スラちゃん

「……この辺だと思うんだが」



 いいながら、アリアさんは周りを見る。見えるのは断崖絶壁の崖ばかり。地図で言うと、この辺のはずなんだけど……。



「……偽装みたいなの、かかってるかもしれねーな」


「そうだな」


「偽装か……あれだよね、キルナンスの時にも使われてたやつ」


「そうだい! ちょっと待っててな!」



 ポロンくんは崖に近づいていくと、適当にペタペタさわりながら歩く。すると、少し行ったところで、ポロンくんが壁に触れると、そこに、鉄製の扉が現れた。



「……あった」


「触ったら、解除できるんですね」


「あくまで目眩ましで、その場にはあるからな。触れば解除できる」


「ここには罠が仕掛けられてる感じもしなかったしな」



 僕は、そっとその扉に手をかけ、開こうとする。それを後ろから、ドラくんに制された。



「我が開こう。多少の罠ならば、打ち消し出来る」


「……分かった」



 僕がそこからどくと、ドラくんはそっとそのノブに手をかけ、ゆっくりと回し、手前に引く。



「……罠は、無かったか」



 ドラくんはほっと一息つくと、扉を開く。その中は、小さく、酷く小さな部屋だった。その中には、大きな机があり、その上に色んなものか雑多に置かれている。

 ビーカーやら試験管やら薬品やらがある中で、僕らの目を引いたのは、全く違うものだった。


 2、3mはあろうかという巨大な試験管のようなもの。たくさんの管が繋がれていて、中は液体で満たされている。……そして、その液体の中に、スラちゃんは眠っていた。



「……スラちゃん」



 僕は、一歩二歩とそれに近づき、駆け出し、そのガラスに手を当てる。



「スラちゃん……っ、スラちゃん! スラちゃん!」



 液体の中で、スラちゃんはピクリとも動かない。息をしているかも分からない。ただ、液体の中で髪と服がわずかに揺れるだけだ。

 僕はパニックになり、机の上に雑多に置かれていたレンチを手に取り、そのガラスを叩き割ろうとした。それに真っ先に気がついたアリアさんが、僕の手を後ろから掴んで止める。



「ウタっ! 一回、落ち着け!」


「た、助けないと……スラちゃんが……スラちゃんが死んじゃうのはいやだ!」


「ウタ兄、落ち着けよ!」


「そうですよウタさん! 無理矢理壊したって」


「……ウタ」


「今助けなかったら……スラちゃんが、死んじゃったら……! 僕は、もう二度と許されないっ!」


「ウタ殿!」


「だから……っ、壊さないと!」


「……ウタっ!」



 アリアさんに、レンチを奪い取られる。アリアさんはそれを投げ捨てると僕の両肩を掴んで壁際に追い込む。

 背中を壁に打ち付けて、顔をあげると、真剣な表情のアリアさんと目があった。



「アリアさん……スラちゃんを……」


「スラちゃんは助ける。なんとしてもだ。あれを壊すのでスラちゃんが助かるなら、私だって迷わずそうするさ」


「それなら」


「だがな、あれを壊したところで、スラちゃんが助かるとは限らない。あいつらにとっても大切な実験台。死んでる状態で置いていくわけがない。今は生きているんだ。

 ……あれは、みたところ、複雑な機械だ。下手にいじって壊したら、それこそスラちゃんの命を脅かすかもしれない。違うか?」


「でも……ただ、待ってるだけなんて…………」


「冷静に考えろ。……お前、言ってただろ? 私に。あのとき。真っ暗なのに、このまま進むのかって。真っ暗なのに、険しい山を登るのかって! 一旦引こうって、落ち着いて考えようって!

 ……今度は、お前がそうする番じゃないのか?!」



 ……サラさんが、ドロウさんに助けられて帰ってきたその日、アリアさんは完全に気が動転していて、敵わないって分かっているのに、夜の山に登ろうとしていた。それを、僕は止めた。

 サラさんは助かっていた。死んでしまってはいなかった。それなのに、犠牲を増やすのは、よくないと思っていた。


 命が一つしかないのに、突っ込んでいくのは、良くないと思った。命は、大切にしなければならないと、思っていた。


 僕が少し冷静になったのを察したのか、アリアさんは、僕の肩を掴む手から、少し力を抜き、ため息をついた。



「……落ち着いたか?」


「……すみません」


「お互い様だ。……さて、スラちゃんを助ける方法を探るか」


「全く……ウタ殿、少しは心の成長をな」


「さっきまで冷静だったから大丈夫かと思ったけど……スラちゃん本人を見て、取り乱しちまったんだな」


「ウタさんらしいですよ」


「……本当、ごめん」


「気にするな。

 しかし、この機械……どんな作りなのか」



 ドラくんはスラちゃんが入ったそれを眺める。スイッチやパネルのようなものは一切取り付けられていない。……魔法の類いかな。そんなことを思ってると、不意に、背後から鋭い気配がする。

 僕じゃ間に合わない……それなら!



「ドラくん!」


「使うのは初めてだが……ガーディア!」



 紫色のバリアが、僕らを包み込む。闇に紛れて放たれた黒い槍は、僕らに届くことなく阻まれる。その先には、三人の男。



「……来たか」


「実験体を、取り戻しに来たのかな?」


「スラちゃんは、実験体なんかじゃない。スラちゃんを解放してください!」



 すると、男たちはクスクスと笑いだし、僕らを見た。



「あぁ、いいぜ? ほら」



 そして指を鳴らす。機械のガラスが取り除かれ、液体もどこかに消え、スラちゃんの体がぐらりと傾いた。



「スラちゃんっ!」



 前にいって、受け止める。ぽすっと僕の腕に収まったスラちゃんは、眠そうな瞳で僕を見つめた。


 瞬間、悪寒が駆け抜ける。


 僕は『スラちゃん』から離れた。ぼんやりと突っ立っている彼女を見ながら、自分でも分かるくらい震えた声で呟いた。



「…………誰?」

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