自己防衛と自己犠牲

「ディランに会った? 本当なのか!? 今どこにいるか、分かるのか!?」


「それに、もう一つの勇気って……」


「いや……悪いけど、どこにいるのかは分からない。でも、会って話したことは本当だよ?」



 ジュノンさんは少し深く椅子に座り直すと、僕らのことをじっと見た。



「ただ、その事実を言うために、確認しなきゃいけないことがあった。だからあのときも、様子を見させてもらった」


「確認しなきゃいけないこと?」


「『自己犠牲』か『自己防衛』かってことだよ」



 ジュノンさんのその言葉に、少し首を捻った。……『自己犠牲』と『自己防衛』? 僕らのどこを見て、犠牲か防衛かを見定めていたんだ? そもそもその理由って……?



「ディラン・キャンベルってのは、ずいぶん用心深いみたいだね。……ま、常にそうとも思わないんだけど。

 ……私の研究所に彼が来たのは、ちょうど、Unfinishedがハンレルに着いた日。私の研究室の中、私の後ろに、気がついたら立ってたよ」



 未来永劫、でも使ったのだろうか。ジュノンさんの後ろをとるのは、正直、魔王に勝つよりも大変かもしれない。なんせ、ジュノンさんは半端なく強いから。



「私に会いに来たのは、単純に聞いてみたかったんだってさ。『助かる見込みがあるのか』ってこと」


「助かる見込み……?」



 誰が? ……何が?



「それは、あれでしょ?」



 不意に、テラーさんが口を挟む。そして、アリアさんをちらりと見てから、ジュノンさんを見る。



「……世界が助かる見込みがあるのか、ってこと……でしょ?」


「そうそう」


「え、待て。逆にいうと、助からない可能性もあるって……ことか?」


「まぁどちらかというとその可能性の方が高いね。世界が滅ぶっていう」



 ドロウさんもそんな風にうなずく。なにがどうして、世界が滅ぶんだ……?



「詳しくは聞いていないし、聞けなかった。でもそれを聞いてきたのはきっと、『自己防衛』の勇気を、ディランが持っていたから」



 不意におさくさんが「お茶でも飲むー?」声をかける。僕はそれにうなずくだけうなずき、ジュノンさんを見る。



「『自己防衛』の勇気と、『自己犠牲』の勇気……なにが、違うんですか?」


「ウタくんは『自己犠牲』の勇気。何がって言われても困るんだけど、決定的に違うのはスキルが発動するタイミング」


「どういう……」


「……アリアさんさぁ、覚えてる? ウタくんが『勇気』を発動させたときのこと」


「あぁ……」


「どんなとき?」


「え……最初は、ドラくんから私を逃がそうとしたとき。二回目は、ポロンをキルナンスから守ろうとしたとき。三回目は……メヌマニエの前で、私たちが動けなくて、それを助けようとしてくれたときに、多分発動してた。あとは」


「いや、もういいよ」



 おさくさんがお茶を淹れてきてくれた。紅茶だ。ジュノンさんはそれを一口すすると、ふっと微笑んで、僕を見る。……紫に反射する、その黒い瞳は、僕の心の中を覗き込んでいるようだった。



「……勇気を発動させているとき、ウタくんには、自己犠牲の気持ちが働いていた」


「…………」


「自分はどうなっても良い。死んでも良い。そんな気持ちが必ずつきまとっていたはず。……実際、さっきの行動なんか、それが顕著に現れてたよね」



 ……無意識だ。

 でも、言われると確かに、僕はそんな気持ちを抱いていた気がする。



「逆に、ディラン自身はその力のことを『自己防衛』のスキルだって言っていた。……正確には、自分と、もう一人を守りたいときにだけ発動してきたって」



 ……アリアさんを見る。何かを感じ取ったのか、そっと下を向く。僕にだってわかる。そのもう一人が、アリアさんだってことくらい。



「で、だ。ディランの『勇気』は、何となく嫌な感じがした」


「ジュノンが嫌な感じって相当」


「おさく?」


「スミマセン」


「とにかく、嫌な感じがしたの。奥の奥の方の、黒い力を感じた。

 どこで手にいれたか何て分からないけど、あれが原因で、ディランはきっと、アリアさんの前に出ていくことができない。それがどんな緊急事態だったとしても」



 そんな……得たいも知れない『黒い勇気』を背負って、ディランさんは、ジュノンさんに、『助かる見込みはあるのか』と聞いた。


 ……あのときの、ディランさんの言葉が頭をよぎる。その時僕が、僕でありますように……。たしか、そんな言葉だった。

 もしかして……自分が世界を滅ぼすかもしれないと思って……?



「…………ジュノンさんは、」



 僕が口を開くと、柔らかい視線が刺さった。……ジュノンさんは、個性の塊'sは……全てを知っているのか? それとも、知らないのか? 知っているなら…………僕らに言えない、理由はなんだ?



「ディランさんの問いかけに、なんて答えたんですか?」



 ジュノンさんの答えは、あまりにも簡単で……それでいて、裏に大きな意味を隠してるような気がした。



「世界が助かる見込みはある。でも、そのときディラン・キャンベルが生きていることは……奇跡に等しい」


「――――」



 隣で、アリアさんが言葉を失う。ずっとずっと、一途に想い続けていた人が、世界の平和と共に死ぬかもしれない。そしてそのことを語ったのは、世界を、二度は救った、神に召喚された、紛れもない勇者だったのだ。……きっと正しい。



「……そして、その奇跡を起こせるのは、『自己犠牲の勇気』かもしれない」



 そして僕もまた、言葉を失った。

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