先帝

「さて、いつ行くか?」


「……そうおっしゃっているところ悪いんですが、行くのは夜ですよ?」


「なんと!?」



 僕らに同行することが決まってから――ほとんど先帝が勝手に決めたようなものだけど――先帝はずっとどこかウキウキしていた。まるで遠足に行く前の日の子供みたいだ。



「うーん、待ちきれんわい! 早く夜にならないかのぉ……」


「それはさすがに待っていただかないと」


「分かっとる分かっとる! 単騎出陣なんかせんから、安心しとれ!」



 そう言って一度椅子に座った先帝。

 僕らは先帝のお部屋で夜になるまで待たせてもらっている。淹れてもらったお茶を飲んで、お茶菓子まで出してもらった。……ポロンくんが頑張ってるのに、なんか申し訳ない。



(全部が無事に終わったら、なにか好きなものたくさん食べさせてあげよう)



 アリアさんはじっとしてるのも落ち着かないのか、ライアンさんと手合わせをしてくるといって、少し前に部屋を出ていった。フローラもそれについて行ったのだ。……僕は、なんとなくそんな気にもなれなくて、ここに残った。



「……ぷるる(大丈夫だよ)」


「スラちゃん……。そうだよね、ポロンくんなら、大丈夫だよね」



 心配しすぎるのもよくない。それは分かっているのだ。

 しかしそれでも、一度不安になってしまったら、その不安を取り除くのは簡単ではない。たくさんの『もしも』を考え出したらきりがないのだ。


 それは分かってるし、分かった上で送り出したのだけど……。

 ヘタレで弱虫で自分勝手な僕は、また、大切な人を自分のせいで失うのが、酷く恐ろしかった。



「……のう、ウタ」



 不意に先帝が声をかけてくる。



「転生者だったな、お前は」


「え……あ、はい」


「向こうで生きているときに、何かあったのかの?」


「……いや、別にそういうことは」


「しらばっくれても無駄じゃ。なにかに追い詰められて、一人で苦しんでいるように見える。そういうのは年の功でな、分かるんじゃよ」


「…………」


「この年寄りでよければ、話を聞くが?」



 僕は、なにも言えずにうつむいた。……話したい。話して、楽になりたい。僕は今、何ができるのか教えてもらいたい。


 でも…………。


 ……言えない。だって、言ったらきっと……。

 僕は、自分勝手だ。自己チューだ。アリアさんとは違う。自分のためだけに、自分のことだけを考えた。その結果がこれだった。

 今だって、そのあとの言葉が怖くて、なにも言えてないんだから。



「……なにも言う気はない、か」



 そんな僕を見て、どこか悲しそうに先帝が笑う。



「まぁ、それならそれでよい。わしは深追いするつもりはないぞ。お前が言いたくないのならそこまでじゃ」



 だが、と、先帝は目を細め、頬をほころばせる。しかし、発された言葉と、まぶたの奥に見える瞳は、全く笑っていなかった。



「お前がなにかを隠していることに、姫たちはいずれ気づく。わしが気づくくらいじゃ。もしかすると、もうすでに」


「…………」


「いつかそのことを聞かれるだろう。そしてそのとき、何をどういうのかはお前次第。そのときは、逃げることは出来んよ」


「…………」


「ぷるっ……」



 僕はゆっくりと立ち上がると、先帝の前に行った。そして、その瞳を真っ直ぐに見ながら、ゆっくりと言う。



「…………分かってます」


「…………」


「アリアさんたちに、隠し事をしたくないのも、本心です。仲間として信頼してくれているのに、僕だけ、一人で秘密を抱え込むのは、一種の裏切りだと思っています。悪いことだって、分かっています」



 アリアさんが僕と同じ部屋に泊まって平然としているのは、アリアさんがそういうのに疎いのもあるけれど、僕らを信頼しているからだ。

 その同じ部屋でフローラやポロンくんが、寝坊するくらい、安心して良く寝ているのは、僕とアリアさんのことを、信頼しているからだ。

 ポロンくんが囮になって人身売買の隠れ家に忍び込んだのだって、僕らが助けに来るって信じてるからだ。


 僕だってみんなを信じてるし、こっちに来てからのことで、嘘をついたり、隠したりしていることはない。

 でも、その前のことは、意図的に隠している。



「……分かっているのに、なぜ隠す? いつかは分かる日が来ると言うのに、なぜ?」


「……だって、」



 僕を信じてくれていたのに。



「仲間だって思って、信じていた人間が……」



 アリアさんも、ポロンくんも、フローラも……あいつも。

 僕を信じてくれていたのに。



「――本当は悪人だって分かったら」


「……ウタ」


「先帝は、どうしますか?」



◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈



 ……忘れ物をしただけだった。

 手合わせをするのに、剣を置いてきてしまった。確か、先帝の部屋の壁に立て掛けて、そのままだった。


 取りに帰っただけで、聞くつもりじゃなかった。



「お前がなにかを隠していることに、姫たちはいずれ気づく」


(……やっぱり、ウタはなにか隠していたのか)



 国での一件があって、あれだけ一緒にいれば分かる。ウタは、何のことに関してでも、分かることは答えてくれた。エマやエドの様子とか、街の様子とか。

 でもあのとき……いや、あのときだけじゃない。自分のことだけは、どことなくはぐらかすのだ。


 私があいつのことで知っているのは、両親と姉の四人家族で学生で、トラックに轢かれて死んだということだけ。他にはなにも知らない。



「仲間だって思って、信じていた人間が……。

 ――本当は悪人だって分かったら」


「……ウタ」


「先帝は、どうしますか?」



 このとき、扉を開けるべきだったのかどうかは分からない。

 でも、私にはその勇気はなかった。


『あなたがみんなを裏切った悪であるのなら、僕はその仲間です!

 アリアさんが正義だろうが悪だろうが、僕はアリアさんの仲間です!』


 ウタがあのとき私に言ってくれた言葉。それと全く同じ言葉を、私は、どうしてこのとき言えなかったのだろう。

 ずっと、後悔している。



 時間を空けてから、今来たように見せかけて、私は部屋に入った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る