主人公

 僕らは、アイリーンさんに教えてもらった、スラちゃんがいると言う場所に向かっていた。森のなかではあるが、一旦街に戻って行かなくてはいけない場所だ。……おそらく、スラちゃんはワイバーンかなにかに乗せられて向こうにいったんだろう。


 街中を歩きながら、僕は……ずっと考えていた。

 おさくさんが言っていたこと。一歩引いて考えてみろってこと。

 アイリーンさんが言っていたこと。成長しないなら、未完成の意味がないってこと。


 もしも塊'sがいなかったら……。いなかったら巻き込まれてなかったこともあるけれど、もしもいなかったら、例えば、キルナンスに襲われたとき、僕は殺され、アリアさんは売られていただろう。キルナンスの殲滅が出来なければ、ポロンくんだって……。

 もしも塊'sがいなかったら……。例えば、メヌマニエの狂信者達がサワナルを襲ったとき、ノコノコと出てきた僕らは殺されて終わり。アリアさんとフローラは捧げ物。そういえば、フローラの両親を言いくるめてくれたのも、テラーさんだったなぁ。

 もしも、塊'sがいなかったら……。サラさんは確実に死んでいた。死ぬくらいの傷を負っていた。ベリズは倒されることはなく、ミネドールに平和が訪れることだって無い。

 もしも、塊'sがいなかったら……。



(……アリアさんは…………)


「……ウタ?」


「え?」


「大丈夫か? スラちゃんのことが心配なのも、塊'sのことが気がかりなのも分かるが、私たちは冷静でいないと」


「……そう、ですよね。すみません」


「気にするな」



 僕が、一番しっかりしていなきゃいけないのに……。それなのに、誰よりもみんなに助けられてばっかりだ。



(このままで、いいのかな?)



 何もかも不十分。

 Unfinishedは、未完成。……それでいいと思ってつけた名前だ。でも、未完成と、不十分は違う。僕には、まだ出来ることがいっぱいあるはずなのに。



「それがなんなのか……分からない?」


「分からない……です」


「そっか……」


「……え、ど、ドロウさん……」



 いつの間にか隣に並んで歩いていたドロウさん。僕が一番後ろで歩いていたから、みんなはその事に気づいていない。



「色々言われたと思うけど、ウタくんは頑張ってるよ」


「……でも、僕は、おさくさんとアイリーンさんが言ったことの意味が分からなかった。どうして、人との縁を切らなきゃいけないのか、それが誰との縁なのか、分からなかった……」


「分かんなくていいんじゃない? これから分かっていけば」



 僕はそうとは思えなかった。僕は、リーダーなのだ。仮にも、Unfinishedのリーダーなのだ。それなのに、こんなにも無力でいいんだろうか。



「漫画の主人公とかなら、もっと上手くやるはずなのに」


「……あれはフィクションだよ」



 ハッとするほど、ストレートに言われた。ドロウさんは自分の右手を無意識に見つめ、僕に語りかける。



「小説や、漫画や、アニメの主人公は、それを見聞きした人が、主人公に好感を持てるように作られているんだよ。必ずしもそうとは言わないけど。

 ずっと迷っていて、優柔不断で、一人ではなにも出来ないような主人公より、周りを引っ張っていけるような強い主人公を求められるんだよ」



 でも、と、ドロウさんは真っ直ぐに言う。



「ウタくんは、フィクションの世界の主人公じゃない。現実で生きているんだよ」


「――――」


「現実に生きてる人で、迷わないで生きてる人なんていない。ふとしたときに疑問を持つんだ。このままでいいのかなって。今当たり前にやってることは、やってもいいことなのかなって。でも、それで成長するんじゃないかな?

 少しも迷わないで進める人がいるなら、会ってみたいよ。善悪も人によって解釈が変わるのにさ。

 ……はいこれ」


「え……?」



 ドロウさんが渡してくれたのは、小さな箱だった。あの、お菓子やさんとかでケーキを買うともらえるくらいの大きさの。そんな感じの、白い箱だ。



「おさくとテラーで五月雨行ってきたんだってさ。それで、これ渡してって言われたの」


「……そう、ですか」


「うんそう。……六人で、食べてね。それじゃあ、またそのうち?」



 そういうと、ドロウさんは、結局他の誰にも気づかれないで、どこかに行ってしまった。

 ……迷わないで、生きれる人なんていない。僕は僕であり、フィクションの世界の主人公じゃないんだ。……そう思うと、少しだけ、気持ちが楽になった。


 フラッと現れて、僕らを助けてくれる……。個性の塊'sの認識は、それできっと間違っていないのだ。そして、僕らは、それに助けられるだけの存在じゃないはず。

 だって僕らは、成長するんだから。いつまでも赤ん坊な訳じゃない。まずは、スラちゃんを助けに行くんだ。

 これは、僕らが一人立ちするための最初の一歩。話はそれからだ。


 箱をそっと開くと、にこちゃんマークの旗がたてられた、いつかの玉子サンドが、六つ、並んでいた。

 僕はそれをアイテムボックスにしまって、前を向いてあるいた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る