本当に?

「ディランが……昨日、ここに来た?」



 アリアさんが、思わずと言った感じで訊ねると、ミーレスはにたりと気味悪く笑った。



「そうさ。嘘じゃない。昨日の深夜、ここに彼は来たよ」



 そして、少し僕らに近づくと、くいくいと手招きした。



「こっちにおいでよ。詳しく教えてあげるからさぁ」


「…………」



 わずかに怯えたような表情を見せたアリアさん。それを見て、僕は代わりに少しミーレスに近づいた。



「悪いですけど、あんまりアリアさんをあなたに近づけたくないんです。ごめんなさい」


「もう三日も経ってるんだ。力はそうでもないんだよ?」


「それでも、あなたのレベルは70を越えている。僕らより、ずっと上です。なるべく安全策をとりたいんです」



 もちろん、ギルドの牢屋は頑丈だ。魔法は使えないようになってるし、完全防音。もし何かあればすぐにギルドマスターに伝わるようにもなっている。

 それでも、本当の牢よりはある程度警備は緩い。力があまりにも強ければ魔法は使えてしまうし、鉄格子の他に僕らを仕切るものはない。


 ミーレスはちょっと不機嫌そうにため息をつき、仕方ないなぁ、と話し始めた。



「ねぇアリア。ディランって言う彼、相当強い人でしょ?」


「……あぁ」


「だろうね。なんの騒ぎもないし、ましてや鍵が開いた音だってしなかったのに、気がついたら目の前にいたんだよ、彼」


「…………」


「そもそも、ここだってそんなにゆるゆる警備じゃないでしょ? 収容されてるのだって国王殺しの大悪党だもんねー。それなのに、あっさり入ってこられちゃった。しかも格子の中だよ?」



 ディランさんは……ここに、来た。普通ならばほぼ不可能なような気もするが、ディランさんなら可能なような気がする。エマさんが手を貸して、ということも考えなくなはないが、エマさんはそういうことしなさそうだし、ディランさんが来たのなら引き留め、アリアさんのところへ引きずってでも来るだろう。



「……それで、ディランは何を言っていたんだ?」


「やだなぁ、アリアにそんなに気にしてもらえるなんて、やきもち妬いちゃうよ」


「余計なことはいいんで、話してもらえますか? ディランさん、何て言ってたんですか?」


「言うじゃないか、君も」


「あなたがアリアさんにしたことを思えば、当然のことだと思いますが?」


「…………ここに来て、開口一番に彼、何て言ったと思う?」


「…………」



 僕はディランさんのことをあまり知らない。でも、もし僕がディランさんだったなら……。


 確実に勝てると言うだろう。



「彼は、私を見て、ホッとしたように言ったんだ。『何度戦ったとしても、お前には、確実に勝てるよ』ってね」


「…………」



 アリアさんなら。



「『アリアなら』ってね」



 ……あれ?

 僕が今思ったことと、同じ……? たまたま?



「私なら、確実に……?」


「そのあと、もう二度と君に近づかないように念を押されたよ。もしも自分からまた近づいていったら、――殺すからって言われたよ」


「殺す…………? 本当に……、本当に、ディランがそう言ったのか?」


「君に嘘なんて吐くわけないじゃないか」



 アリアさんの話から聞くディランさんのイメージは、穏和で、優しくて、強くて……。

 実際に会ってみた印象も、とても優しそうで……すごく、弱ってたけど、芯はすごく強くて、『殺す』なんてこと、出来そうに思えなかった。


 あくまでも僕の主観でしかないけれど、それでも、そんな印象がとても強かった。



「正直、凄味に押されたよ。何年かぶりに背筋に悪寒がはしって鳥肌がたったよ。

 この人に逆らったら、本当に殺される――そう感じざるを得なかったよ」


「ディランが……そうなのか……?」


「それで気がついたら、もう彼はいなかった。……悪いけど、私が知ってるのはここまでさ。これ以上は、君たちで調べてね。

 でもまぁ……おかげで、ちょっと長くアリアと話せたなぁ」


「…………」


「……行きましょう、アリアさん」


「あぁ」



 僕らが部屋の外に出ると、エマさんが心配そうにたっていて、僕らを見ると、ホッとしたように笑顔を見せた。



「よかった。もう少し出てこなかったら、様子を見ようかと思ってたの。で、どうだったの? 容姿のこととか」


「……それが、容姿どころじゃない話になっててな」


「え……?」



 僕らは一度、お屋敷に戻ってゆっくりと話をしようと言うことになった。エマさんが鍵を閉めようとすると、後ろからなにやらあか抜けた声が聞こえた。



「よっ! 元気か少年少女!」


「あ、おさくさん! ……というか、個性の塊'sのみなさん?」



 そこに立っていたのは紛れもなく塊'sの皆さま方。何事かと思って驚いているとドロウさんが口を開く。



「さっきね、ポロンくんとフローラちゃんがこっちに来たってさ」


「え、そうなんですか!?」


「だからそれを伝えようと思って」


「ま、それだけじゃないけどね」



 すると、アイリーンさんがエマさんに近づいてにっこりと微笑んだ。



「10秒だけ中に入らせてー?」


「え?」


「ちょっとボコしたーい!」



 ……爆弾発言がすぎるぜアイリーンさんよ。

 魔王軍四天王だって5秒? だったんでしょ?



「あー、施設は壊さないから安心してね」


「いやいや、そういう問題じゃ……」


「殺さないぜ!」


「ま、まぁ……アリア、いいと思う?」


「私に聞くのか!? え、ま、まぁ、いいんじゃないかなぁ……?」


「やったー! ありがとうー!」



 ……十秒後、何事もなかったかのように出てくる個性の塊'sと、その奥で完全に伸びているミーレスを見て僕らが冷や汗をかいたのは、また別の話。



「……よくなかったな」


「全然よくありませんでしたね」

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