約束
空中で弓をその身に受け、サラさんはバランスを崩す。力なく落ちるその体を、僕はそっと受け止めた。
僕はなるべく体に付加がかからないように、サラさんの体に刺さった弓矢を抜いた。一瞬だけ辛そうに表情を歪めたサラさんは、焦点の合わない目でこちらを見る。
「っ…………ウタ……」
「僕らの勝ち、ですよね?」
「……はは、お前は、なにもして、ないんじゃないか……?」
うっすらと笑いを浮かべながらサラさんがそういう。僕は片手でアイテムボックスの中から回復薬を取り出した。
「僕は回復係なんで」
「…………」
「これ、飲んでください。ただでさえ病み上がりなんだから」
「この距離なら……確実に、魔法が当たるぞ?」
荒い息。苦しそうに目を閉じながらサラさんはうわ言のように言う。僕は回復薬の詮を抜き、サラさんの口元へ持っていった。
「……そうだとしてもいいですよ」
「……小さいからって、バカにしてるのか? 所詮、なにもできないだろうって…………。
お前の首を切ることだって、できるぞ」
「だから、それでもいいですよ。これ飲んでください」
手の中のサラさんはどんどん衰弱する。アリアさんが急所を外したからといって、僕らの弓はサラさんにとって強大な武器であることに違いない。
その傷は深く、早く治癒しないと死んでしまうかもしれない。
「僕を殺すならそれでもいいですから、これ飲んでください」
「……私はっ」
「飲んでください。……早く」
「…………」
諦めたように、僅かにサラさんが口を開き、回復薬を口にする。……その威力は半端なく、みるみるうちに傷は塞がる。
サラさんの顔に赤みが戻り、体力が回復しているのが目に見えて分かった。確かめるように手を動かし、ため息をついて、サラさんは僕の手から飛び降りた。……体が自由になっても、もう攻撃を仕掛けては来なかった。
「……私も、まだまだだな」
「姉さん…………」
「お前らの勝ちだな」
ふと、ドラくんがサラさんに近づいた。無論、もう敵意はない。
「……一つ聞いていいか、サラ殿」
「一つと言わずいくつでも? 敗者にNOの選択はない」
「お主は……わざと負けたのか?」
「え……どういうことだよ。サラ姉、わざとなのか?!」
そのドラくんの質問に、僕はドキッとした。僕も同じように思っていたのだ。……もしかしたら、サラさんは、わざと…………。
「…………それは、違う」
その考えを、サラさんはあっさりと否定した。
「わざと負けたんじゃない」
「……じゃあ、なんで最後の弓……外したんだ?」
アリアさんが言う。……あのときは、あんなに完璧だったのに、今回は失敗した。あのときよりも的との距離は近く、さらに的は大きかったと言うのに。
「外したんじゃないさ。外れたんだ」
「で、でも! サラさんは、私たちよりもずっとずっと強いのに、なんで……」
「あえて言うなら、私は、私の気持ちに負けたんだ」
気持ちに……。
なんとなく、わかる気がする。思えば、弓の当たり外れは、その時の気持ちがいかに真っ直ぐであるかで決まっていた。
初めて僕とアリアさんが弓を引いたとき、気持ちは激しく揺れていた。弓は一本も当たらず、対して僕らを進ませまいとする真っ直ぐなサラさんの想いに答えるように、サラさんの弓は真っ直ぐに飛んでいった。
「……あのとき、私の想いは揺れた。このまま、弓を放っていいものか。……あんなに迷ったのは初めてだった。…………いや、二度目だな」
「二度目……?」
「一度目は……マリアが死んだときだ」
「……母上が……?」
マリア……アリアさんのお母さんが、亡くなったとき。そのときのことを僕は知らない。でも、アリアさんの顔に切ない色がにじむのが分かった。
「お前とどうやって接したらいいのか、本気で迷ったよ。約束してたんだ、マリアと。マリアに何かあったら、アリアのことは私が守るって」
「…………」
「でも、私は守れないな」
自虐的にサラさんが笑う。
「結果的には、逆にお前らに助けられるような様だ。……あいつにも勝てない」
「そうだ……鳥を撃っていた人って!」
「ベリズという女だ。それも、ただの女じゃない。ジョブ自体はガンナーだが、本当の職業は違う。……だからこそ、お前らに会わせたくなかった」
「……ベリズの、本当の職業って…………?」
「それは――」
その時だった。
「……ダークネスランス」
「っ?! お主ら、我の後ろに隠れろ!」
ドラくんが叫び、僕らの前に出る。その次の瞬間に飛んできたのは真っ黒い槍。……闇魔法で作り出したものだということはすぐに分かった。
ドラくんはダークドラゴン。ある程度の闇魔法には耐えられるらしく、ほとんどの槍をその体で落とす。が、何本かすり抜けてきた。
「くそっ……サラ殿! お願いできるか!?」
「あぁ……フラッシュランスっ!」
飛んできた黒い槍に、サラさんの真っ白い槍がぶつかる。それで相殺されて槍は消えるが、サラさんの体がふらつくのが見えた。
「姉さん!」
「……ベリズだ。あいつの本当の職業は普通じゃない」
岩の向こうから、一人の女性の姿が浮かび上がる。黒く長い髪を一つにまとめたその人は、全身黒い服に身を包んでいた。異常なほどに赤い唇を吊り上げ、たいして面白くなさそうに笑う。
「なーんだ。全部避けちゃったんだぁ」
「あいつの本当の顔は――元魔王軍四天王」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます