いんくれでぃぶる

「――って訳なんだけどー」


「…………」


「…………」



 思わず絶句した。


 ここは帰りの船の中。気がついたらすっかり日が沈んでいて、一旦船を止め、食事をとっているところだ。ちなみに屋根の天窓――そこそこ大きい――を開けているのでドラくんは僕らのすぐ頭上にいる。

 ポロンくんとフローラとスラちゃん。三人とも、塊'sの回復魔法で無事に目が覚めた。でも、やっぱり怖かったのか、わっと泣いて、疲れたのか、また寝てしまった。それでも怪我は完治し、HPもMAXにまで回復した。とりあえずひと安心だ。

 ……何も考えずに連れてきちゃったのは悪かったなと思いつつ、僕は眠る三人の頭をそっと撫でて、食事をとるための、一番大きな部屋へ戻ってきた。そしてそこで、あのとき何があったのか聞いていたのだが…………。



「……ウタ殿、アリア殿。さすがにこれは怒っていいところだと思うが?」


「いやもう……怒るも何も……なぁ?」


「あの……え、すみません、今なんて?」


「その返しも三回目だねぇー」



 三回目にだってなる。あんなこと言われたら。言葉はよく聞こえるけど、頭が全く追いついていない。

 あのとき……魔王が塊'sを結界に閉じ込めたとき、なにが起こっていたのか聞いたところ、おさくさんの発言から、唐突に寸劇が始まった。



「うっわなにこれ結界やーん!」


「うわめんどくせー。どーする? 私ぶっ壊そうか?」


「チョコレートおいしー」


「アイリーン、今くらい食べるの止め……たら、ステータス下がるのか。うーん」


「ドロウも食べるー?」


「う……ん、もらう。……って、なんか下すごいことになってるけど!?」


「お? 助けに行った方が良い感じっすか?!」


「この結界ぶち破るの、アイスランスで良いかな? よければやっちゃうけど」


「「「いーよー」」」


「よーし、」


「ちょっと待って」


「お? どうしたジュノン?」


「まだ助けないでくれるかな?」


「え、なんで? 下手したら死んじゃうよ?」


「……見てみたいんだよね、Unfinishedの『勇気』が」


「…………へぇ、ジュノンがそんなこと言うなんてめずらしーね」


「そんなに言うなら、ちょっと様子見る?」


「いやいや、さすがにそれは」


「危なかったらなんとかするからさー! お願い!」


「……はぁ、しょーがないな。危なかったら、ちゃんと助けてよ?」


「もちろんもちろん!

 ――って訳なんだけどー」



 連続で寸劇をやってくれたのはなんか申し訳ないが、頭の理解が追い付かない。

 え、つまりなに? わざと僕らがやられるのを見てたってことで良いのかな? そういうことでいいのかな?!



「…………」


「…………」


「……うん、今ね、二人が考えてること、多分、ほぼ一緒で、多分、至極全うなことだから、言ってくれて構わないよ」



 僕はちらりとアリアさんを見る。アリアさんもこちらを見ていて、目があった。



「……せーのですよ」


「あぁ。……せーのっ!」


「「無事なら助けろ!」」


「二人のせーの久しぶりに見たわー」


「楽しんでる場合か楽しいけど」


「人のこと言えないね、テラー」



 もうここまで来たら僕らの勢いは止まらない。とりあえずぶちまけろ!



「ぶ、無事なら助けてくださいよ! 僕らは塊'sもやられて、僕らしかいないのにどうやって生きようかって必死だったんですよ!? それなのになんで穏やかーに会話してるんですか!?」


「というか大体! 私たちをここに連れてきた理由はなんだ!? ただ痛手を追って辛い想いをしたくらいしか身に覚えがないんだが!? 死にかけたような想いしかないんだが!?」


「本当にもう! インク、レディーをブルーに染める、」


「「信じられない!」」


「……めっちゃ単語帳読んでるじゃん」


「あぁ、incredibleね。……まさかこのタイミングで単語帳とは」


「インパクト強すぎるんだよ!」


「あ、はい」


「めっちゃ怖かったんですからぁー!」


「ほら! ウタ泣いちゃったぞ! どうするんだよっ!」


「私らいじめっ子の悪がき!?」


「怖くなーいよ?」


「ジュノン……」


「その目は止めろ」



 と、言いたいことを言いたいだけ吐き出した僕らは、はぁはぁと息を切りながらなんとか落ち着く。そして、アリアさんが僕より少し先に、言葉を捻り出した。



「……で、実際のところどうなんだ? ジュノン」


「どうって?」


「私たちを連れてきた理由。私たちが全員倒れるまで助けなかった理由。……個性の塊'sリーダーといえど、無いとは言わせないぞ」



 少し強い口調で、アリアさんは言った。……あたりまえだ。自分も死にかけてるし、あれだけの恐怖に襲われている。



「理由はもちろんあるよ。『勇気』を見たかった。それだけ」



 そんなアリアさんにジュノンさんが返したのは、あまりに簡単な言葉だった。



「それだけのためなのか……? それだけのために!」


「言っておくけど。……二人にとっても役に立つことだよ」



 僕らにとっても役に立つこと? なんだそれ。わからない。信じられない。意味がわからない。

 ……そういった、怒りと混乱が入り交じった感情は、次の一瞬で飛び去っていった。



「……私は、『もう一つの勇気』である『ディラン・キャンベル』に会ってる」



 ……考えるのを止めた頭が、また考えざるを得ない。そんな情報が、僕らを突き刺した。

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