限界

 どこかで、目を覚ます。

 あぁ、体が熱い……。父上の訃報を聞いてから目眩が酷かったが、こんな熱を感じたのは久しぶりだ。重たいまぶたをわずかに開くと、そこにはエマがいた。心配そうに揺れる瞳に、今までのことを思い出した。

 そうだ、ミーレスという男に会って、そいつは父上を殺したといっていて、それは私のためだとか、私のせいだとか……。そのあとのことを、覚えていない。



「アリア……? よかった。もう一時間寝てたのよ」



 エマの笑顔が……いたい。この顔を見ていることが出来ない。ごめん、ごめん……。ごめんな、エマ。私のせいだ。全部、私のせいだ……。



「…………エマ……」



 自分でも驚くほどに掠れた声だった。ごめんエマ。私は……私のことしか、考えられないんだ。自分のことしか考えられないんだ。



「なに? どうしたの?」


「……頼む。一人に……してくれ…………」


「…………」



 エマは、悲しそうな……本当に悲しそうな笑みを見せた。ごめんエマ。でも、私は、これ以上、お前の顔を見ていられない。


 なにもかも拒絶するように、顔を手で覆う。ふわっと優しい手が頭を撫でる。



「そう……。何かあったら、呼んでね」



 ごめん、ごめん……。本当に、ごめん……。

 部屋の扉が開き、そして、閉まる音がした。その音を聴いた瞬間、涙が溢れだした。堪えきれずに嗚咽を漏らす。


 私が、国を出たから。私が、身勝手だったから。私が、無力だったから。

 私が悪いんだ。私のせいで、私がいるから、みんなを傷つける。父上も、エマも、エドも、……ウタも。

 ディランがいなくなってしまったのだって、きっと……。



『この選択を、後悔しないようにすること』



 父上……。どうして、そんなことを出来ると思うのですか?

 私の選択のせいで、あなたは私の前から姿を消した。あんな残虐な殺され方で、あんなやつに……一人で苦しみながら逝くなんて、そんなの、苦しいに決まっている。

 私は、その場所にいることすらできなかったのだ。


 父上の最期に、立ち会えなかった。それすらできなかった。

 笑って私を送り出してくれた父上の最期に……。


 こんな、こんな私なんて……。



 もう、









 ――死んでしまえばいいのに。



◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈◈



「……というわけで」


「すごい力だな」



 僕はアリアさんを部屋に運んだあと、騎士の人たちの救助を手伝った。かなり時間がかかったが、幸いにも、命を落とした人はいなかった。

 そしてそれが一通り終わったあと、僕は部屋で、エドさんと自分の力について話していた。

 アリアさんが目を覚ましたことは、何時間か前ににエマさんから聞いた。しばらく一人にしてあげようということで、僕らは納得したのだ。



「100倍か……。なら、あのときは実質レベル2000になってたわけだな。どうりで強いわけだ」


「普段はエドさんのほうが全然強いですよ。僕自身、いつどう発動してるのか分かりませんし……」


「しかし、おかげで助かった。……あいつの力は図りかねるな」


「鑑定しておけばよかった……」


「仕方ないさ。アリア様もいらっしゃったしな」



 そんなことを話してると、部屋の扉をノックする音が聞こえ、そのあとにエマさんの声がした。



「ウタくん、ちょっといい?」


「はい。……どうしました?」



 部屋の中に入ってきたエマさんは、困ったように言う。



「そろそろ食事にしたいんだけど、声かけてもアリア、返事もしてくれないの。部屋の鍵も閉めてるからどうしようもなくて。熱もあるし、栄養は摂らないといけないんだけど……」


「あー……それは確かに、そうだな。寝てしまっているのか?」


「さぁ。分からないわ。でも……。

 ……ねぇウタくん、ウタくんから、アリアに声をかけてみてくれない?」


「え?」



 すると、とてもとても悲しそうに、エマさんは言うのだった。



「もしかしたらアリア……泣いてたのかもしれないわ。あれからすごく混乱して、心の整理もできていなかったみたいだし、一人になって、泣くのを我慢するのはなかなかだと思うの」



 僕は静かにうなずく。そりゃそうだ。むしろアリアさんは我慢しすぎだ。一人になったときくらい、泣かせてあげたい。きっと、エマさんもエドさんも気持ちは一緒だから、決してアリアさんを責めるようなことは言わない。



「そうすると……アリアは、泣き顔を私に見られるのは嫌だと思うの。

 でも、ウタくんなら……」


「…………」



 拒否する理由なんてない。アリアさんは僕を頼りたいと言ってくれた。だったら、僕が行くべきだ。



「分かりました。じゃあ、声、かけてきますね」


「よろしくね」


「頼んだぞ。俺も食事の準備を手伝おう」



 二人は階段を下って一階へ、僕はアリアさんの部屋の前にいく。そして、堅く閉じられた扉を叩く。



「アリアさん、僕です。そろそろ食事みたいですよ」



 返事はない。



「動けないなら、鍵だけ開けてもらえれば、ご飯、持ってきますから」



 返事はない。



「……栄養摂らないと、また倒れちゃいますよ?」



 返事はない。寝ているのかな……? 僕は諦めて、食事を持ってもう一度来ようと考えた。そして、扉に背を向けかけたとき、


 扉が勢いよく開く。



「あ、アリアさん?!」



 アリアさんはうつむいたまま僕の手を引き、僕を部屋の中に引っ張り込んで扉を閉めた。そして、戸惑う僕の胸ぐらをつかみ、グッと詰め寄る。

 僕の背は、もう扉についていて、それ以上下がることは出来なかった。



「……アリアさん?」



 おかしいと言うことは、さっき姿を見た瞬間に分かっていた。

 あまりに必死なその姿に、僕は目を逸らすことが出来ず、アリアさんの、充血して白目まで赤く染まった瞳を、じっと見つめた。



「…………――」


「……アリア、さん…………?」



 懸命に僕に言葉を伝えようとするアリアさん。その心の限界は、とっくに越えていたのだ。震える唇を一生懸命動かして言葉を紡ごうとする。


 しかし、そこから声は発されない。



「――、――――……」


「…………」



 でも、『言葉』は、僕には分かった。



「大丈夫ですよ」



 躊躇いながらそっと、アリアさんの震える体を抱き締める。折れてしまいそうなほど、細い体だった。



「僕がちゃんと光を見せますから。僕が、どこにでも助けにいきますから。

 だから、大丈夫ですよ。怖がらなくていいんです。まだ、僕がいます」



 アリアさんは、僕よりも背が低かった。このとき初めて気がついた。

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