カロックへ
カロックへ向かう馬車の中、小さな異変が見てとれた。それはきっと、誰もが気づいていることで、しかし、あえて口にはしないこと。
「――よかったら、今度マルティネスにも遊びに来ないか? 私はまだ公務ができないから、同じようにただ食事をするだけになるが。……そうか! それなら、街も案内しよう! いい店を知っているんだ。五月雨って言うんだけどな……って、五月雨って手話どうやるんだ。えっと……さ、み、だ、れ? こうか?」
……アリアさんとレイナ様。二人は、ずっとこんな調子でしゃべっている。元々同い年なのだ。話も合うだろうし、考え方も、きっと似てある。
ドラくんは一人景色を眺めながら、ホロンくんとフローラとスラちゃんは、なにやら手遊びをしながら、僕は、ロイン様の横でぼんやりとしながら、それを見て見ぬふりしていた。
僕が聞いた……気がした、声は、もしかしたらレイナ様の声だったのかもしれない。……どうして聞こえたのかは分からない。でも、仮にそうだとしたら、はじめて会ったあのときから、レイナ様はアリアさんと話してみたかったのかもしれない。
「…………」
「……国の頂点にたつことは、イコール孤独を意味しますから」
「え……」
ロイン様が、楽しそうに話す二人を見つめながら、そう呟いた。
「しかも姉は障害がありますからね。普通の皇族より距離を置かれがちなんです。……前から、アリア姫と話してみたいと言っていました。まぁ、それは僕もなんですけどね」
不意に頭をよぎったこと。ポロンくんがいつか言っていた、クラーミルの王子がアリアさんが好きとか言う、あの噂。……き、聞いてみていいかな?
「あ! あの……」
「はい?」
「ち、違ったらすごく申し訳ないんですけど……あの、ロイン様がアリアさんのことを好きだって噂があって」
「えぇ、好きですよ」
「そうですよね、やっぱり噂ですよね……って、えええええっ?!」
「しーっ! アリア姫に聞かれてしまいますから」
真っ白い肌を、少しだけ紅に染めて、ロイン様は視線を斜め下に向けた。
「……以前からお話を聞いていて、それだけでもう惹かれていました。誰にでも優しく、勇敢で、しかも美人でスタイルもいいと。そんなに完璧な人間がこの世にいるのかと思いました。
しかし……会ってみてわかりました。確かに、彼女は僕が思っていた通り、もしくはそれ以上に魅力的な方だった」
「…………」
ちょっと、ポカンとしてしまった。言ってることは正しいし、僕は激しく同意する。しかしなんというか……ビックリしてしまったのだ。
「え……えっと、すみません。ベラベラと……」
「あ、いえ! ただなんか……同じ人間なんだなぁって思ってしまって」
「人間……ですよ、僕も」
「こんなに人間らしいなんて……ちょっと意外で」
するとロイン様はくすっと笑って、僕のことをじっと見る。黄金色の瞳に見つめられ、同性だけれどなんか照れてしまう。
「……僕らも同い年ですよね」
「え、あ、はい」
「……じゃあ、敬語はなくそう。僕も、その……友達って言うのが欲しくてさ。ウタって呼ばせてくれる?」
「…………!」
なんどかまばたきして、またロイン様に視線を戻す。はじめて会ったとき、玉座に座っていた堂々とした表情からは考えられないほど、不安そうな色を浮かべ、僕の返事を待っていた。
「……もちろん。僕は、ロインって呼べばいいかな?」
「……うん……うん! ありがとうウタ!」
「あはは、こちらこそ」
フワッとほころんだロインの顔に、思わず僕も笑みがこぼれた。ロインは、男性にしては柔和で優しい、角のとれた顔立ちで、髪を伸ばしたら女性と言われても違和感がないくらいにはきれいだった。
そんなロインに照れつつ、僕は話をもとに戻す。
「えっとさ……ロインは、アリアさんのことが好きなんだよね?」
「好きだよ。マルティネスとの同盟を口実に、アリア姫と婚約できないかとか、本気で考えたこともあったよ」
「そこまで?! ……そこまでなのに、なんでそのことをアリアさんに言わないの? やっぱり……知ってるから?」
するとロインは、ふっと目を伏せる。長いまつげのせいで、瞳に影か落ちたのが見えた。
「……そもそもディラン・キャンベルのことは知ってたから、結ばれなくてもいいとは思ってるんだ。悪意じゃないから、迷惑は……しない、だろうって。
それでも、気持ちを伝えるだけはしようとしてた。ただ……マルティネスで何があったのかを聞いて、僕がむやみに姫の心を掻き乱すようなことをしてはいけないと思ったんだ」
「ミーレスのことがあったから、黙っててくれたんだ」
「男性嫌いとか発症しててもおかしくないような出来事だったしね」
「……まさにその通りなんだよね」
「え?」
ロインは……ちゃんとアリアさんのことを想ってくれてるんだ。そう思うと安心して、少しだけ、『本当の使命』のことで重たくなっていた心が軽くなるのを感じた。
「そもそも男性が苦手だったみたいだけど、今回ので再発しちゃって……時間は経ってても、やっぱりまだ我慢してるみたいだから」
「そっか。やっぱりそうなんだ……。
クラーミルにいる間、なにかできることがあったら言ってね。僕と姉さん、二人とも、ウタたちに協力するから」
「うん、ありがとう」
不意に、御者の人が「もうすぐですよ」と声をかけてくれた。それから降りるまで、僕らはずっと、くだらないことを話していた。
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