提案

「さて、と。今日から南の方に向かうんだろう?」



 宿屋で、不意にアリアさんが訊ねてきた。今この部屋には六人。最初より二人も増えてしまったが、結局昨日は僕が床で寝て、なんとかやり過ごした。寝袋あってよかったー!



「南というと……カロックがあるな」


「カロック?」


「私知ってます。クラーミル第二の王都って呼ばれるくらい大きな街なんですよね!」


「あぁそうだ。ドラくんは行ったことあるか?」


「……前に遣えていた者がそこに住んでいたことがあってな。行ったことはある。まぁ、ドラゴンの姿だったから、遠くから見ているだけだったが」


「へぇ……っていうか、ドラくん、ウタ兄の前にも主人がいたんだな」


「まぁな。色々あって、主従関係を白紙にしたが、あいつも強かった」



 人になったドラくんやスラちゃんを見るのは、まだなれない。ドラくんの金色の瞳は、ドラゴンだったときそうだったような猫目ではなく、丸い瞳孔の綺麗な金色だ。

 じっと僕が見ているのに気がついたのか、ドラくんが不意にこちらを見た。



「……どうしたウタ殿。我の顔に、なにかついているのか?」


「あ、いや……イケメンだなぁって思ってさ」


「そうか?」


「翼もないし、牙もないし、鱗もないし……なんか変な感じだなぁ」


「我はスラちゃんとは違ってステータス変化もないし、簡単に戻ることもできるが……ウタ殿は、前の方がよかったか?」


「でも、それだとこうやって一緒にはいられないからね」



 そんな談笑をしつつ、僕らは身支度を終わらせ、宿屋をあとにする。おばさんに声をかけていくと、にこやかに微笑まれた。



「あなたたち、マルティネスの人たちだったのね」


「あ……」


「はい、そうですよ」



 少し言葉に詰まったアリアさんの代わりに僕がそう答える。すると、おばさんは、きっと、アリアさんが思っていたのと違う言葉が返ってきた。



「普通なのね、あなたたちも」


「普通……?」


「マルティネスとは色々あったけれど、あなたたちも、私たちとなにも変わらない。そうでしょう?

 偏見とかもまだまだ消えないし、大変なこともあるでしょうけど、旅、頑張ってね」


「ありがと、おばさん!」


「ありがとうございます!」


「おいらたち頑張るよ!」


「ふふ……じゃあ、気を付けて。またおいで」



 宿屋を出て、少ししてから、僕はアリアさんに声をかけた。



「……うれしそうですね」



 否定はされなかった。アリアさんはそっと、目尻に光ったそれをぬぐい、微笑んだ。



「……そう見えるか?」


「はい、すごく」


「なら……そうかもしれないな」



◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈



「そうですか。カロックに」


「はい。……以前誘っていただいた食事も、まだ出来ていませんね。申し訳ありません」


「いえ。謝るようなことではありませんよ」



 ロイン様はそう言うとにっこりと笑う。不意にレイナ様が手話でなにかを言う。とたんに、アリアさんが少し驚いたような表情になる。



「……あぁ、それはいいかもしれないね」


「いいのですか?」


「僕らはなにも問題ありません。そもそも二人だけではかなり大きいんです」


「……えっと?」


「あぁ、悪い。レイナ様がな、ちょうど自分達も南の方に行くから、よければ一緒に来ないかって。馬車で連れてってくれるそうだ」


「いいんですか?!」


「もちろん。ブリス、手配してくれるか?」


「はい。しかしその前に」



 ブリスさんは僕らから見て右側にある大きなな扉を開いた。



「またとない機会ですので、お食事をご一緒しては?」


「なるほど。確かにこのタイミングならまだ作り始めていないはずだ。……アリア姫たちが、お急ぎでなければの話ですが」


「……ウタ」


「急いではいません。なので……その……」


「お誘いありがとうございます。ご一緒させてもらいます。……事情がありまして、以前より人数が増えてしまっていますが」


「構いませんよ」



 その後僕らは客間のようなところに通され、しばらくしてから食堂に呼ばれた。アリアさんの家にもあったような、大きな大きな机。白い清潔そうな布がかけられ、お皿とナイフ、フォーク、スプーンが置かれている。



「せっかくなので、ランダムで席を決めてみましょうか」



 ロイン様のその提案の結果、僕はなんと、ロイン様とレイナ様の間に座ることに。あぅ……緊張する……。



「大丈夫? ウタ」


「だいじょばないかもしれない」


「レイナ様の向かいには私がいる。なんとかなるだろう」


「ハイ……」



 食事が始まり、スープが運ばれてくる。どうしたらいいのか戸惑いつつ一口口に運ぶと、ロイン様が話しかけてきた。



「ウタさん」


「っ……?! は、はい!」


「そんなに堅くならなくて大丈夫ですよ。大したことじゃないんですが、おいくつなんですか?」


「あ……えと、僕は17です。今年で18になります」


「なら、僕と同い年なんですね」


「はい……え、そうなんですか!?」


「そうですよ。僕は17、姉が18です」



 そっか。レイナ様はアリアさんと同い年って……。



『あの』



「え……?」


「どうかしました?」



 声がしたのはレイナ様の座っている方。見ると、レイナ様はアリアさんののことをじっと見ている。あの声って……もしかして、話したいの、かな。

 サラダが運ばれてくる。……よ、よし!


 僕はサラダを食べるためにフォークを手に取り、そのまま床に落とす。固い金属の音がして、視線がこちらに集まる。



「あああああっ! ごめんなさい!」


「なにやってるんだウタ」


「大丈夫ですよ。誰か、替えのフォークを――」



 僕はフォークを拾いながら、ちらりとアリアさんたちを見る。



「すみません。ウタが……え、そうですね。マルティネスは今の時期だと、名前はわからないんですが、小さな白い花が綺麗に咲きますよ。……敬語を? そ、それがいいならそう……。こほん。じゃあ、敬語は無しで話させてもらうよ」



 手話を交えながら話すアリアさん。僕はそっと笑った。

 ……うまくいったな。

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