらそうはならない」


「すなわち実験失敗。しばらくすれば体力も戻る。もう俺らの命令なんかは聞かない。

 ……そっちのワイバーンは、最初言うことを聞いていたのにな。お前らの想う力が強すぎた」


「……じゃあ、スラちゃんは、もう大丈夫……ってこと?」


「そういうことだ」



 ほっとした。本当にホッとした。ホッとしたその気持ちのままに、僕はスラちゃんをぎゅっと抱き締める。スラちゃんも、まだ弱々しいが、抱き締め返してくれる。



「ロイン様とレイナ様に、連絡した方がいいんじゃないですか?」



 フローラが言う。確かにそうだ。でも、男たちを連れていくのは面倒だし……。



「我が伝えてこよう。そうすればあちらも、誰かを寄越すだろう」


「そっか。……アリアさん、それで良いですか?」


「問題ない。実験にかけられた人が無事だったとしても、違法にこういったことをするのはどんな国でも罪になる。早い方がいいしな、ここはドラくんに頼もう」


「了解した。行ってくる」



 ドラくんは羽だけドラゴンとして出現させ、飛び立った。と、僕の腕の中にいたスラちゃんが、一生懸命手を伸ばし、アリアさんの指をつかんだ。



「……スラちゃん?」


「アリア、ちょっとこっち来て!」



 アリアさんがスラちゃんに近づくと、スラちゃんはちょっといたずらっぽく笑った。



「えへへ……ぼくね、気づいちゃった」


「なにがだ?」



 スラちゃんは、少し背伸びをして、アリアさんに耳打ちした。その内容は、僕には聞こえなかった。



◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈



『アリアが、捕まってたときの気持ち』

『ウタとかディランに来てほしいけど、来てほしくなかったんだね』



 ふと、スラちゃんに言われた言葉。……私は、この幼いスライムに、簡単に驚かされていた。


 来てほしいけど、来てほしくなかった……。うん、そうかもしれない。

 時間が経って、だいぶあのときの記憶が薄れてきた。……無論、薄れたといっても、忘れてきたとかそんなことじゃないのだけど。

 だから、今そんなことを言われて、完全に不意を打たれた感じになってしまったのだ。


 ……でも、そうだな。



「そうかも……しれない。だからこそ、あのとき、思わず喜んでしまったんだろうな」



 しばらくして、レイナが家臣を引き連れ私たちのもとへとやってきた。レイナは私を見つけると、『ありがとう』と手話をする。



「いや、私たちも仲間が関わっていたからな。たまたま捕らえられただけだ。気にするな」


「……あれ?」



 ウタがキョロキョロと辺りを見渡し、レイナに聞こうとして、私に聞く。



「あの……ロインがいないんですけど」


「……確かにそうだな」



 私は『ロイン様は来ていないのか?』とレイナに手話をする。すると、レイナはとたんに表情を曇らせ、困ったような顔をしながら、手話をする。



「……え」


「アリアさん?」


「……ロイン様が、消えた、らしい」

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